3-4 謝って
表に出ると、ラムールとオルセム達が崖の側で地面を見つめていた。
リトを追うように家から出てきた佐太郎がそれを見て頭をかく。
「閉ざされた地下牢かよ」
「地下牢……」
そんなものがあったなんて、リトは初耳だ。 だが仕方が無い。 今はもう「閉ざされて」いるのだから、知るはずが無い、そんな微妙に間違ったことを考えていた。
近付くとラムールが手を地面にかざしていた。 地面は大人が両手を広げたくらいの大きさの円形にヒビが入り、鍋のこげが剥がれるかのように一塊ずつ宙に浮いた。 膝くらいまでの深さを掘っただろうか、そこには赤茶けた鉄の四角い蓋が姿を現した。 老人達は目を逸らし、ラムールはただ黙って扉に手をかけ上へ引いて開けた。
蓋の下には、やはりまだ土が詰まっていた。
「……オルセム前村長。 後は構いません。 あなた達に一切の処罰もしないし、この事は口外もしません。 ですから各自ここを去りなさい」
土をじっと見つめたままラムールが命令した。 その口調は固く余裕が無かった。
オルセム達は最後にもう一度深々と頭を下げると、命令どおりにその場を去る。 ラムールは立ち上がると何も言わずに数歩後ずさりをする。 佐太郎がリトの腕を掴んで同じく数歩後ろに下がらせた。
「退け」
ラムールがぽつりと呟くと、土はまるで水脈に辿り着き破裂したかのように立ち上り、噴水の如く規則的な弧を描いて一塊になりながら積み重なった。 そして土がなくなったそこにはぽっかりと穴が空き、急な階段が地下へ伸びていた。 ラムールが迷わず階段を下っていくのでリトも後に続いた。 人一人通れる程度の通路を突き進むと、そこに細かい格子状の柵の扉があった。 柵の向こうには――清流達がいた。 リトはぎゅっと奥歯を噛んだ。
錆びた蝶番の音を響かせながらラムールが扉を引いて開ける。 中に入るとそこは、自然洞窟をそのまま利用したような形になっており、ここにいる10人全員が立てば入れる位の広さだった。 上下左右は岩で、目の前には太い鉄の柵が縦に何本も入っておりそこから眼下に海を見ることができた。 鉄の柵は中央の2本が真ん中から左右に不自然に広げられ、その隙間から清流達は入ったようだった。 あまりにも狭いので柵の外に巳白が弓と羽織を抱いて浮いていた。
「どうやって入ったのですか? 世尊かな?」
ラムールが尋ねると、世尊が頷いた。
「劣化しているとはいえ、この柵を曲げるなんてたいしたものですよ」
小さく笑ってラムールは牢の中を歩く。 その時だった。 壁ぎわで跪いていた清流が「あった!」と大声を張り上げた。
「あったよ、兄さん!」
清流はそう叫ぶと何かを握りしめ巳白を見る。 巳白はほんの少し眉を寄せていた。
「ほう、清流。 何があったんだ?」
そこに佐太郎が興味深そうに尋ねた。 清流は嬉しそうに頬を緩めた。
「王の証!」
「王の……って、新世のか!?」
佐太郎が目を丸くしたのと同時にラムールの表情も険しく変化した。
「本物ですか!? 見せなさい!」
ラムールが清流に詰め寄る。 おそらく拒否するだろうと思われた清流は意外にも、その握った拳を広げ、中のものを見せた。 ラムールは食い入るようにそれを見、「本物ですね」と一言呟いた。
「でしょう?!」
清流は満足そうに目を細めると拳を閉じる。
「翼族の王の証。 母さんが持っているはずなのに今はどこにあるか分からないってボーン様が仰っていたんです。 ここに隠していたんだ」
「そうですね……」
ラムールはそう言うと、急にそわそわしながら洞窟の中を見回し始めた。
「もういい、ここから出よう。 上で見せてあげる」
清流はそう言うと入り口にいたリトと佐太郎をかわして足早に階段を登っていった。 後を追って世尊達も続き巳白達も空中から上に行った。
「佐太郎!」
牢の中央でラムールが不安げに佐太郎の名を呼んだ。
佐太郎はゆっくりとリトをかわして中に入っていく。
「リト、行こう」
不意に来意が袖を引っ張って促す。 リトはもう一度ちらりと牢に視線を向けてから来意についていった。
牢。 新世が捕らえられていたという牢。 テノス国の地下牢とさほど変わらぬ広さだがこちらのほうが外気に触れていられるぶんカビ臭くもなく快適そうだ。
そう確信しながら階段を登り切り地上に出るとそこには弓達が清流を取り囲んで「それ」を見ていた。
「それ」は手の平にすっぽりおさまる位の大きさで、緑がかった薄い円形状の石のようだった。
「代々の翼族の翼族の長の名前が刻まれているんだよ。 最後のこの文字、これが新世母さんの名前なんだ」
そう説明する清流の表情はとても愉快そうで、まるで背中に翼でも生えたかのように生き生きとしている。
リトは再び奥歯をぎりっと噛んだ。
そして、一歩、近寄る。
「清流くん」
腹に力を入れて声を出す。
「うん?」
清流は顔を上げ、まるで赤子のように無防備な眼差しを向けた。
それが余計に癇に障った。
リトはポケットに入れた祖母の遺書の感覚を思い出しながら告げた。
「おばあちゃんに謝って」
リトがそう告げると、羽織達の顔に僅かに緊張の色が走る。
巳白も黙っていた。
「清流くん。 おばあちゃんに謝って!」
リトはもう一度、声に出した。 首の後ろが怒りで疼く。
清流は彫刻のように動きがない眼差しでリトを見ている。
アリドも、弓も、何も言葉を発さずに、ただ清流の手元にある「王の証」とやらに視線を向けるだけだった。
王の証? そんなものが大事? 祖母を泣かせたことよりも、もっと重要で関心があるというのか?
