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3話 渡海軍

畿内にて諸将らの陰謀が交差する頃、肥前名護屋城に朝鮮の最前線より帰国した蒲生賦秀、森長可、長岡忠興の姿があった。


「いやはや、皆様お待ちしており申した。上様も貴殿らの無事なる帰還、さぞやお喜びでござろう」


三人を迎えたのは、織田信孝の乳兄弟にして朝鮮総奉行に任ぜられた幸田孝之である。

その傍らには、補佐役の福富秀勝も控えていた。


「上様……大御所様はいずこにおわす」


森長可が、射抜くような視線を幸田に向ける。


「勝蔵……既に大御所様は……」


福富が言いかけた刹那、長可は幸田の胸ぐらを掴み上げた。


「貴様の主が大御所様を隠したのではないか! 奇妙(信忠)様が亡くなられてよりこのかた、俺は大御所様の御姿を一度も見ておらぬ! 大御所様を……弾正忠様を返せ!」


「落ち着かれませ! 大御所様は既に身罷られ申した! 上様のご意向によれば、まずは上洛して墓前に参れとのこと。その後に茶会を催し、皆様の労をねぎらうと仰せじゃ」


その言葉を聞くや、普段は温厚なことで知られる蒲生賦秀が、傍らの腰掛けを激しく蹴り飛ばした。


「ふざけるな! 我らはまともな食い物にもありつけず、死線を彷徨う戦を続けてきたのだ! それを……大御所様にも上様にもお目通り叶わず、帰国してみればお二人とも亡くなられただと? 我らを愚弄するにも程があるわ!」


「その上、貴様らが茶会だと? エセ茶人風情が、左様に慢じた口を利くではない。俺はこれより宇土へ戻らせてもらう!」


忠興もまた吐き捨てるように言い放つと、唾を吐いて陣を後にした。


「ワシも帰らせてもらうぞ。わざわざ東国から馳せ参じて、このザマかよ!」


長可も幸田を突き飛ばし、忠興の跡を追う。


「私は、大御所様の御息女を賜った折、『織田家を頼む』と直々に仰せつかった身。悪いが、神戸や三好の者に尽くす義理など持ち合わせてはおらぬ」


賦秀も倒れた腰掛けを直すと、冷徹な一言を残して去っていった。


「福富殿……これは謀反と見なしてよろしいか?」


「馬鹿を申せ。朝鮮の地獄を見てきたのじゃ。少々、気が触れておるに過ぎまい……」


そう答える秀勝であったが、その心中は去っていった三人と何ら変わらぬものであった。


奉行衆の陣を飛び出した三人は、名護屋城を預かる大老・織田信澄のもとへと足を運んだ。

名護屋の城代は、当初は信澄と羽柴秀吉が交代で務めていた。しかし、信澄と信孝の折り合いは極めて悪く、信孝が将軍の座に就いてからは、信澄がこの地に留め置かれる形となっていた。


「まずは大儀であった。そなたらにとっては承服しかねることも多かろうが、宰相様が跡目を継がれるまでは耐えてくれ」


「誠に上様は、宰相様に天下をお譲りになるおつもりがあるのですか? 我らが出陣した折、奉行を務めていた治部(堀秀政)はいずこへ?」


信澄の義弟である忠興が問うた。


「治部は大坂へ戻った。今は上様と宰相様の間に入り、折衝を重ねておる」


「あの幸田とやらが仕切るせいで、我らは総見院様の葬儀に列することすら叶わなんだ。我らは三七(信孝)の家来ではなく、宰相様の家来にござる。宰相様の御下知があるまでは、国元へ引き取らせていただく」


森長可が言い捨てて部屋を出ると、賦秀もそれに続いた。


「これは……終わったかもしれんな」


二人を見送り、義兄の忠興と二人きりになると、信澄はキセルをくゆらせながら力なく呟いた。


「義父上(惟任光秀)がご存命であれば、斯様な事態にはならなんだものを……」


「まあ、俺も三七は好かぬ。ゆえに、ここに籠っておるのだ。十五郎(惟任光慶)にも、軽々しく動くなと伝えておけ」


だが、信澄の懸念をよそに、光秀の嫡男・惟任光慶は――。


「なんと! 私を大老に、と申すか?」


「はっ。日向守殿は若年寄よりも、大老の職こそ相応しいと、上様はお考えにございます」


光慶にその吉報をもたらしたのは、新奉行衆の一人、駒井重勝であった。


「こちらに朱印状も……」


「おお! 父亡き後、私ではなく義兄上(信澄)が大老に任ぜられたこと、未だに納得がいっておらなんだ。その無念、ようやく上様にご理解いただけたか!」


「はっ! 今後の政道には、日向守殿のお力添えが不可欠であると仰せにございました!」


歓喜に沸く光慶。

対照的に、惟任家の重臣である斎藤利三や明智秀満は、苦々しく顔を顰めていた。


「若君はご存じないのだろうな……上様と十兵衛様との間にあった、あの遺恨を……」


「控えよ、内蔵助。聞き咎められては面倒なことになる」


密やかに語らう二人の脳裏には、十年前の騒動が鮮明に浮かび上がっていた。


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