10-2 対面
しかし結界のなにがしかが効いているのか、佐太郎がいくら前に進もうとも道の先は遠く見えない。 行く先々の木々はまるで万華鏡を回して模様がかわるかのようにその姿を微妙に変えた。 ところが佐太郎のすぐ後を駆けていた巳白が何かにびくりと反応した。
「先に行きます!」
そう叫ぶや巳白は迷わず宙に飛び上がり、まるで疾風のごとく風を巻き起こしながら人の足よりも何倍も早いスピードで空気を切り裂き進む。
「巳白っ!」
佐太郎達の呼びかけにも応えず巳白がひたすら前に進むと、いきなり天地が逆さまになったような錯覚を覚えた後、視界が開け、巳白はラムールがいるその場所にたどり着いた。
平衡感覚を失いかけたのだろう、巳白はクルクルと回転しながらもなんとか体勢を整えなおして空中で制止した。
「k来たかっu!」
体の半分を赤い鎖で絡め取られた死に神が叫んだので巳白は反射的にそちらを向いた。
「巳白っ!?」
続いて驚いたラムールの声が死に神と反対側から聞こえたので、巳白は少しだけ顔色を明るくしながらそちらの方を向き――額から赤い滴を垂らしながら右手の平からも同じ滴を吹きだしているラムールの姿を見て――顔色を厳しく変えた。
巳白の髪の毛がざわりと逆立ち、翼が一気に冷たい空気をまとう。
「貴様っ!」
そして巳白は死に神をにらみつけ、ナイフのように硬質化した羽を雨のように投げつけようとしたが。
「巳白止めなさいっ! 邪魔するのではありませんっ!」
「yやめろo!!」
ラムールと死に神が同時に声を上げて制したので巳白がその動きを止め、それと同時に佐太郎達がやっとこの場所にたどり着く。
「わっ!」
「な、何これっ?」
「ええっ?」
その場にたどり着いたリト達はそれぞれに目の前に広がる光景を理解できずに声を上げた。
「あなたたち! なぜここにっ?」
ラムールも流石に驚き、佐太郎は死に神を見て「やっぱりか」と歯ぎしりをした。
「n何が起こっているか分かるならば、早くこやつを止めよ、錬金術師i!」
「駄目! 佐太郎! 手は出さないで!!」
死に神とラムールが叫んでにらみ合う。
そうしている間にもラムールの作った封印の赤い滴は魔法陣をどんどん編んでいく。
「こっの、大馬鹿野郎っ!」
佐太郎は拳を堅く握りしめて怒鳴ると、再び袖をまくりあげて包帯を巻いた二の腕をむきだしにし、その隙間に手を突っ込むと子供の拳くらいの真っ黒い珠を取り出した。
それを見たラムールの顔色が変わる。
「だっ、駄目だってば佐太郎っ! 止めてっ!」
「五月蠅ぇっ!」
聞く耳ももたず、佐太郎は握りしめたその珠を勢いよく地面にたたきつけた。 珠は粉々に砕け散り、中からススのような黒い煙がふわりと立ちのぼり、それは吸い込まれるようにラムールに向かってまっしぐらに進んでいく。
「佐太郎っっ!」
ラムールは訴えるように叫んだが、体内に入っていく黒い煙を退けることはできなかった。
体の表皮からその煙を受け入れたラムールが、封印作業を行っている手だけは死に神を向けたまま、がくんと膝をついた。
「~~っ!!」
ラムールの額に汗が浮かぶ。 そしてその瞳の焦点がぼやけ、突きだしていた手の方角が微妙に死に神からずれる。
「目が……」
ラムールは必死に目をこらして死に神を見ようとするが、何も見えなくなったのか目を閉じた。 しかし必死に手だけは前に突きだそうとする。 ところがその突きだしていた指先も小刻みに震え印が乱れていく。
死に神を覆っていた赤い鎖がぽろぽろと壊れ始める。
「……っ」
ラムールは声にならない小さな呻き声とともに、ばたりとその場に正面から倒れた。
「ラムールさんっ!!」
巳白が慌てて駆け寄り、ラムールを抱き起こして左翼で支えながら右手でその頬をかるく叩いた。
くたっとしたラムールは一切反応をしなかったが、呼吸はしているようだった。
「安心しろ、巳白。 そいつは意識を失っただけだ。 額も切っちゃいねぇ。 ただ手の平からの出血が止まってねぇから、清流に頼んでそこいらのヨモギででも止血をしとけ」
佐太郎は落ち着いた口調でそう告げてから、死に神を見、そして世尊を見た。
「世尊。 これからちょっくら込み入った話になる。 ――義軍は」
「もう眠らせてます。 ごめんな、義軍。 ちょっと痛かったな?」
そこには世尊の腕に抱かれた義軍の姿があった。 どうやら手刀で義軍を失神させたようだった。
「義軍に見せちゃいけないもんだって、言われなくても分かるぜ」
世尊が死に神の方を向いた。 佐太郎はそんな彼を見て、頼もしそうに軽く微笑むと自らも死に神と正対する。
死に神はラムールが意識を失ったことによって完成しなかった魔法陣をゆっくりと我が身から引きはがし、嬉しそうに引きつった笑い声を上げた。
「yよく来たな。 錬金術師よo」
佐太郎も挑戦的に微笑み返した。
「死に神が関わってるとなりゃあ、アイツの行動の謎はすべて解けたってもんだ。 ――まず――」