リトの胸の中で小さな嵐がふくれ上がっていく。
「ねえってば」
リトは再度問うと、清流はスイッチの入った機械人形のように瞬きをした後、口を開いた。
「どうして? ぼくは本当の事を言っただけだよ」
流石にその口調は優しくない。
「あの人達は母さんを迫害した。 あんな牢に閉じこめた。 しかもその罪に対する罰を何も受けていない。 そんな人間に何をいっても、ぼくが文句を言われる筋合いはないね」
無下なく告げると、もう一度、手元にある「王の証」とやらを優しい眼差しで見つめる。
「清流くんっ!」
リトは声を荒げて清流が眼差しを注ぐその手を掴もうとした。 しかし清流は掴まれるより先に王の証を持たぬほうの手で逆にリトの手を掴み、軽く捻るように制した。
リトは、痛い、と声に出しそうになった。 しかしここでその言葉を吐けば何か負けるような気がして悲鳴を押し殺し、きっと清流を睨んだ。
傷で閉じた目が、その顔面を縦に走るざっくりとえぐれた線は、まるで地獄へ続く岩戸の亀裂のように思えた。 閉じているのに、こちらを睨んでいる。 リトは開いている方の瞳を突き刺すように見た。 その瞳も冷酷な光に満ちあふれているように思えた。
「おばあちゃんに謝って」
それでもリトは腹の底から力を出して彼を責めた。
「嫌」
しかし清流は答える。
リトも責める。
「おばあちゃん、泣いてたんだから!」
「ふぅん」
「本当に悪かったって思ってたのよ?! だから体調も崩して……」
「へぇ?」
「15の祝いにも出られなかったのよ!」
「それは残念でした」
何を責めても淡々と清流が返す。
――信じられない!!
リトの頭の中が怒りでいっぱいになる。
これだけは、言わないでおこうと思っていたが……
「おばあちゃん、死ぬつもりだったのよ!?」
そこまで言えばどれだけ祖母が反省していたか、心を痛めていたか分かって貰えると思って。
それに清流は応えた。
「だから何。 死ぬつもりだったのなら、未練がましく生きないでさっさと死ねばいい」
その時、リトはきっと生まれて初めて、他人に対する殺意にも似た怒りというものを感じた。
「おばあちゃんだけが、新世さんを牢に閉じこめたわけじゃない! ひどいことをした訳じゃない! 清流くんの言い方って異常よ! 優しさも何もない! 最低!」
「別に優しい人だと思って欲しいとは思っていないから、何と言われても、別に。 ……これ異常ムダなことに時間を費やしても意味ないから、止めてよね」
乱暴に言うと、清流は掴んでいたリトの手を放り投げるように離した。 リトは反動で2,3歩よろめく。
「リト」
慌てて弓がリトを支えた。
リトは目に涙を浮かべて清流を見た。
清流はポケットの中に王の証をしまうと、怒りに満ちた顔でリトの方を向いた。
「結局――。 リトちゃんも偽善者ってことさ」
ゆっくりと言葉にする。
リトが叫んだ。
「偽善者!? どこがよっ!! だって新世さんは翼族なんでしょう!? 人間じゃないんだもの! ものすごい魔力を持っていたんでしょう!? この前会った、セルビーズみたいに!!! とんでもない力を持ってる翼族なら、怖がられても当然じゃない! おばあちゃん達のやったことは、特別じゃない! 当たり前のことよっ!!」
そう。
新世は翼族なのだ。
人間よりも圧倒的な力を持つ、異生物なのだ。
翼も魔力も持たぬ人間が彼女を警戒して、恐れて、それのどこがおかしいのだ?
「逆によ――」
リトは怒りに身を任せながら続けた。
「人間が、知り合いでもない翼族を怖がらないなんてありえない」
リトとしては、ほんの少しの理性が、巳白をかばったつもりだったのだろう。
そのとき、清流がリトの姿をもう見たくないとばかりに顔を逸らして目を閉じた。
「期待したぼくが馬鹿だったってことかな。 もういい」
そして再び、目を開く。
「リトちゃんの本音はやっぱりそうだった訳? 不愉快だね。 受け入れる度量がないのなら最初から近付いて来ないでよ」
清流が背を向けた。
「もうぼくには関わらないで。 陽炎の館に遊びに来た時も弓ちゃんの部屋から外には出てこないで。 顔も見たくない」
そして、指笛を吹く。
指笛は高らかに青空へと吸い込まれていく。
「清流くんなんか、大っ嫌いっ!!」
リトは捨て台詞のようにそう叫ぶと、きびすを返して城下町へ続く道へと足早に進み出した。
「リト」
慌てて弓が後を追う。
足下に、モモンガ犬の影がちらりと見えた。
リトはもう見たくないとばかりに首を横に振って、進んだ。
「いけない! 羽織、世尊、東の村で火事が起こる。 急がなきゃ間に合わないから、巳白、送って」
そんな来意の声が、背後から微かに聞こえてきた。




