2-3 見ても覚えられぬ夢
結局、清流はラムールとの件で気が失せたらしく、その日はリトに翼族界の話はしなかった。
だが勿論、話したくないという訳ではないので、ハイまた翌日遊びにおいでときたものだ。
リトとしては堂々とアリドがくつろぐ空間にお邪魔できるので嬉しいばかりだ。
「ふふふふぅー♪」
リトは枕を抱きしめて笑いながらベットでのたうちまわる。
海鮮焼きそばの奪い合いの最中、リトが食べたいなと思っていたエビを、アリドが羽織の皿からぶんどって、そのままリトの口に放り込んでくれたのだ。 美味しいと褒めたらアリドはすごく嬉しそうな顔をしたのだ。 ささやかな事だけど、アリドが自分に意識を向けてくれた事実が、とてもとても嬉しい。 そして帰り際、また明日な、と言ってくれたこともリトの興奮に拍車をかけていた。
この幸せな気持ちのまま眠りたかった。
これだけ幸せな気持ちならば、きっと【あの夢】は見ないと思いたかった。
しかし、今日もリトは見るのだ。
【あの夢】
それはおそらく、リトが記憶を覗いてしまった翼族調査委員会シルバーメンバー、シンディことノアの過去の夢――。
夢はいつも、独房のような場所から始まる。
【私】は固いコンクリートの床に、横に倒れている。
幸いなことに、夢なので痛みはない。
だが、【私】の体は打撲痕やみみず腫れで赤や青のまだら色になっている。
髪の毛が頬にへばりついて邪魔だ。
その邪魔くささが、こんな状況なのに鏡を見て髪を手ぐしで整えたいと思わせた。
手を伸ばしたその先に、手鏡の破片があった。
自分はいま、どんな状況なのか?
恐る恐る鏡を見ると、瞼は腫れ上がり鼻も折れて歪み、つぶした肉まんを貼り付けたような頬をした女がそこにいる。
「いやぁあっ!!」
リトは思わず跳ね起きた。
背中じゅう、べったりと油のような汗をかいている。
ホウ、ホウ、というフクロウの鳴き声が窓の外から微かに聞こえているのに気付くと、リトはため息をついた。
「……また見た……」
ベットの上で膝を抱いて座り、リトは呟いた。
リトはシンディ達の過去を、科学魔法の情報収集チップの逆作動のせいで、直接脳で覗いてしまっていた。 ただ、一瞬だったし、嫌な記憶の量は山ほどあるので、パラパラと辞書をめくった程度の感覚だったが、見ようと思えば各パーツをじっくり見ることも可能ということも理解していた。
別に改めてじっくり見ようと考えたことは無い。
だが無意識下――つまり眠ってしまうと制御が働かないのか、リトはここのところ毎日他人の記憶を夢として見ていた。
リトは息を整えると、枕を抱く。
目を閉じて、今日のアリドのことを思い出す。
――ホレ、口あけろ~♪
アリドが使っていた金属ヘラの角につきささったまんまの、プリップリの海老。
あーん、と口を開けたら、そのまま海老を口元まで持ってきてくれた。
「……えへへ」
リトは嬉しい感覚を思い出して、夢のおぞましい感覚を消す。
そして目を閉じた。
そして再び別の夢を見る。
翼族調査委員会メンバーとして研修中だ。
【翼族が村で暴れている】情報が分室に入る。
その村に駆けつけると、まさに今、砂埃の舞う中に翼族が一名立ちつくしている。
一人でやったのだろうか? 地面には何人もの村人が血まみれになり息絶えている。
シンディはその翼族が誰かを確認して愕然とする。 その翼族は昨日、分室にやってきた男だった。
崖から落ちかけた少女を助けたその翼族は、保護責任者がいなかったのでわざわざ報告に来てくれたのだった。
翼族と人間の接触は禁じられてはいないが報告をしなければならない。 報告と言ってもどこの何という翼族かという報告なので、知り合いならともかく知らない翼族に助けられた時には報告の仕様が無い。 だが報告義務を怠ると、委員会から「調査」を受けることとなる。 調査とは語るもおぞましい、拷問のような調査だった。
