3-2 老人たちの告白
リトの祖母含む、老人達は青ざめながらもまっすぐラムール達を、いや、ラムールを見ていた。
ラムールはただ、真剣な眼差しで見つめ返していた。
「弓」
羽織が名を呼んだので、弓は不思議そうな顔をしながら彼の隣に行く。 羽織達はデイ達と目で会話するが、彼らもこれから何が起こるかは全く分からないという顔をしていた。 リトはそちら側に行く気にはなれず、そのまま並んだ老人達の脇に立つ。
「――実は――」
最初に口を開いたのは、前村長、オルセムだった。
「これからあることをですな、お伝えしなければならんのですが――ここにいる、私ども年寄りが、唯一すべてを知っており、そして行った者でありますことをご理解頂けますでしょうか。 ラムール教育係様」
その声の質は固く乾いている。 相当緊張しているようだ。
少し眉を寄せて怪訝そうな顔をしたラムールに向かって更に続ける。
「我々以外に罪人はおらず、我々以外は――リトも含めて――無関係でごさいます。 現村長も何も知りません。 ですから本日は我々の指示のもと他の村民はすべて村の外に出しとります。 今、ここには私どもと、あなた様方しかおりませんじゃ」
リトも眉を寄せながらオルセムを見た。 彼が何を言いたいのか回りくどくて全く分からない。
ただ、老人達がラムールを恐れていることだけは理解できた。
まるで肉食獣の前に身一つで置き去りにされたように。
「カイ様には大変お世話になったというのに、何一つ恩を返すことも出来ず――」
オルセムのその言葉は羽織達に小さな安堵感を覚えさせた。
カイとは陽炎の館を作った者で、彼は各地で人助けをしたにもかかわらず新世を育てていたために迫害された。 村人達はこの世界が滅びそうになった時にカイが恩人であることに気付いて、それ以後申し訳なく思っているとリトは先日聞いた。 だからおそらくそれだと。
しかし、違った。
オルセムは口を何度かぱくぱくと開け、喉の奥から必死に声を出そうとした。
その唇が言葉の形を作り出す。
それを見ていた佐太郎とラムールの顔色が変わった。
「え?」
だがオルセムの言葉は声にはならなかったので、思わずリトは尋ねてしまった。
同時に佐太郎がラムールの腕を掴んで制するように力を込めた。
そのラムールは、なぜかいつもより無表情になり、口を開いた。
「新世を迫害したと。 そう仰いましたか?」
オルセムは返事の声すら出せず、ただ深々と頷いた。
ラムールが、ぎゅっと力強く拳を握った。
それと同時に、いきなり地面が軽く揺れた。 地震? いや違う。
老人達は顔色を変えて畏れる眼をラムールに向けた。
「ち、ちょっ、ちょっと待て待て、ちょっと待て」
ラムールの腕を掴んだまま、話を進めたのは佐太郎だった。
「新世を迫害……って、そりゃ、いつの話だ。 それにここはスイルビ村とは離れている。 新世を迫害なんてできるはずがない。 何の接点も無かったはずだぞ?」
「いいえ。 今からおよそ12年前。 隕石が落ちてきてこの世が滅びる、その騒動の時ですね?」
ラムールが告げると、村長は頷いた。
「ワシらは!」
ガイのじいちゃんが慌てて叫んだ。
「ワシらは、その御方がカイ様の大事なお子様だとも、ラムール様が守っていらっしゃる御仁だとも、知らなかったんで!」
他の老人も慌てて叫んだ。
「ある日、国連特殊省と名乗る者達が連れてきたんす。 この翼族を隔離しろと。 そうしたらこの世界は助かると」
「それだけしか説明は無かったのです」
「じゃから、ワシらは……牢に閉じこめて……」
彼らが語れば語るほど、ざわざわと嫌な振動が足下から体に伝わる。
草木が怒っていた。 それは老人達を、見えない力で威嚇する。
リトが慌てた。
「そ、そんなの何かのウソでしょ? 私、この村に牢があったなんて知らないもん! 村長さん達だけでやったんじゃないでしょ? 他の村とかで閉じこめたのを手伝ったんでしょ?」
しかし老人達はリトの質問には返事をしなかった。
「――牢?」
その時、アリドが何かを思いだした。 老人達の肩がびくりと揺れる。
「牢って、俺がこの前、海に飛び降りた時の崖に――あったぞ。 崖の一部をえぐるように作られてた……。 あそこか?」
オルセムは頷いた。
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「ちょっと、みんな、待ってよ」
デイが口を開いた。 彼は義軍の肩に手を置いていた。
そこでやっと、義軍の前であることに今更ながら気付く。
大人達のものものしい会話の内容を理解できていない義軍は、ただ素直に、しかし怯える子鹿のように不安げな顔をしていた。
「義軍と俺、先に村を出て城下町に帰るね?」
デイは義軍の肩をさすりながら告げる。
「え? デイにいちゃんと?」
「そだよーん。 俺と先に帰ってよーな、義軍。 今日は小遣い持ってきてるから、城下町についたら世尊達が帰ってくるまでの間、綿菓子を買って遊んでよーぜ? じいさんたちの話は、グタグタと長いものって決まってるからつまんないって」
「わたがしぃ?」
あえて明るいデイの言葉に義軍の目がきらりと光る。
「な? 俺も長い話って苦手だから、一緒に行こう、義軍」
「うーん」
義軍はそれでもどこか納得いかない顔をしていたが、隣村のラムネをおまけにつけたら乗ってきた。
デイは義軍の手を引いて歩き出し、羽織の耳元で呟いた。
