3-1 正装した老人たち
翌日。 気持ちの良い朝の空気でそれぞれは目を覚ました。
羽織達がだだっ広い洗面室で顔を洗っていると、その扉を褐色の6本腕がゆっくりと開けた。
「……ぉはよー」
真っ先に反応したのは羽織。
「あ、アリドおはよう……って、どーしたんだよ?」
羽織が驚いた声をあげたので、デイ達みんなで一斉に振り向いた。
「うわ、疲れた顔してるぜ、アリド?」
「目の下にクマまで出来てるし」
世尊と来意も目を丸くした。 温タオルを手にしたままの清流が呆れながら言った。
「あーあ、アリドまで? 僕がケアしてあげなきゃいけないの?」
「はぁ? 何の話……って、巳白、てめーもか」
するとそこには冷タオルを瞼に乗せてケアされている巳白がいる。
温タオルと冷タオルを交互に当てて、クマ直しである。
アリドは巳白の隣の椅子に腰かけ上を向き「清流、頼んだ」と、一言。
「まったくもう、兄さんもアリドも仕方ないなぁ」
そう言いながらも清流はどこか嬉しそうにタオルを用意する。
「眠れなかったァ~~! 佐太郎のおっちゃんのいびきと歯ぎしり、ありえね~!」
アリドが脱力しながら大声で言うと同時に、今度は洗面室にその佐太郎とラムールが入ってきた。
「はっはっはっ。 すまんなぁ、アリド。 いつも外泊するときは、いびき止めと歯ぎしり止めを飲んでから寝るんだけどなぁ。 昨日はついうっかり忘れててな。 そんなにひどかったか」
「ひでぇなんてもんじゃないよ。 殺されるかと思ったし」
「いやいや、スマンスマン。 こっちは気持ちよく爆睡だ」
佐太郎はアリドの苦情を軽く受け流す。
「巳白も眠れなかったのですか? 私は熟睡できましたけど……?」
ラムールが尋ねた。
「せんせーって、いびきかいたっけ?」
デイも首を傾げる。
巳白はタオルを顔に当てたまま呟いた。
「枕が変わると意外に寝られなかった、ただそれだけっす」
「ふぅん。 時々ちゃんと寝ているか確認してみたけど、起きてるようには見えなかったけどな」
「……」
「あ、もしかして、翼の感触が懐かしかったから、つまんだり撫でたりしてたから、それで起こしましたか? そうなら申し訳ない」
「いえ。 それは仕事ですから、気にしないで下さい。 多分、お泊まりが初めてだったから興奮してた、ただそれだけです」
まるでそこを気にしてもらっては困るとばかりに巳白は返事をした。
「今日はこのあと、陽炎の館に帰るだけっすよね?」
巳白はそう言って、話題を変えた。 ところがラムールが難しい顔をする。
「それがですね。 ちょっと話があるから皆でリトの家に行って欲しいと、村長から今、言われまして」
「みんなで?」
「リトちゃんち?」
「なんだろう?」
それぞれが首を傾げる中、来意だけが小さく微笑んだ。
+
リトの部屋では朝食などを終えて城下町に帰るだけになった二人が、今から記憶の鏡を再生して見てみるところだった。
「いやだぁ~! ドキドキするよぉ、弓ぃ」
未練がましく部屋の中を歩き回っては再生しようとしないリトがそこにいた。
取扱説明書を読みながら、弓があやすように告げる。
「大丈夫よ。 朝起きたときはきちんと私達は並んで寝ていたでしょ? それに私も熟睡したし、リトに起こされた覚えもないもの」
「そ、そーだよね? 絶対平気だよねっ?」
「だから見ましょう」
「……弓、妙に乗り気だよね? もしかして弓もいびきとか気になるの?」
「……フフ」
妙に白々しい笑いを弓がみせて、リトはやっと再生する気になる。
「再生するには、っと」
「鏡面の中に再生するのと、この空間に立体映像で再生するのと2種類あるみたいよ。 とりあえず背面にあるくぼみを押せばいいみたい」
