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2-2 特製ハーブティー

 ラムールは視線を泳がせながら中に入ってくると、自分の部屋がある3階に上がらずに適当な椅子に腰を下ろした。 巳白もその側に座るのかと思いきや、アリドの横に座って近くにあった新聞を床に広げる。

 そそくさ、とアリドが周囲の床に散らかしていた雑誌をまとめた。

 義軍とじゃれあって遊んでいた世尊も遊びを中止した。

 来意は一枚のカードをラムールの顔と見くらべ、羽織も手入れ途中の剣を鞘に入れた。


「……」


 ラムールは何も言わずただ座っている。

 思わずリトも膝を揃えて座り直す。


「ええと……」


 困惑したように清流が呟いた。

 すると巳白が非常にあっけらかんと言う。


「清流、特製ハーブティーって翼族界から貰ってきたやつだろ? 飲みたいから早く出せよ」


 それを聞いた清流の視線が人数を数えるようにみんなに注がれる。


「……みんな、いるの?」


 なんとなく嫌そうに清流が尋ねるが、巳白は「もろちん、そうだろ」と返事をする。

 釈然としない感じはあったが兄の言うことに従う清流はそれ以上なにも言わず、厨房に姿を消した。

 清流がいなくなったリビングでは誰も口をきかない。

 沈黙に我慢できず、リトが口を開いた。


「一緒に来たんですか?」


 あえて視線は巳白に向けた。


「そう。 俺の翼が完治した報告をしに行って一緒に帰ってきた」


 巳白はごく自然に返事をする。

 そしてリビングはまた沈黙。

 なんとも言えない、微妙な気持ち悪い沈黙。

 例えて言うなら、教師が監視している自習中?

 それとも女友達と恋の話に花を咲かせている時に父親が隣にやってきた感じ?

 そんな感じでしっくり来ない。

 とりあえず、沈黙。


「あっ、あの……」


 次に口を開いたのは世尊だった。


「まさか、アリドを……?」


 義軍の手前、言葉を選ぶ。 

 アリドは過去の事件で重要参考人として手配中だ。 職務上逮捕しても何ら不思議はない。

 ラムールはこちらを向きもせず、自分の手や指を赤子がするように揺らして眺めながら返事をした。


「……ここにいる私は、ただの……陽炎の館で育った住人の一人と思ってもらえれば……助かる」

「へ? あ、じゃ、アリドのことは……」

「別になにも」


 別に何も、も、実際はアリド自らが手配されることを望み、ラムールはそれを知っていて手助けしただけなのだから捕まえる気などさらさらないのだが、それは巳白とアリドとリトの3人しか知らないことだった。 

 なら、いえ、別に、と世尊がモゴモゴと呟く。

 そしてまた、沈黙。

 巳白だけがごく自然に新聞を読みふける姿が、皆の態度とずれていて逆に奇妙な空間を作り出していた。


「へー、かまどやがクリームあんみつに苺乗っけて売り出してますよ」

「えっ、巳白さん、それ、本当ですか?」


 巳白が敬語を使っているので、それはラムールに向かって言ったのだろうが、思わずリトが尋ねかえす。


「ん。 マジ。 期間限定で昨日から」


 期間限定なんて殺し文句が出てきたら、こりゃもう、乗るっきゃない!

 ラムールさま、一緒に行きませんか、と口を開きかけてリトは止まる。

 リトの父親がラムールを殴った後、リトが誘ったら体よく断られた事を思いだしたのだ。

 また、遠慮しておきますと言われるのか? それとも二度も同じ事を尋ねるなと怒られるのか?

