第15話 馬車、原潜、行方不明の防衛装備庁職員、そして次の場所へ…
兵舎を出ると、馬車が敷地に入ってきた。兵士が馬車から降りると、刃を見つけて怒ったように声を荒げて言った。
「大槻ー!妹探しに行きますくらい言ってから動け!横浜からここまで来るのに馬車を1回乗り換えないといけなかったから大変だったんだぞ!」
「すいませんでした!あ!ここの駐屯地って何市あたりですか?」
「東京都港区だ!」
俺はそのやり取りを見て、刃が遠方から駆けつけたことを改めて理解した。
兵士が妹の所在を尋ねると、刃は落ち着いた声で答えた。
「ここの駐屯地の人達が助けたので無事です。中で点滴投与をしていますが、もうすぐ終わるので、少し待ってください」
刃の言葉に安堵が混じっているように見えた。そこへ自転車に乗った兵士が駐屯地に駆け込んできて、急いでいるような声で言った。
「緊急報告です。先ほど横須賀港にアメリカ軍の原潜2隻が来航しました。原潜の乗組員たちは、日本の復興支援の為に原潜1隻を使って電力供給をしたいと言っているそうです。私はただちに首相官邸に参ります」
兵士は再び自転車に跨って去っていった。報告の重さが、空気を一瞬だけ凍らせた。
その直後、点滴を終えた鋼美が兵舎から出てきた。兵士は鋼美に向かって優しく諭すように言った。
「大槻 鋼美さん。祖父が心配なのはわかる。だが無茶はするな。シェルターの人達も心配してるぞ」
「迷惑をかけてごめんなさい」
鋼美は申し訳なさそうに頭を下げた。続けて兵士は言った。
「鋼美。刃。乗れ。祖父の捜索は神奈川県警が既に開始している」
すぐに鋼美と刃は馬車に乗った。次に兵士は俺達に告げた。
「すまん。この馬車は3人乗りだ。神奈川方面に行くなら追加で自転車か馬車を借りて行け」
俺はその場に立ち尽くし、行くべきか残るべきかの判断を話し合おうと考えた。
ちょうどそのとき、門の前を走っていたバイクがクラクションを鳴らして止まり、運転手が駆け寄ってきて言った。
「すいません、昨日の朝、川崎市にあるシェルターに向かった防衛装備庁の湯川 魁炎という名前の職員が、防衛装備庁本部に戻って来ないんです」
鋼美はその名を聞いて顔を強張らせながら言った。
「その人です!シェルターに来てたのは。祖父の捜索を2時間程手伝ってくれました」
すぐにバイクの運転手は言った。
「祖父の捜索を2時間程手伝ってくれました!?ま…まさか、刃座衛門さんも行方不明なのか!?」
鋼美は、バイクの運転手に、昨日のことを説明をした。
そして運転手は驚いた表情をしながら言った。
「国家公安委員会!?てことは、刃座衛門さんが行方不明なのは公表せずに極秘でやるということなのか!警察は!」
2人の言葉を聞くうちに、俺は事態の輪郭が変わるのを感じた。湯川の不在は単なる行方不明ではなく、捜索に国家機関が動く可能性を示唆していた。そして兵士は運転手に告げた。
「もう神奈川県警は刃座衛門さんが行方不明と公表して捜索も初めている。これはもう、警視庁や近隣の県警も動くしかないな」
最後に兵士は俺たちに告げた。
「捜索は警察に任せたほうがいい」
そして兵士と刃と鋼美は馬車で神奈川へ向かい、バイクの運転手は千代田区方面へ戻っていった。俺は彼らを見送ると、警察に任せるのが最良かどうかを考えた。
ここで森主が言った。
「やっぱり警察に任せた方がいいのか?」
長吉は即座に否定した。
「その選択肢は危ない可能性がある」
「警察は人捜しのプロみたいなもんだろ。なんで危ない可能性があるんだ?」
「さっき自転車に乗った兵士が、横須賀港にアメリカ軍の原潜が来航していると言っていただろ。そこの警備に多くの人員を使う可能性がある。その分それ以外の地域の警備に回せる人員は減る。それが何を意味するかはわかるだろ」
俺は長吉の言葉を聞き、状況の脆弱さを実感した。ここで俺はふとした疑問を投げかけた。
「軍を警備に回せないのか?」
長吉は慎重に答えた。
「やろうと思えばできるかもしれないが、それをやったら、臨時政府軍はアメリカ軍の原潜を守るより復興作業を優先しろ、とか言い出す市民達が出てきて、電力供給システムの構築作業の妨害をする可能性がある」
「アメリカ軍の原潜の乗組員たちは善意で日本の復興の為に電力供給をしたいと言ってるのに、それを妨害しようとする人がいるなんておかしい!」
「昨日の夜に兵舎に来ていた兵士が言っていただろ。これからの時代の主導権を取るには、早期の復興を達成する必要があると。ということはどこかの国が最速で復興した国になりたいが為に、日本の復興を遅らせる工作を仕掛けている可能性もある」
俺は世界の力学が単純ではないことを改めて思い知った。
話し終えた直後、国道1号線再調査チームの馬車の列が駐屯地に入ってきた。先頭の修造が車列を止め、東京都エリアの再調査完了を告げた。再調査チームAは、川崎市エリアを調査しているチームCへ合流するため、川崎市の駐屯地に向かう準備を開始した。準備完了後、俺と刀子はA3という字が書かれた馬車、森主と長吉はA4という字が書かれた馬車に、それぞれ乗り込んだ。俺と刀子が馬車に乗り込むと、馬車の操縦を担当する輸送員の譲二が警告するような口調で言った。
「俺は馬車の操縦はまだ慣れていないから、移動中の会話は控えてくれ」
「分かった」
俺はその言葉を聞いて、川崎市の駐屯地に着くまでは静かにしていようと思った。
そして馬車は動き出した。瓦礫の間を抜ける風が顔を撫で、東京の荒れた景色が横に流れていくのを見ながら、俺は自分の選んだ道を確かめるように息を吐いた。
馬車の揺れに身を任せながら、俺は思った。帰郷への道は遠い。だが今は、ここで起きていることに向き合い、できる限りの手を差し伸べるしかない。誰かの行方を追うことも、電力を巡る国際的な駆け引きも、すべてはこの先の一歩に繋がっている。