リトは記憶の鏡の背面を見る。 たしかにそこには肉球をデフォルメしたような、片手の指で作った輪っかと同じくらいの大きさの丸く浅いくぼみと、少し離れた上部に爪の大きさくらいの、同じように円形のくぼみが4個。
リトは弓から説明書を受け取り、右手の親指を除く4本をそれぞれのくぼみに当てた。 すると鏡が緑色に光り、リト達のベットの上に等身大のリトと弓の映像を映し出した。
「きゃっ」
いきなりベットの上に映像が現れたものだから弓が驚いて飛びのいた。 しかも映像は緑色である。 自分とリトの姿とはいえ、その有り得ない顔色を見れば誰だって驚いただろう。
映像の中のリトと弓は昨晩の動きそのまま、口をパクパクと動かして話している。
音声は入っていないようだ。
緑色の映像の二人は何やら楽しそうに話をして――後ろ向きに歩き出す。
「あっ、ゴメン、これ、巻き戻しみたい」
リトが慌てて手元を捜査する。 同時に緑色の二人は前に動き、一度止まって後ろに戻り、なにやら新手のダンスでも踊っているかのように動いた。
「リ、リト。 早くもどして。 私達が変っ!」
「あっ、ゴメン! えっと、これが最初から再生の、4倍速にして……て!」
取扱説明書片手に、リトは大きな凹みの縁をなぞって微調整。
緑色の二人は、やっとおとなしくベットの上に寝てくれた。
「リト。 縮小映像に切り替えきれる? 取扱説明書にそんなページがあったと思うけど」
「ちょっと待ってね。 ……ハイこれキタ! パチン!」
「リトッ! 大きくしちゃダメっ! 画像が首から上が映らなくて怖いからっ!」
「こ、こっちか、ポチっとな」
「4分の1サイズ……? うん、これでいいみたい」
やっとのことでベットの上の画像を小さく見やすい大きさにして、弓とリトは胸をなで下ろした。
そして二人で並んで椅子に腰かけ、昨晩の自分達の寝姿をじっと見る。
緑色の二人は大人しく寝ている。
「ねぇリト。 いびきも確認できるって言ってたけど……」
「音が出ないってことは、いびきかいてないんだよ、きっと」
そんなことを言いながら、見る。
おそらくどこかに音声スイッチがありそうだなとは思ったが、とりあえず最初は無音でも構わないだろう。
緑色の二人はやはり大人しく寝ている。
「なんだー。 平気じゃん」
リトがそう言った時だった。
緑色のリトが、緑色の弓に背を向けて横になった。
そして片手をゆっくり持ち上げ、その手を振り下ろす反動をつけながら、緑弓の方に――ポスン、という音が聞こえてきそうなほど勢いよく腕をベットに叩きつけて寝返りをうつ。 が。 緑リトの腕が緑弓の体に当たろうかとしたまさにそのとき、緑弓が逃げるように反対側に背を向けて寝返りをした。
「あっ、あぶな……」
リトが冷や汗を垂らした次の瞬間、緑色のリトはなぜか緑弓側の片足を上に大きく上げて、その足で彼女の体をまっぷたつにしたいんじゃないかと疑いたくなるほどの勢いで振り下ろす。
「きゃ」
だがこれまた緑弓は、上手い具合に下半身を丸め、空いたベットの空間に緑リトの足がパフンと落ちる。
「……」
そしたら次は何をしたいのだろうか、緑色のリトはもぞもぞと毛虫のように丸くなり、そのまま腰を中心に90度回り出す。
すると緑色の弓だって、お前絶対起きてるだろうとつっこみたくなる位見事に、リトの動きと同じ速度で同じ方角へ90度回り出す。
緑リトは下になった手をわざわざグーに握りしめて、寝返りをうって背中側の緑弓に対してフックで襲いかかる。 すると緑弓は紙一重でこれも避けた。 すぐさま緑弓はゴロゴロとリト側に転がり、緑リトを乗り越えて安全地帯へと進む。 しかしまるで獲物を狙うかのように緑リトが追う。 しかし緑弓には当たらない。
