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4-6 嫌じゃないなぁ

「――だって、それしか思いつかなかったんだもん」


 リトは恨めしそうな眼差しを向けつつ言い訳した。

 アリドが彼女らを全く警戒していない、その疑問の答えはそれしかないだろうと。


「アホ。 俺は人を見る目っつーのがあんの。 ま、正確には……あんた、名前は?」


 うっすら浮かんだ涙を拭きながらアリドがトシに尋ねた。


「トシ」


 その言い方にアリドは嬉しそうに笑う。


「なんだよ、似てんのは目だけかと思ってたら、名前の言い方もそっくりじゃん」

「そ……そうか?」

「ああ。 巳白の伯父さんなんだろ? ピンときた。 あいつが清流のために何かしてやろうって時の目と同じだったからさ、だから信用した」


 シンディが頷いた。


「正しい判断ね。 しかも記憶の整理をしやすいようにナビゲートもしてくれて」

「ナビゲート?」


 リトが首を傾げると、シンディはきちんと向き直ってもう一度頷いた。


「お嬢ちゃん自身の記憶と他人の記憶を脳内で正確に分離するために、お嬢ちゃん自身の意識をきちんと確立させる必要があったのよ。 あなたはさっきの娘達二人を助けたいと願った時、意識の根っこを私の記憶に預けちゃったのよ。わかる?」


――わかる。

 リトは言葉に出さずに頷いた。

 あのとき。

 彼女達が翼族調査委員会に連れて行かれようとしたそのとき。

 心の奥でなにかが「彼女達がどんなに惨い目に遭わされて辱められるのか」危険性を叫んだ。

 助けなきゃ。

 あんな目に誰も遭わせたくないから、助けなきゃ。

 そう、リトではない何かが叫んでいた。

 そして、リトだって、彼女達を助けたかったのだ。

 そこまでは覚えている。 その後は一気に光の中に飛び込んだように、頭の中は真っ白だ。


「意識の根っこってところはね、基本、どんなものにでも染まるのよ。 根っこを支配しようとするものを拒みもしない。 ただ受け入れるだけ。 んー。 分かりやすく言うなら、この部屋が意識の根っことするでしょ?」


 リトが眉を寄せたのでシンディは説明を修正しはじめた。


「この部屋はもともと空室。 ここにお嬢ちゃんが一人はいって、お嬢ちゃんの意識の根っこ。 好きにディスプレイや模様替えしていいわ。 それが自我。 これがあなたの頭の中にある」

「はい」

「で、ここに私の意識が間借りに来た。 色んな荷物をこの部屋のあちこちに落としまくる。 でもこの部屋の持ち主はまだあなた。 ところがさっき、私の意識が暴れ回り、あなたはこの部屋の持ち主である権利を私にも譲った。 私はこの部屋で委員会メンバーの部屋へ繋がる扉を開いた、しかしその扉はメンバー以外が触れるとクラッシュする。 あなたのこの部屋は見事にクラッシュさせられて部屋の中はグチャグチャに混ざった、ここまで分かる?」

「わかります」

「そこで、私達があなた以外の意識の回収に来た訳。 あなたの彼はね、部屋の真ん中でどれが自分の持ち物か分からなくなっているあなたに対して、あなたと私の違いを明確にし、かつ、あなたがもう一度、部屋の主導権を握るように導いてくれたのよ」

「……」

「良かったわぁ。 お嬢ちゃんと私の共通点に差があって。 この彼に私の名前を呼ばれても、私の意識は全然反応しないから」 


 シンディはそこでアリドに向き直った。


「それで、あなたはどうしてこんなにスムーズにナビできたのかしら? 参考までに教えてれない? どこかで訓練したの?」

「どこって」


 アリドが一瞬、考えた。


「意識混濁したら処置が必要になるから万が一に備えて――って」


 リトの顔を横目でちらっと見てから、言葉を探す。


「佐太郎さん、から」

「佐太郎!? あの錬金術師の佐太郎のこと? なら納得がいったわ」


 シンディはかなり強く何度も頷いた。


「それでお嬢ちゃんは平気だったのね」


――おいおい、その時点で私の意識にちょっかいかけて狂わせようとしたって白状したも同じなんですけど!

