3-6 逃避行動
白の館は通いの者と泊まりの者、二人一組で一部屋である。
説明するまでもないが、弓とリトで相部屋である。
しかしこの夜、その相部屋にリトの姿はなく――
「うわ、スゴッ! このフワッフワのソファー」
リトのお尻がぎゅうっと深くめりこみ、ホワンと跳ね返される。
「リト。 ゆっくり座らないといつまでたっても座れないわよぉ」
と、膝を揃えて優雅に座り、声をかけてくれるのは女官ロッティ。
「勝手に座っていいの? マーヴェが帰ってきたら激怒するんじゃない?」
ビスケットを頬張りながら心配するのは同じく女官の食いしん坊ユア。
「15になったから大人ね」
嫌みも兼ねて冷たい口調は、ちょっと性格のきつい、ラン。
「……って、さぁ」
そして少し乱暴な少年言葉のルティが羽ペンをクルクル回しながら口を開いた。
「どうしてみんな、この部屋に集合してるのかな?」
そして机に向かっていた体を180度ひねってこちらを向く。
『だあってぇ』
その部屋にいたリトを除く女官3人は声を揃えた。
ルティがリトに視線を向けると、リトはバツが悪そうに視線を逸らした。
「リトがこの部屋にいるから仕方ないってか」
そう告げて軽くため息をつく。
ここはルティとマーヴェの相部屋。 本来ならば片方が通いのはずだが、ここは特例だ。 ちなみにマーヴェは自らの15の祝いも近いので、既に実家に泊まり込みで帰っている。
「で、どうでしたの、15の祝い」
やっとのことでソファーに腰を下ろしたリトに向かって、興味津々にロッティが尋ねた。
「どんな御馳走だったの?」
「ラムール様からの贈り物は何?」
各々、知りたいことを尋ねる。 リトはそれに笑って答えた。
「あー、もう、ラムール様が出席して下さるなんて、リトって本当に良いトコ取りよ」
ランがつまらなさそうに口を尖らせる。
「結局、リトの後に新しい髪結いを迎える訳でもないし。 リトが私を推薦してくれないから」
「す、推薦って、ラン。 そんなことリトに頼んだの?」
「頼まなくても普通は誰かを紹介しない? リトの人を見る目に賭けてたんだけど、大ハズレ。 がっかりよ。 そんな気の回し方なんて全然ないんだから」
あからさまに両手をあげてお手上げのポーズをとるランを見てリトはビックリだ。
「ランって、そんなこと考えてたんだ。 どうして今頃言うの」
「ふっきれたからに決まってるでしょ。 リトって鈍いから回りがそう思っているなんて気付いてないでしょ? 友達としてはあなたが鈍いことを指摘してあげる役目があると思うのよね。 ラムール様にお祝いして頂けるのは私だけって態度は止めてほしいわ」
手近にあった桃色のクッションをつま先で軽く叩きながら苦情を告げる。
ユアとロッティが視線を合わせて苦笑した。
リトが不愉快そうに告げた。
「別に私、髪結いだったからラムール様が来た訳じゃないんだよ? ――巳白さんを呼んだからそのおまけで来たんだもん。 ランも巳白さんを御招待したら? そしたらきっと来て下さるよ、ラムールさん」
「バカ言わないでよ。 翼族の血が混ざってる人を呼んだら末代までの恥よ。 だから髪結いになりたかったんでしょ?! そんなことも分からないから鈍いと言うのよ」
ランが鋭く告げたのでユア達は青くなったが、リトは意外と冷静に間を置いて――
「ラン。 正解だよ。 実はここだけの話。 巳白さんを呼んだのは失敗だったなぁ、なんて思ってる」
その言葉にルティはじめ、ランまで聞き間違いではないかと目を見開いた。
リトは膝を抱きかかえ俯いた。
だって。
巳白が来なければラムールも来なかった。
巳白が来なければ前村長達はしなくても良い謝罪を口に出すことも無かった。
巳白が来なければおばあちゃんだって泣くこともなかった。
巳白が来なければ弓と喧嘩別れなんてしなかった。
全部。
全部、巳白を招待したからいけなかったんだ。
巳白が翼族の血を引いてなければラムールも保護責任者になってないし。
巳白がいなければ、きっと楽しい15の祝いだけで終わったのに。
たった一度の15の祝い。
それを目茶苦茶にしたのは、巳白と新世と清流。
ほら、みんな翼族だ。
翼族なんかと関わったらロクなことはない。
それを今日、実感したのだ。
弓の意見も聞いただろう?