「白の館で待ってるから、後で教えろよな?」
「……おぅ」
羽織は頷いた。
義軍とデイの姿が見えなくなるまで誰も口をひらかなかった。
目先のことに気を取られ、近づけてはならぬ純粋なものを汚しかけた、その愚かさから。
そしてやはりというべきか、話を続けましょうと最初に話を戻したのはラムールだった。
「あなた方は新世を牢に閉じこめた、それが私どもに伝えたかったのですね? そしてアリドが見た牢がそうだと」
老人達は頷き、うつむいたまま小声で話し出す。
「……可哀想なことをしたと、反省しておりますじゃ」
「謝罪をしにいこうと、何度も思いました」
「し、新世様は、お、お優しい方で、村を出て行く時に、もう気にしなくて良いとおっしゃられましたので……」
「そして村を、世界を救ってくださったおかげで、今の私達の生活があること、本当に、本当に言葉にしてもしきれないほど、感謝しておりますですじゃ」
それぞれが謝罪の言葉を口にした。
リトは祖母を見た。
祖母の表情は真っ青で、いまにも倒れてしまいそうだった。
「おばあちゃん、大丈夫?」
リトは思わず祖母を支えた。 祖母の手はカタカタと震え、まるで極寒の中に放り出されたかのようだ。
なぜ祖母がそこまで怯えるか、リトには分かっていた。
周囲をとりまく草木からの圧力がますます強くなっていたからだ。
「リト……だまっていて、ごめんね」
祖母はそう言うと、堪えきれなくなったのだろう。 顔を手で覆い、さめざめと泣き出した。
「や、やだ、おばあちゃん! 泣かないで!」
リトは祖母の肩を抱く。
祖母は肩を震わせながら泣く。
「だ、大丈夫だよ。 大丈夫だって、おばあちゃん」
リトは一生懸命になだめた。
そのとき、リトの脳裏にふとラムールの殺滅権のことが浮かんだ。
殺滅権。 あらゆる手続きを無視して人を殺滅することを許された権利。
そして理解した。
祖母達は死を覚悟して、告白しているのだと。
リトの手が震える。いや、手だけではなく足下も震えているのは恐怖だけが理由ではない。 大地が震えさせられているからだ。
ラムールの魔法能力が桁外れだということは、ここにいる誰もが知っている。
そのラムールが大事にしていた相手を迫害したとなれば、どんな罰が待っているかは分からない。
祖母達の正装は死に装束だ。
過去に犯した過ちを告白することにより、潔くラムールの怒りを、裁きを、受け入れるつもりなのだ。
ラムールの罰が、怒りが、他の村民に向けられないように。
「ラムール様、私からも謝ります。 祖母達を許してあげて下さい」
リトはすがるようにラムールを見た。
ラムールの顔は、まるでお面のように生気が無い。 その無表情さが逆に底深く怒っているようにも感じられた。 佐太郎の手はまだしっかりとラムールの腕を制している。 その佐太郎が促すようにリトに視線を向けた。 佐太郎はリトの味方だ。 そう思えば勇気が湧いた。
「祖母達に悪気は無かったんです。 命令されたから仕方なくやったんです。 だって、みんな優しいってこと、私はよく知ってます。 悪い人達じゃないです。 本当に。 ひどいことができる人達じゃないんです。 だから……」
リトは深々と頭を下げた。
「謝ります。 ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
心からリトは謝罪をした。
しかし、大地の震えは和らぐどころか、より強くなる。
リトは頭を上げきれなかった。
「ごめんなさい!」
ただ、謝るだけだった。
代わりに前村長オルセムが頭を上げ、
「これから新世様にも直接謝罪に参ります!」
と言った、そのとき。
ラムールは目を閉じて呼吸を整える。
そして瞳を閉じたまま、答える。
「新世は……もう、死にました。 直接の謝罪は受けられません」
その言葉に老人達がとまどう。
「ま、まさかワシらが閉じこめたせいで……?」
「――いいえ。 そうではありません」
ラムールはまだ目を開けずに続ける。
リトはそれを奇妙だと思った。
まるで地雷を避けながら進むような慎重なラムールの言葉の出し方。
「落ち着けよ、おい」
佐太郎の腕がラムールを掴んで離さない。
ラムールはやっと瞳を開けた。
しかしその顔にはどのような表情も読み取れない。
そんなラムールの背後から清流が口を開いた。
「この人達に、罰を与えましょうよ、ラムールさん」
しっかりとした鋭い言い回しだった。
「優しい母さんを迫害した。 それと同じ目に遭わせるべきです」
リトは顔を上げて清流達を見た。
なんということだろう。
清流を誰ががたしなめると思ったのに、みな黙っている。
巳白に、弓までも、視線をリトから反らしていた。
清流の片眼が射抜くように老人達を見る。 その瞳には怒りが満ちあふれていた。
今にでも老人達の首を短剣で切り裂きそうだ。
「清流くん、ごめんなさい……」
リトはもう一度頭をさげた。
謝るしか、謝るしかないのだ。
「ごめんね、ホントにごめんね」
彼らの怒りが収まるように、祖母達を助けるために、リトは心から謝った。
するとやっとラムールがいつもと変わらぬ穏やかな口調で話し出した。
「新世からあなた達がしたことを聞かされたことは、ありません。 新世が許したのならば――私が怒る必要はない」
しかし大地の震えは止まらない。
いや。
「何言ってるんですか! ラムールさん!」
清流が叫ぶように声を荒げた。




