2-4 掟、発動
目が覚めても何か疲れている時は、たいてい夢の内容が悪かったのだろう。
リトはそんなことを考えながら翌日の夕方も陽炎の館に行く準備をしていた。
不思議なもので覚えていたはずの夢を覚えていない。
夢を見た時には覚えていたと感じた事実だけが現実に残る。
「何の夢だっけ」
鏡に映る自分に問いかけても全く分からない。
窓の外の鳥のさえずりが、やけに耳につく。
羽ばたく音が聞こえてきそうで何故か身構える。
鳥が怖いのではない。 翼の音が何故か不安にさせるのだ。
「ま、夢のことばっかり考えても仕方ないしね」
リトは自分の頬をパンと軽く叩き、気合いを入れる。
いや、気合いを入れないと何かが不安だった。
「情緒不安定なんか、とんでけーっ」
わざと明るく万歳して叫んでみる。
それで平気なはずだった。
――今日は嬉しいお知らせを弓達に伝えることができるし。
リトはそう考えながらポケットに入れた手紙に触れる。
すると丁度よいタイミングで扉が弓の叩き方でノックされる。
「あ、弓? いいよ、開けて」
なぜかドキドキと緊張しながらリトが告げると、扉がそっと開いて弓が顔を出す。
弓が口を開く前にリトが早口で告げる。
「お待たせ♪ 行こっ♪」
――この扉の向こう側には翼族が……
そんな不安がちらりと心をかすめ、リトはかぶりを振る。
――巳白さんは、ハーフッ!! 人間の血が混ざってるから平気っ!
平気だと言い聞かせる事じたい、不安に感じている証拠なのだが、あえてそこには意識は向けない。
「え? 何? も一回言って? 弓」
リトは我に返り、弓の部屋を出ながら尋ねた。
「うん。 だから今日も清流の話はほとんど聞けないと思うわ」
「って、何で?」
「だって、またラムールさんが来てるもの」
「ええ?」
リトは声が裏返る。 連日いるなんて珍しすぎる。
「あ、でも丁度いいかな」
リトは手紙の事を思いだしてラッキーと思う。
「何が丁度いいの?」
「ちょっとね。 それより、また昨日みたいな微妙な空気が流れてる訳?」
「昨日とは少し違うわよ。 だってデイも一緒だから」
弓はあっさりと言ったが、はたして昨日の雰囲気をデイは変えることができているのか?
階段を下りてリビングに行くと、昨日とは違ってかなりマシな光景が広がっていた。
リビングは、いつもよりは行儀の良い、しかし昨日よりはリラックスしているみんなの姿があった。
ラムールは窓際の揺り椅子に腰かけて何やら文庫本を読んでいる。
少しみんなから離れて、なかなかベストな位置である。
羽織達はデイとともに床にカードを広げてゲームをしていた。
巳白とアリドは同じソファーでもたれかかって何やら雑誌に目を通している。
「リトちゃん来たの? 待ってて、今、【紅茶】入れるから」
リトに気付いた清流が明るい声を出して立ち上がる。
ハーブティーではなく紅茶なあたりがラムールがいるせいだと思った。
デイが便乗とばかりに手を上げる。
「あ、清流~! 俺もいる~! ついでにバウンドケーキも食べよーよ」
「えー? 自分で持って来たら、デイ」
清流、拒否。
「ちぇ~。 ケチ。 んじゃ勝手に厨房にお邪魔する」
デイは立ち上がるとみんなを見回す。
「食べるヒト~」
その声に誘われてリト達も手を上げる。
上がった手は。
「みんなじゃん」
清流まで上げている。
「せんせーも、いるっしょ?」
「いりますよ」
ラムールも自然に答える。
「おっけー♪」
デイは足取りも軽く、陽炎の館の掟、発動~♪なんて叫びながら厨房に向かう。
「弓。 掟って、何?」
リトが尋ねると、そこにいたみんなが苦笑した。
「じゃ~ん♪」
ほどなくしてデイが分割したバウンドケーキを持ってきた。
そのケーキは均等には分けられておらず、しかもその中の一つだけが妙にデカい。
テーブルの上に空のお皿とともに置き、同時にみんながわらわらと寄ってくる。
デイはニコニコしながら一番大きな一切れを自分に取り分けようとした。
「ハイ、ちょっち待った」