視線を荒れ地の真ん中に周囲とは対照的な生命力を放つ墓標に目を向けた。
「あれが、新世と一の字の墓か」
リト達もその声に導かれるように墓標を見た。
「ああ、佐太郎のおっちゃん、間違いねぇ。 あれは確かに俺らが作った墓標だ」
アリドが頷くと怪訝そうな顔をしながら羽織が呟いた。
「でもどうして、この場所がこんな荒れ地に……?」
そして一歩、荒れ地に近づくこうとするが、来意が慌ててその腕を掴んで制し、佐太郎が怒鳴った。
「止まれ羽織! それから先には一歩も入るんじゃねぇ」
「えっ?」
羽織はびくりとして寸前で止まる。 佐太郎は近くに咲いていた野花をひとつ摘み、ほいと荒れ地の中に放り込んだ。 するとその可愛らしい野草は見る見る間にしおれ、茶色く枯れてほぽ真っ黒になって地面に落ちた。
「この球体結界で封じられてるせいか、濃度がまたえらく濃いな」
「yやはり錬金術師、仕掛けを理解するのが早い。 ひと触れすれば問答無用だったものをo」
「職業死に神が人間との取引で使うものっつったら魂か寿命しかねぇだろっがよ。 馬鹿でも分からぁ」
その佐太郎の言葉に、死に神の顔が――顔は仮面のように無機質なものだが――強張ったように見えた。
「なんだお前、純正か」
佐太郎がカカッと笑う。
「ま、どっちでも構わねぇがよ。 この状況から察するに、一夢が死の液体で命を落とし、新世は死の波紋によって後を追い、この場で果てた。 そして一夢達の遺体を中心として死の波紋が広がっていくところを教育係が封じていたが、結局、波紋を無効にする方法にたどり着けなかったから自分とお前さんを一緒に封印しようとした、そんなとこか」
「佐太郎さん、死の波紋って?」
デイが尋ねた。
「死に神が持つ寿命を吸い取る死の液体ってのがあるんだがよ、それはただ寿命を減らすだけじゃなくて、波紋のように広がって増殖していくんだ。 それを浴びた者を中心として水面に波紋が広がるように外側へ外側へと広がっていく。 これが死の波紋だ」
「だからここの一部分だけ、木も草も土さえも死んじゃってるってこと?!」
「そーゆうこった。 教育係は、まず死の波紋がこれ以上広がらないように封印をした。 そしてこの場所が見つからないように外側に更に封印をした、つまりさっき破った結界のことだがよ。 あいつは二重封印をかましてたって訳だ。 本来なら外に広がるはずのものを球体結界の中に閉じこめてやがるんだからそりゃぁ濃くもならぁな」
フッと鼻で笑う。
「どうだい、死に神よ。 違うか?」
その言葉に死に神は肩を大きく上下に揺らしながら布を裂くような笑い声をあげた。
「s正解さ。 教育係は私と取引をした。 奴の魂を担保に波紋を無効化するためののヒントを得るとo」
魂を担保。
その響きにリト達は顔色を変えた。
ラムールが【もうすぐいなくなる】と言っていたのは他ならぬ、ラムールの死だったのだ。
思わず世尊が小さく呟いた。
「魂を担保? 何て奴だぜ……。 悪魔め」
「oお前、私を愚弄すると許さんぞo!!」
すると死に神が間髪入れずにものすごい剣幕で一喝し、空中から冷たい輝きを放つ大鎌を取り出し世尊の目の前に突きだした。
「w私は神だ。 死を司る神だ。 悪魔と同一視するという無礼、取り消さぬなら今すぐこの鎌でお前の魂を体から断ち切っても構わぬのだぞo!!」
「世尊、訂正するって言って!」
来意が青くなりながら叫んだ。
「お、おぅ。 訂正、するぜ」
慌てて言うと死に神は大人しく手にした鎌を宙に消して元にいた空中へと背をみせずに戻った。
「sさて、お前達はどうする? 教育係が張った死の波紋をこの場に留める結界は、あと5日で無効となる。 つまりこれまで溜まっていたものが一気に流れ出す。 だがそれまでの間に無効にしてしまえば、この地には再び草木が根付き花が咲き、お前達の愛する輩の墓に参るのも自由になる。 だがその為には私と契約を結べ。 結べば結界を無効にするためのヒントを与えよう。 我が最大神に誓って言えるが、3人も人間がいれば2日もかからず死の波紋を解除することは出来るu」
佐太郎が一度、鼻をかいてから挑戦的な眼差しで死に神を見た。
「神は嘘がつけねぇからお前さんの言葉は信用できるとして、だ。 ちょっくら分からねぇことがある。 普通、この手の罠を、わざわざ仕掛けた当人が掛かった者に対して止めさせるために手を貸す、なんてこたぁ、明らかに変だ。 仮に俺達に無効化に成功させてしまえば、わざわざ最初から罠にかける意味がねぇ。 違うか?」
「n何事にも例外はあるu」
「ってこたぁ、お前さんは罠を仕掛けた当人じゃなくて、罠の方法として手を貸しただけってことか。 だから余裕があるってこった。 罠をかけた者からすりゃあ、少しでも早く罠にかかった獲物は確保してぇだろっからな」
「sそうかもしれんな。 確かに私のこの行動は、私自身の娯楽にしかすぎんn」




