9-5 【別れの護り】
「彼は」
第6室長は一度呼吸をためた。
「……彼は、過去、君のためにある誓いをたてた。 仮に君より先に死んだ場合は、君に【別れの護り】をつけると」
「【別れの護り】?」
初めて聞く語句だった。
「簡単に言うと、彼が生きている間は彼が君を守る、だが、彼が先に死んだ場合は君の安全を仲間に託す、というものだ。 ――つまり、それだけ大切に思っている相手だという誓いなのだよ。 証明だと思ってくれて構わない。 翼族は、かなり約束や誓いというものに対して誠実だ。 彼なき今、おそらく君に手を出せる異性物はいないだろう。 君の命に危険が及べば他の翼族が黙ってはいないという訳だ」
「それは我々が極秘に探すように命じられた【翼族が決して手を出せない者】にシンディがなったということですか!?」
トシが警戒するように声を上げたが、第6室長は首を横に振った。
「いいや。 【翼族が決して手を出せない者】は全く違う。 あれは、翼族が本能的に手がだせない相手だよ。 だからノアの場合は相手がその気になれば殺せるのだよ。 また、翼族が護りに来る前に人間に殺されてしまうことだってある。 ――だが、そうなったら、君を殺した相手のところに翼族が報復しに来るだろう」
――つまり、翼族調査委員会は一切シンディには手出しができなくなった、ということか。
「彼は確かに君を裏切った。 しかし、一時期であったかもしれないが、彼は確かに【別れの護り】を誓うほど君を愛していたのだよ。 彼亡き今、その、君を愛してくれていた時代のレセッドの気持ちに応えて、普通の生活を送ることも視野に入れてはどうかと思うのだよ」
慈しむような視線を第6室長は注いだが、それが嘘であることぐらいトシ達には分かった。
ただ単に、シンディに利用価値が無くなったから退官を勧めているだけなのだ。 逆に、無理強いをさせられない相手となったシンディは邪魔なのだろう。
「私、確かに普通の生活に戻っても悪くは無いんです。 でも」
シンディの言葉に一瞬表情をゆるめた第6室長の顔に緊張がはしった。
「私は――レセッドを殺滅した人物と、会いたいんです。 会って、どうやってレセッドは死んでいったのか、いまわの際に何を言ったのか、知りたいんです」
トシに触れているシンディの手にぎゅっと力がこもる。
「レセッドを殺滅したg-∞の情報を教えては貰えませんか?」
「気持ちは分かるが、それは無理だろう。 いいや、無理なんだよ。 gメンバーにあってはこの委員会でも特殊すぎる存在なんだ。 何の情報も残っていない」
「何の情報も……って、たとえば資格の更新とか、殺滅した報告とか、そんな理由で本部を訪れることは無いんですか?!」
「無い。 彼らに限っていえば、正確に何人のgメンバーがいるか、それは我々にも、いいや、彼らにもわかるまい」
「でもそれじゃ、gメンバーが本当に存在するかどうかすら疑わしくなります!」
「そう思って彼らのことを探って殺滅された者達を私は何人も知っている」
あやすように第6室長は続けた。
「下手に近づくと君、いや、我々も殺滅されてしまう。 だからgメンバーについて探るのは止してはくれないか」
本音が出た、と、トシ達は思った。
それに気づいた第6室長は切り札のように口を開く。
「レセッドは殺滅されて幸運だったと言わざるを得ないんだよ」
「えっ? どういうことですか?」
シンディが思わず身を乗り出した。