いやにニッコリと微笑みながらアリドがデイの手を制する。
「誰から取るか、ジャンケンいくぜ?」
「えーーーーーっ?」
デイの声が裏返る。
「なんでなんで? 掟発動だよ?」
「いや、だからだって」
「へ? なんでみんなそろって頷くの?」
どうやらデイは掟とやらで自分が一番先にケーキをゲットできると思っていたようである。
「バーッカ。 掟は2種類。 みんなで分けるものは公平にジャンケンで取る順番をきめる。 1個を2人で分けたりするときは、切った者が後から選ぶ。 これ常識」
「ホント? せんせー?」
デイはラムールに助けを求める。
「本当です。 老師が決めたルールです。 私も赤子の頃から従ってました。 フッ。 腕がなる」
ジャンケンの準備運動とばかりに手を軽く振る。
「え~!?」
デイはアテが外れてがっかりしているが、そんなことは知らぬとばかりにアリドが声を出す。
「出さなきゃ負けのっ、じゃん、けん……!」
『ポンッ』
慌ててみんな手を出す。
勝ったのは意外にも、義軍。
「う、わ~~い♪」
義軍は嬉しそうに飛び跳ねて、急いでケーキをゲットして美味しそうに頬張る。
うらめしそうにデイが義軍を見つめていると、さっさとジャンケン第2弾が始まった。
何回かジャンケンを繰り返し、そして最後に残ったのはリトとデイだった。
しかもジャンケンの途中で、重大な事実が判明。
残ったケーキは、一個。
残った人間は、二人。
そう、つまり……
ちらりとリトがケーキに視線をうつした瞬間。
「ジャンケンポンっ!」
「うわ、ヤダ、ちょと待ってっ」
いきなりデイが言うものだからチョキの代わりに指1本なんて変なものを出してしまい。
「やったぁ~!」
デイが歓喜の声を上げる。
「あ~~っ!!」
リト、撃沈。
「デイの馬鹿ぁ。 どうして1個足りなく切ってきちゃうのっ?」
食べ物の恨みは恐ろしい。 リトは思いきり悔しそうに叫んだ。
「ごめ、んな、さいっと♪」
デイはあまり悪びれず、軽く謝って最後のひとかけらのケーキをつまんでヒョイと口に入れる。
するとその時、6番勝ちした巳白がそっと自分の皿をリトに差し出した。
「2番勝ちしたラムールさんが分けてくれるっていうから、俺の食べていいよ」
出してくれたケーキは最後に残っていた一個よりも大きい。
「やったあ♪」
リトが思わず喜ぶとデイが慌てた。
「ずる~っ! せんせー、俺にも分けてよ」
「残念。 救済処置は一人一回までなんですよ」
えーっ、と叫ぶデイが大げさで、みんなで笑う。 ラムールも笑っていた。
デイがいるだけで昨日とはうってかわって、馴染んでいる。
参考までに、8番勝ちした羽織がデイにケーキを分けていた。
++
そうこうして楽しいおやつタイムも過ぎたころ、リトは言わなければならないことを思い出した。
「あのね、弓。 ご招待の手紙なんだけど……」
その言葉に、みんなの視線がリトに集まる。
リトは手紙を取りだした。
「御招待って、何の?」
なぜか真っ先に食い付いてきたのはデイだった。
「えーっとね、……15の祝いの」
リトはちょっと照れながら告げた。
「えっ?」
「おっ?」
「15の祝い?」
弓だけでなく、そこにいたみんなの顔が明るく晴れる。
15の祝い。
それは素直に15才の誕生祝いなのであるが、この国では15になったら結婚が許されることもあり、昔からの風習でやや盛大に祝うのである。 盛大といってもピンキリで、普通の誕生日パーティから舞踏会を開く家まで様々である。
「うわぁ、おめでとう!」
義軍が手を叩く。 弓がそんな義軍を見て微笑みながら尋ねた。
「リトのお宅でするの?」
「ううん。 親戚も来るからウチだけじゃちょっと狭くて。 だから村長の家でするの」
「それで弓ちゃんを招待したいってこと?」
清流が尋ねた。
リトは清流達の顔を一通り見て、ちょっと間をあけてから告げた。
「えと……。 お母さん達がね、弓だけじゃなくてこの前来た人達も誘っていいよ、って」
それを聞いた羽織、清流、アリド、来意が顔を見あわせる。