 そんな一瞬の躊躇が言葉を消した。

 話題を広げることもできずに、再び沈黙が訪れる。

――あ、私、こんな雰囲気、前にどこかで……

 リトは少し考えた。 が、今は思い出せない。


「せーりゅーおにいちゃーん、ハーブてぃ、まだぁ?」


 屈託のない義軍の声が強張った空気を少しだけ緩めた。


「マジ、おっせーぞ?」

「めずらしいわね」


 やっと他のみんなも無理矢理に口を開いた。

 すると厨房から清流が呼んだ。


「リトちゃーん、運ぶの手伝ってー!」

「あ、はぁい!」


 リトは慌てて立ち上がり厨房へ向かった。

 清流の言いたいことは分かっていた。

 ラムールの分を、自分で渡したくなかったのだ。




「うーん」

 みんな、ハーブティーを一口飲むと、難しそうに唸った。

 翼族界から持ち帰ったというハーブティーの味は、さぞ美味いだろうと思っていたのだが。


「……おにぃちゃん、ぼく、もういらない」


 口をへの字に曲げて、義軍がカップを世尊に渡した。 世尊も眉をしかめながら受け取る。

 何を間違ったのか、正直、マズイ。


「俺もいらネ」

「なんだこれ?」


 アリドや羽織も首を傾げる。

 そのとき、ラムールが口を開いた。


「これは、飲用じゃなくて、香だ」


 弓とリトが顔を見あわせる。

「えっ、香!?」

「お香ってことですか?」


 それを聞いて清流が顔色を変える。

「そんなはずは!」


 しかしその表情から、清流自身もこのハーブティーが美味くはないと感じているようだった。


「だって確かに、ティーとして飲むと説明されたから! ねぇ、兄さん」

「ああ。 確かに俺も聞きました。 人間界でするように飲むといい、って」


 ラムールが小さく笑ってカップをテーブルに置いた。


「翼族界では吸うことも飲むと表現することが多々ある。 しかも香の発音はテ・イー。 間違えて何ら不思議はない。 新世も一度悩んでいたから覚えているよ。 どう見ても焚いた方が良さそうなハーブなのに、翼族がどうして飲めと言ったのか分からないって」

「母さんも……?」


 清流が少しだけ安心したように呟く。


「じゃあ仕方ないなぁ」

「なんだ、これ、飲むモンじゃ無かったって事だぜ?」

「まずかったぁ~」


 各自が安心してその不味いハーブティーから口を離す。

 ほんの少し、いつも通りの和気あいあいな雰囲気が帰ってきそうな感じがした。


「ま、新世は結局、勘にまかせて焚いてくれましたけどね」


 しかし、ラムールがそう言って小さく思い出し笑いをしたとき、清流の表情が一変した。

 がっ、と乱暴にテーブルの上に置かれたカップを集めて立ち上がる。


「それはスミマセンでしたっ!!」


 吐き出すように言うとガチャガチャと音をたてながら厨房へ行く。

 何がそこまで気に入らなかったのかは分からないが、決して褒められた態度ではなかった。

 だからラムールが叱責するかと――思えば。

 ふぅ、とため息をついて黙って座り直す。

 再び部屋に重苦しい空気が溜まっていく。

 それぞれがチラチラとお互いの顔を見てどうにか打開点を探す。


「――私は、少し、自分の部屋にいる」


 ラムールがそう言って立ち上がった。

 それを聞いて巳白が【あえて】言った。


「夕食になったら呼びますね」


 羽織達が驚いて巳白を見る。


「――分かった」


 ラムールは返事をするとゆっくり階段を登っていく。

 巳白が身を乗り出しながら追加で叫ぶ。


「風呂はどうします? 一番行きますか?」


 ラムールは振り向かずに「最後でいい」と告げた。 ラムールの姿が3階へ続く階段に消えていき、程なくして扉の閉まる音がした。


「ふ~~~っ! しんど~~!」


 世尊が大きく息を吐き出して背伸びをした。 つられるように羽織達も話し出す。


「夕食だの風呂だのって、ラムールさん、どうしたんだ?」

「夕食も今と同じ空気が流れそうな予感……」

「村祭りの日でもねーのに、めずらしーっつーか」


 そこに新しくハーブティーを入れ直した清流が帰ってきた。


「えー? ラムールさん帰らないのー?

 つまらなさそうに言いながら皆にハーブティーを分けていく。


「兄さんが夕食に誘ったの?」


 巳白にカップを渡す時、清流が不服そうに尋ねた。

 巳白は明るく答える。


「ああ。 今日はアリドの作る巨大海鮮焼きそばだから食いにきませんか?って。 でっかい鉄板に乗ったのを奪い合いながら食べるの、楽しいだろ?」


 それを聞いた来意がガクっと俯いた。


「……巳白。 奪い合いながら食べるなんて、ラムールさんがいて出来ると思ってる?」

「何でだよ? 別にやって構わないだろ? そういう食べ方だって先に言ったし」

「【やって構わない】のと、【出来る】の間には厚い壁があるってば……」

「だから、やろうって!」


 巳白が少し声を荒げた。

 どうしてもそうしたい理由があるのだろうか。


「ラムールさんは家族なんだから気を遣うなよ」


 巳白はそう言うが、そんな簡単に切り替えれるものではないと、第三者のリトにも分かっていた。


「気を遣うなって、それ、無理だぜ~!」

「作法を考えずに食事なんてありえないんじゃないか?」

「楽しげな夕食のビジョンが全然みえない……」


 リトはそのとき、ラムールと陽炎の館のみんなとの関係の雰囲気が何に似ていたのか思い出した。

 白の館で弓とリトが初めて会った、あの時であることに。


 結局、ラムールは夕食が始まる寸前に用事を思い出したとかで、陽炎の館を後にした。

 海鮮やきそばは、先に一人分お持ち帰り。

 ラムールのいない夕食は、みんなで我先に好きな具材を取ったり、奪われたりと、ものすごく騒々しくて。

 

 楽しかった。

 


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