 リトがじとっと睨んだのでシンディは視線を逸らしてコホンと咳払いした。

 トシが頭をかきながらリトに歩み寄った。


「その件に関しては、その、本当に申し訳なかった」


 頭を下げられると、なんだか巳白に謝られているみたいでリトは慌てて気にしないでくれと告げた。

 それに、今回は――助けてくれたみたいだし。


「……っていうか、どうして二人とも、この国にいるんですか? ラムール様に会ったら大変じゃないですか?」


 リトは素朴な疑問を口にした。

 だって、この二人はラムールの怒りをかって、国を出て行けと言われたのだ。 次に会ったら命はないと思え、とまで言われたのに。

 シンディは静かに口を開いた。


「ここに来るには勇気がいったけど、同一別人となって、昨日の定期観光船で入国したのよ。 私達の記憶を放置しておいたら貴方にも悪影響を与えることは分かっていたし。 トシも、巳白くんや清流くんに渡したいものがあったから」

「渡したいもの?」

「ご両親の遺品よ。 残念ながら私達がここで委員会メンバーとして行動したらラムール教育係にばれちゃうからね。 利用するようで悪いんだけど、あなたの記憶を正しく整理するついでに、あなたから巳白くん達に手渡して貰おうかと思ったの」


 シンディが視線を向けると、トシが自分の旅行鞄の中から紙袋を取りだした。 するとリトは今までにないくらい不思議そうに首を傾げた。


「……どうしたの?」

「……嫌じゃないなぁ……とか思って」

「は?」

「最近、翼族に関わることって怖いっていうか、ヤダって思ってたのに……嫌じゃないなぁって」


 なんだか、憑きものが落ちたみたいに拒否感がない。


「もともとのあなたに戻っただけよ。 あなたは検査室でレセッドに気付いた時から私の意識を共有していたから。 私の嫌悪感や恐怖感に影響されていたのね」

「うーん」


 なんか不思議だが、この気持ちの切り替え具合はそうであったとしか考えられない。

 ヘンなものである。 ほんの数分前にどのような気持ちでそう考えていたのか、さっぱり分からない。


「それでね、お嬢ちゃん。 シンディの意識を持っていたからこそ俺達はすぐ君に気付くことができたんだ。 お嬢ちゃんは同一別人を使っていただろう? だけどシンディは君を君と見抜き、俺は君が分からなかった。 そこでピンときた。 お嬢ちゃんの中にはまだシンディの意識があると。 自分で自分を騙せないという原理でね」

「あー。 それで」


 リトのかわりにアリドがポンと手を叩いた。

 どうやら肩書きの意識を使っていたのにどうして分かったんだと思っていたのだろう。


「とにかく助かったな。 リト」


 嬉しそうにアリドが言うのでリトも頷く。


「とりあえず、これを」


 トシが差し出した紙袋をリトは受け取った。 薄い茶色の紙袋にはノートか何か、そんな形の物が入っていた。 リトはそれをキュッと抱きしめ、恐る恐るシンディを見た。

 シンディは。 少し痩せたがしっかりと背筋を伸ばしている。

 彼女は目の前で愛するレセッドを殺滅されて悲しみに暮れていたはずなのに。 

 その視線に気付いたのか、シンディは少しだけもの悲しげに微笑んだ。

 シンディの意識を共有したことのあるリトには分かっていた。

 彼女は、自分のせいで迷惑をかけたリトを助けようと、その思いだけで気力を奮い立たせたのだ。

 放ってはおけない。

 その気持ちだけで行動を起こしたのだ。

 それはさきほどのリトが、旅行者の少女二人を助けたいと意識を明け渡したのと同じように。

 ただ純粋に助けてあげたくて。


「あのー」

 リトはシンディに告げた。

「やっぱりあなたは親切ですね」


 それを聞いたシンディは、言うと思った、と軽く微笑んだ。


「親切だって言われたついでに、これも渡しておこうかしら」


 シンディはそう言って一枚の紙を取りだした。 そこには沢山の数字とアルファベットがずらりと並んでいた。


「佐太郎氏に渡すがいいわ。 今回の処置と脳内の結果が書いてあるから」


 つまりはカルテを主治医に渡せという意味で。

 それをアリドが受け取って小さく頭をさげる。

 

「さあて、それじゃあこの部屋を出ましょうか」


 シンディが口調も軽く告げた。

 確かにこのままここにいてもたいした意味はない。

 リトもソファーから起きあがる。

 記憶の整理をされたからか、ほんの少し足下がふらついたが、アリドが肩を支えてくれた。


「優しい彼ね」


 シンディがそんなことをいうものだから、すこし恥ずかしくてリトは慌てて話題を変えた。


「そういえば、ここのお代ってどうなるんでしょうか」


 確か個室の値段は高かったはず。

 誰が借りてくれたのか。

 お題は割り勘か?