『俺達も?』
思いがけない誘いに声を揃える。
リトは頷いて続ける。
「っていうか、世尊くんや義軍ちゃんも。 村長さんちは広いから平気だって」
世尊と義軍が倍率は違えどそっくりな顔で目を見開いた。
「うっわぁ! ぼく、いきたい!」
義軍が目をキラキラさせる。
喜ぶ彼らを巳白は穏やかな眼差しで見つめる。
リトの視線が巳白に向けられた。
それで一瞬にして、場の空気が冷える。
普通に考えて、一見して翼族のハーフである巳白が招待される可能性はゼロだった。
「いいって。 気にするな」
巳白は分かっているとばかりに、でも心から弓達が招待されたことを嬉しそうに微笑んだ。
「楽しんでこいよ」
「あっ、あの、そうじゃなくて、巳白さん」
リトは慌てて口を開いた。
「……お父さんが、巳白さんには洞窟で遭難した時、私がお世話になったから……御礼に、ぜひ、って」
その言葉に一番驚いたのは他でもない、巳白だった。
目をまん丸に見開いて言葉を失っていた。
「リトちゃん、それ、ホント?」
清流が大きな声で言った。 リトは頷く。
「すっげぇ!」
「マジかよ?!」
「占いに出てたけど……まさか本当とは」
来意にとっても想定外だったようだ。
しかし、喜んでいる彼らを見て、リトは思った。
――でも……巳白さんは翼族とのハーフだから……道中や村で揉めるかもしれない……。 ラムールさまだってそう簡単に許可しないと思う……
おそらく、「許可できません」と言われて終わりだとリトは思っていた。 いや、なぜだか、そうあって欲しかった。 翼族のハーフが村に近付くと災いを呼びそうな予感。
――ダメタメ。 巳白さんは安全だってぱ。
リトは自分に言い聞かせた。
するとようやく巳白が我に返って、戸惑いながらラムールを見た。
ラムールの表情からはどんな意見を持っているのか読み取れなかった。
「――あ、いや、でも俺が行くと、色々と大変だろうし――」
予想通りというべきか、巳白が後ろ向きな発言をした。
ところが次の瞬間。
「いいではないですか」
ラムールがはっきりと言った。
『え゛っ?』
その言葉があまりにも予想外で、そこにいる者は声を揃えた。
ラムールはポーカーフェイスを崩さずに続ける。
「15の祝いはとてもおめでたい祝いです。 せっかくの御招待、受けるべきでしょう」
「……え、っと、でもリトの村は遠いから泊まりになりますけど……」
「構いませんよ。 私がついていけば済むだけの話」
――えっ?
ラムールの一言でみんなが顔を見あわせる。
「だってそうでしょう? 巳白の保護責任者である私がついていけば問題はありません」
――ラムールさまも、来る?!
「え゛ーっ!! ズルイっ! 羽織たちだけ~?! せんせーだけ~? ねー、りーちゃん、俺はぁ?!」
デイが大声で抗議する。
「15の祝いってさぁ、おめでたいことだから一人くらい招待客が増えても構わないよねぇ? せんせー?!」
――ちょっと待ってよデイ。 この国の王子がわざわざお祝いに駆けつけたら両親から村長から驚きすぎて心臓とまっちゃうよ!
リトは焦る。 ラムールが諭す。
「あのね、デイ。 王子のあなたがリト個人のお祝いに駆けつけたら、これはかなり大事ですよ」
――その通りです、ラムールさま!
「ですから、肩書きの意識を使って、ただの一人の少年デイとして行くぶんには構いません」
――え゛っ?
「ホント!? せんせー?! もう一回言っちゃったから、撤回なしだよ!」
「はいはい」
ラムールはゆっくりと頷く。
「やーったぁーっ!!」
デイが喜びのあまり万歳しながらジャンプをする。
「やった♪ やったぁ♪ 羽織たちとお泊まり旅行だ~♪」
デイは羽織に飛びかかり、部屋中を飛び跳ねて回る。
それを嬉しそうにラムールは眺めていた。
こうなってはデイも招待する他ないだろう。
何人連れていくかという手紙を受け取った両親がびっくりするのが目に浮かんだが、一生に一度の15の祝いだから大目に見て貰おう、とリトは思った。