「少し長くなるが、説明しよう。 ただ殺されたり、死んでしまうのと、殺滅されるのには大きな違いがある。 死というものは魂と肉体の分離だ。 そして、殺滅というのは魂も肉体も滅ぼしてしまうことだ。 普通、我々には魂があり、死んでしまえば肉体は現世に、魂は分離し死の国へと向かう。 それがいわゆる我々の認識している【死】だ。 そしてこの世に肉体が存在していた限り魂はこの次元でしか移動できず再び生まれてくるときもこの世界に堕ちる」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「だが翼族と人間では元々生きている次元が違うのだよ。 翼族が普通に人間界で死ねば肉体は人間界に残るが魂は翼族界のものだ。 そうなると不完全な存在になり永遠に苦痛とともにあると言われている。 だが殺滅された時は魂の存在自体滅ぶことになる。 今回、資料室に保管されていた彼の翼のサンプル等はすべて光の粒となって消え去った。 これは彼の存在が消滅したことを表すんだ。 彼は間違いなく殺滅され、その存在は人間界から消えた。 そしてこの事実こそが、gメンバーが確かに存在するという証拠でもあり、レセッドが死んだ後苦しまずに済んだ証拠でもあるんだよ」
シンディが小さく「だから……」と呟いた。
第6室長は少し呆然としているシンディを見つめながら優しく微笑む。
「君はレセッドから【別れの護り】を授かった。 そんな君がgメンバーを探して、そのgメンバーが君を殺滅しようとしてごらん? 今期の翼族は誓いや約束はとても重要視している種族だ。 君を護るために翼族がやってくるだろう。 gメンバーと戦うかもしれん。 そのgメンバーが強ければ強いほど翼族は多くの仲間を失うかもしれん。 だが、翼族は仲間が殺されたら黙ってはいない。 人間界にもっと多くの仲間を送り込みgメンバーを倒そうとするだろう。 ことはあっさりとgメンバーが殺されて終いかもしれないが運が悪ければ――人間との全面戦争だ」
最後の部分だけを脅すように声をひそめる。
「君を護るためにレセッドの大事な仲間が多数死ぬもしれないし、それが原因で翼族が君以外の人間に無差別に攻撃をしだす可能性だってあるんだよ。 過去の文献にある。 何代か前の翼族の長は、対話を拒み人間すべてを根絶やしにすると決めたので、人間界に多くの翼族が押し寄せ多数の人間を殺した。 幸いこの時は、先代の長の意志を受けた翼族がその長を滅ぼしたので人間界は滅びずに済んだんだ。 いいかいシンディ。 君はいまや多くの人間と翼族の命を左右する存在になってしまったんだ。 ならば余計なことをしてはいけないよ。 それは君の義務だ」
まるで誘導尋問のように第6室長はシンディの瞳を見つめる。
「――分かりました」
シンディが静かに返事をした。
「gメンバーについてはもう探しません」
「助かるよ!」
第6室長の表情が一気に明るくなった。
だがシンディは表情を崩さず続けた。
「ですが、委員会メンバーは辞めません。 翼族が私を護る? 好都合だわ。 私は今、過去に翼族が人間を根絶やしにしようとしたというお話を聞いて逆に決心が固まりました。 そんな危険な種族、排除しなければなりませんもの。 私は委員会メンバーとして戦います。 gメンバーを探さなければいい、第6室長のお言葉は守りますわ」
第6室長にとっては予想外の言葉だったのだろう、ほんの少しの間だけとても難しい顔になり、そしてシンディの機嫌を損ねないように微笑んでみせた。
「よかろう。 君が我々の見方であってくれるならこれほど心強いことはない。 翼族は君の提案なら検討する事項を増やしてくれるやもしれん。 その時は、力を貸してくれるね?」
「勿論です。 ――これはgメンバーを探すために適当に抜き出した情報ですから、お返ししますわ」
シンディは胸元からそっとメモリーチップを取り出し第6室長に渡す。 慌てないようにつとめながら、第6室長はそれを受け取り指でパキンと二つに割った。
「よかろう。 では、引き続き、【翼族が決して手を出せない者】を探す任務についてくれたまえ。 それが手に入り、そして君さえいれば我々人間の勝利だ」
「承知いたしました」
シンディ達は深々と一礼をした。