その場合、翼族側としては調査を受けるのは人間達であるから痛くも痒くもないのであるが、人間側としてはたまったものではない。 何処の誰か知らない者のことについて、ただ接触したがためにその相手の事をすべて吐けと拷問されるとなると。
シンディも研修中に何人か「調査」をした。 屈辱的な「調査」を。 拒否すれば「危険人物」ということで親兄妹まで「調査対象」となり連行した。
調査後、親族と絶縁された者もいた。
調査後、自ら命を絶った少女もいた。
そこまでしなくても、と思わなかったかといえば嘘になる。
しかし委員会では厳しく教えた。
【翼族はとても恐ろしい生き物である】と。
「あいつ、覚醒して【狂った翼族】になってやがる」
先輩メンバーが震える声で呟いた。
「何故ですか? 昨日、あいつが分室に来た時は何も異変はなかったのに……」
「いつ人喰いの血が目覚めるかは分からないんだよ。 今のヤツが本来の姿だ。 しっかり覚えておくんだな」
ごくり、と飲んだツバの音がやけに耳についた。
「でも、なぜこの村を……」
「この村には保護責任者がいる翼族が一名いたろう? 翼族は翼族を呼ぶからさ!」
「その翼族は?!」
「共鳴して同時に【狂った翼族】として覚醒させないために保護責任者が誓いに基づき殺してる」
確かにこんなバケモノが2匹いたらと思うとぞっとした。
「お前には荷が重い。 離れていろ。 俺は軍と組んでヤツを倒す」
先輩メンバーは兵士達と一緒になって【狂った翼族】に襲いかかった。
しかしその剣は固い翼の盾にはじかれ、兵士の体は掴まれたが最後八つ裂きにされ、魔法使いが炎の魔法で焼き尽くそうと試みるも、翼族の魔力によって逆に人間に襲いかかるありさまだった。
特製のナイフが先輩メンバーの手によって【狂った翼族】の肩に深々と刺される。
【狂った翼族】は咆哮を上げ先輩メンバーを振り飛ばしてナイフを抜くとそのナイフを投げて先輩メンバーの命を絶った。
ヒトとは比べものにならないその圧倒的な力と、悪魔と呼ぶに相応しいその所行に足がすくんで動けない。
たった一人、シンディだけが立ちつくす。
【狂った翼族】がシンディに気付く。
息もできないほどの恐怖に、身動きひとつ取れない。
ワシャ、ワシャ、と血に濡れた翼が乾いた羽音をたて、次の瞬間ものすごい勢いでシンディに向かって飛びかかってきた。
怖くて、目をつぶることすらできない。
その時だ。
「!!」
【狂った翼族】がシンディを掴もうとしたその瞬間、それよりも早く、まるで暴れ牛が体当たりしたかのように何かが横から【狂った翼族】の体をはたき飛ばした。
風が渦を巻き砂埃が散り、ガレキの中に【狂った翼族】が突っ込んだ。
シンディの目の前に蝋燭のように青白く血の気の無い硬質化した巨大な腕があった。
別の【狂った翼族】だった。
ただその【狂った翼族】は翼族調査委員会のマークが入った腕輪やネックレスなどを何重にも身につけていた。
キチキチ、と歯ぎしりをするような微かな音を立てて、その翼族はまるでシンディの盾になるかのように【狂った翼族】との間に入る。
その時、シンディの頭上に銀色に輝く笛が一本降ってきた。
シンディは慌ててそれを掴む。 笛には翼族調査委員会のマーク。
「ナンバー296! そいつは制御器だ!」
いつの間にそこにいたのか、1人の委員会メンバーがそう叫んだ。
「そいつはセルビーズ・ターニャ! 【狂った翼族】だが、その笛を使えば命令を聞く。 お前ならそいつを操れるはずだ!」
キチキチキチ、と小さな鳴き声が再び耳に届いた。
ガラガラと音をたてて、ガレキの中から村を襲った【狂った翼族】が姿を現した。
シンディは叫んだ。
「あいつ、あいつを殺すのよっ!!」
セルビーズ・ターニャはとても素直にシンディの命令に従った……。
セルビーズ……
ずっと、ずっと側にいてくれたのに……
夢の中でリトはそう思ってとても切なくなる。
しかし、起きた時には全く覚えていないのだった。