 そんな事を考えたが、みんなの表情は少し違っていた。

 みんな、別の意味で困ったな、って顔である。


「お嬢ちゃんは……結構ショックを受けるかも……って、彼氏さんも思う?」

「ま、多少は。 予想はついてっし。 ただ、肩書きの意識を使ってるから日常には困んねーと思うから」

「え? アリド、それ、どういうこと?」

「うん、部屋を出れば分かるさ」


 トシはそう言って荷物を肩にかけて扉へと向かう。


「ここを出たら、シンディさん達はどうするんですか?」


 リトが思いつくままに尋ねると、シンディはすぐさま答えた。


「委員会本部に。 つまりオルラジア国に行くわ。 調べたいことがあるの」

「調べたいこと?」

「正確には……取り返したいこと、かしら。 本部にはレセッドの資料が多数保管されているはずだから。 遺品がわりに、しらっと奪い返してくるつもり」

「そのせつは……ご愁傷さまでした」

「いいえ。 こちらこそ貴方を危険な目に遭わせて申し訳なかったと思っているわ。 そして、あなたが彼に気付いてくれたから、私は彼と再会できた。 ありがとう」


 シンディの口調は思いの外しっかりしていて、まるでレセッドのことがはるか過去のように感じているようにも見えた。


「そんな信じられないような目で見るのはよしてくれないかしら? 私もトシに記憶整理して貰ったのよ。 心構えができるまでの間。 でなきゃ今も立ってられないわ」

「……」

「大人はね、悲しむより先にやらなきゃいけないことは沢山あるの」


 シンディのまっすぐな眼差しはとても力強かった。

 でも、それはきっとトシという存在が友人として側で支えてくれているからだと、リトは思った。



+



 階段を降りていくと、1階にいた者達がざわつき、一斉にリトに視線を向けた。

 その眼差したるや、まるで悪魔を見たような嫌悪感と恐怖感に溢れる眼差しだ。


「……え?」


 リトは思わず自分の服を見回す。 何かおかしいところはないか確認するために。 しかしどこにも変化はない。

 なのに、いつ飛びかかってくるかもしれない狂犬を見るような周囲の態度は何なのかと。

 アリドの肩に乗っているであろう変化鳥に気付いた訳でもないようだし。

 アリド達はと言うと別段気にした風でもなく、ただ階段を降りていく。

――なんかヘン。

 そうは感じたものの明確にどう変なのかが分からぬままリトは1階まで降りた。

 代金の支払いをしなきゃな、と周囲を見回したら、さっき因縁をつけられていた少女達の姿が目に入った。

 良かった、無事だったんだ、と話しかけようとした瞬間。


「ひっ!」


 二人とも声にならない声をあげて硬直した。

――こんなに怯えて可哀想に。

 リトは、もう平気だよと声をかけてあげたかった。 しかしリトが声をかける前に、周囲の者達が少女に向かって急かすように視線を送り、それに反応するように少女が口を開いた。


「つ、つつ、翼族の、容姿、あれ、ウソです」

「……え?」


 なぜいきなりその話題なのかが分からずリトは首を傾げたが、少女は震えながら続けた。


「短めの金髪で、片腕で、みはく、って名乗ってくれました」

「みはく?!」


 リトはその名に驚いたが、アリド達は全く反応しなかった。

 もう一人の少女が蒼白な顔色のまま叫ぶように続けた。


「そうです! みはく、です! テノス国付教育係でいらっしゃるラムール様が保護責任者として飼っている翼族です! 身元はしっかりしています! お、おう、お疑いならラムール様の所に行きましょう!」


 少女を守るように、周囲の客達が頷いた。

 そこでやっとリトは理解した。 客の誰かが入れ知恵したのだろう。 巳白に助けられたことにしてラムールに助けを求めろと。 ラムールは言わずと知れた翼族共存派。 そして巨大な力を持つ者。 委員会メンバーといえど無茶はできないだろうと。 そしてラムールなら事情を察知して助けてくれるであろうと。


「ええと……別にどうこうするつもり無いですから……」


 リトが呟くように返事をすると、店内の客達が一斉にワッと喜びに沸いた。 それは勝利の喜びの声であり、では、誰に勝ったのかというと――


「じゃあ店から出て行け!」

 客の一人が叫んだ。


「そうだそうだ! この国には委員会メンバーなんていらないんだ!」

「この人でなし!!」

「消えろ消えろ!」


 一斉に嫌悪感丸出しの怒号が浴びせられる。

 まるで狂った猿のように騒ぎ立てる客達に戸惑っていると、無視するぞとばかりにアリドが手を引いた。


「あっ、でも、二階を使った代金を……」


 リトは筋を通そうとアリドの手に逆らって立ち止まると、支配人がとても堂々とした足取りで力強く歩いてきた。 そして、二人分の代金を握りしめたその手を振り上げ――


「お前達みたいな奴が出した縁起が悪いものなんか!」


 まるで塩でも撒くかのようにコインをリトに向かって投げつけた。


「きゃっ!」


 リトはすくみあがったが、すべてアリドがコインがリトにぶつかる前に掴まえた。


「さっさとこの国から出て行け! 疫病神!」


 支配人が罪人の首でも切るかのようにばっさりと告げると、彼の背後にいた客達が一斉に歓喜の雄叫びを上げ、支配人を讃えた。

 リトは理解できなかった。

 なぜこんな仕打ちを受けないとならないのか?

 まるで何かの悪夢のようにも思えた。


「……ほら、行くぜ」


 アリドが小さく呟いて、リトの手を再度引いた。



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