弓は翼族に謝った人間が悪いと考えていた。
分かり合えるとはとうてい思えない。
もう、関わり合いになりたくない。
近々、女官長に申し出て弓との相部屋を解消してもらおう。
翼族よりの思考を持つ者と一緒にいたくありませんと言えば女官長は常識的だから分かって下さる。
だから――
「ねぇルティ。 今日、私、この部屋に泊まってもいいかな?」
リトが顔を上げて尋ねと、戸惑いながらもルティはOKを出した。
「ありがと」
自室に戻りたくなかった。
弓に近寄ってほしくなかった。
弓に話しかけられたらきっと知らずしらずのうちに説得されて洗脳されそうで怖かった。
そのころ、陽炎の館での弓は、自分の部屋ではなく来意の部屋で編み物をしていた。
その姿を見ながら来意は占いのカードを一枚引く。
「逃避行動――」
声に出さず、続けた。
このままリトと縁が切れますように、と。
++
まだ夜も明けきらぬ薄闇の中。
マーヴェのベットに横になったままのリトを起こさないように気遣いながらルティが教会のお勤めへと向かう。
しかし既にリトは目を覚ましていた。
とりあえずどうしても気が進まないことってある。
たまのたまのたまにだから、自分のワガママを自分で認めてあげることだって、必要。
だから。
たからリトは村から帰ってきた翌日、つまり昨日になるが、朝の仕事と白の館での学びとクリーニング店のお手伝いを全部さぼった。 体調が優れないとウソをついて。
そして2日目になる今朝は、ただいま思案中。
ずる休みってのは、なんか気分が悪いものである。
だから今日は元気になったとウソをついていつも通りの生活に戻る必要があるのは分かっている。
ただ、気が進まない。
そして、面倒なことがもう一つ。
みんなが優しいのだ。
一昨日、ルティの部屋に泊めてと言った時も、昨日の朝、なんか熱っぽいから今日は休みますと女官長に届け出を出して、しかも――自室では休みたくない、と告げた時も。
みな、理由を問いただすことなく素直に受け入れてくれた。
ゆっくり休んで早く元気になりなさい、とのお言葉が、逆にズルなんだなってみんなに見透かされているようで。
どうせなら本当にこのまま具合が悪くなったらいいのに。
そんなことを考えながら休んだ昨日。
リトはごろんと寝返りをうって窓を見た。
外はまだ、静か。
今なら。
リトは布団を跳ねとばすように起きあがった。 そしてスリッパを履いて部屋を出て自室に向かう。 扉を開けると誰もいない部屋の温度はひんやりと低く、強張っていた。
リトは弓の机の前に立つ。 弓が学校に来た日は必ず机を綺麗に拭いてから帰るので、彼女の机はいつもツルツルと滑らかだ。 しかし今、彼女の机は、うっすらと鈍い色をしている。
「弓も昨日、休んだんだ」
その事実を呟いて、ちょっと悔しくなる。
彼女は考えを改める気など皆無のようだ。
翼族寄りのまま、自分と対峙するつもりなのだろう。
やはりここは、同室を解除してもらうのが一番。
しかし、弓と別れたら、何が待っているのだろう。
弓は翼族と親しい。
弓と親しい間は下手に手出しをされないのではないか。
反翼族派になったら最後、逆に委員会メンバーに目をつけられるなんてことは?
どうして反翼族になったか興味を持たれてしまうのでは?
そして翼族が助けに来ないか確認のために――
冷たい風がひやりと首筋をかすめた。
リトは青くなって額に脂汗をかきながら入り口の扉を見た。
――ノックされた? 誰か扉の外にいる!?
脳裏に響いた音は幻聴なのか真実なのか。
扉の向こうには誰が?
弓か?
それとも
オオゼイノ オトコタチガ ワタシヲ ツレテイクタメニ マチカマエテイル
「! いや!」
リトの手が細かく震えた。
骨の髄からカチカチカチと震え出す。
自らを守るように両手で体を抱きしめと後ずさりをする。 下がりすぎて机にぶつかったとき、背後の窓がちいさく軋む音を立てた。
「……あ?」
リトが振り向くと先ほどの振動で窓がほんの数センチ開いて、そこからまだ冷たい朝の空気が風となって部屋に入り込んできていた。
「きちんと閉まってなかったんだ」
胸をなで下ろしながらきちんと窓を閉める。 空気圧の関係で廊下へ続く扉も微かに揺れた。
そして再びしんと静まりかえった部屋でしばし立ちつくし、それからクローゼットから着替えを取りだした。
もう扉の向こうに誰かいるような錯覚は消えている。
でも、怖い。 どこかに逃げ出したいくらいに怖い。
叫びたいくらいに怖い。
ただ、無性に怖い。
リトは思い切って扉を開けて部屋を飛び出し、ルティの部屋に向かう。 ルティとマーヴェの部屋に入り込むと慌てて扉をしっかりと閉め、床にへたへたと座りこんだ。
神への信仰あふれるこの部屋なら、きっと何も襲っては来ない。
手を重ねて祈った。
もう翼族なんかには近付かないから私のことは構わないでと。
見逃してと。
二度とあんな目には遭いたくない、と。
なのにきちんと朝になって、白の館の4階が身支度をする女官達の気配で騒がしくなってくると、やはり体調は悪くない訳だから何となく気まずい思いで満たされていく。
このまま二日もさぼっていいはずがないと、頭では理解していた。
服も着替えた。洗面室にこそ行かなかったが身なりは整えた。 食事はしてない。
ただ、自分と同じように弓も来るかと思ったら気持ちが鬱になった。
そうこうしていたら時間はどんどん過ぎていき、午前の学びが始まる時間になった。
誰もこの部屋にリトを誘いに来なかった。 誘って欲しかった訳ではないが、存在しないもののような扱いを受けた感じがした。
誰も自分のことなんか気にかけてくれないんだと、私はひとりぼっちだと、心の隅から無機質な寂しさがじわじわと存在を主張した。
その時だ。
カツカツ、と尖ったもので窓をつつくような音が背後で聞こえた。
振り向くとそこは窓で、外の景色以外は何も見えない。
だが振り向いたらここぞとばかりにカツカツカツカツと窓が小刻みに揺れながら音を立てた。
ここまでされたら誰かは分かっている。
リトは近付いて鍵を開けて窓を開けた。
途端、風の固まりがぶわっと部屋に飛び込んできてつむじを起こした。
「ひゃっ」
思わず目を閉じてやりすごす。
クルル、と気持ちの良い鳴き声が耳に届いた。
「ぃよう」
そして、張りのある男らしい声も。
その声に導かれるようにゆっくりとリトは目を開いた。
やっぱりというか。
そこには6本腕を持つアリドが変化鳥の隣に立っていた。
アリドはリトの顔を見るとちょっとだけ恥ずかしそうに鼻をかいて、告げた。
「リト。 お前をデートに誘いに来た」