奇跡だ。
「……」
もはや起きているリトと弓は一言の言葉も発することが出来なかった。
そして最後。 緑リトはゴロゴロと回転すると、ベットの下にデスンと落ちる。
すると、緑弓が目を閉じたままヌクッと起きあがり、ベットの下に降りると――緑リトを軽々とお姫様だっこ形式で抱きかかえ、ベットの上にポイと置く。 そのまま緑弓はくうくう寝ている緑リトの隣にモソモソと入っていき、二人はしばらくの間、静かに寝て――再生が終了した。
「あ……はは」
リトはとりあえず笑った。 というか、笑うしかなかった。
初めて見た自分の寝姿。 ああも凶暴なのかと。
「ふ、ふふ」
弓もとりあえず笑うしかなかった。
見事な見切り具合だった。
リトが無かったことにしたいとばかりに記憶の鏡をポンポンと叩きながら言う。
「ご、ごめんね。 弓。 私、寝相悪くて」
「ううん。 見てたでしょ? ……私、避けてたから……平気」
「アーッ! どぉしよっ、弓ぃ! これって絶対横にいたのが弓じゃなかったら大変だよねぇ?!」
「だ、大丈夫よ。 リト。 私が避けきれたんだもの、アリドだって絶対本能で避けるわ。 で、でも、私も……どうしよう~! 一回、リトを乗り越えたよね? これが羽……」
「え?」
「う、ううん、何でもない」
弓は真っ赤になって言葉を遮った。
なぁんだ、弓も隣が羽織君だったらとか想像したのかと思うと、ちょっとホッとした。
実際リトだって、これがアリドだったらと青くなったのだから。
そして二人は口を揃えて言った。
「これは二人だけの内緒ねっ!」
+
リトと弓は荷物をまとめてリビングにやってきた。 そこに父や母の姿は無い。
「今日はリトのお母様達、出かけるの早かったのね。 御礼も言えないで申し訳ないわ」
弓は静まりかえったリビングを見回す。
テーブルの上に「また遊びにおいでね! リトの母より」と書かれたメモが置かれている。
「早い時は、みんな仕事に行くの早いからねぇ。 お日様が出る前の時だってあるから、気にしないで。 しかも今回は私の15の祝いの準備とかでみんな休みを前倒しに貰ったらしいから、仕事がたまってるらしいの。 昨日、祝いに参加してくれた人、ほとんどそうだって昨日村長さんが言ってた」
「確かに、昨日の祝いの準備するのは大変だったでしょうしね」
「あれって絶対、村祭りレベルだもん。 でもみんな楽しそうで良かったな」
「うん。 私も楽しかったわ。 ありがとう、リト。 招いてくれて」
「用意をしたのは私じゃないけど、どういたしまして」
そう言って笑う。
「おばあさまに挨拶してから帰りましょうか」
弓がそう告げた時だった。
トントン
誰かが扉をノックした。
「誰だろ。 みんな仕事に行ってるはずなのに」
リトがそう言いながら扉を開けると、そこには村の老人達が10数名、きちんと正装して立っていた。
そこには年令が原因で職を退いた前村長や、ガイの爺ちゃんもいる。 全員が全員、この村では過去において中心人物だった者達だ。
最初リトは、ああ、弓達にお土産をくれるためにわざわざ来てくれたのかなと思った。
なぜなら前回、弓が泊まりに来た時も、彼らは弓のみならず羽織やアリド達にまで大層よくもてなしてくれたのだ。 恩人の知り合い、とかいう理由だったと思うが、今回もおらく同じ理由で来たと推測しても当然だろう。
正装の理由がいまいち分からなかったが、今回はラムールや佐太郎もいるので、もてなしにちょっと気合いが入っているとするならば納得いく。
「リト。 ……お前は、まだ残ってたのか」
前村長、オルセムは少し残念そうに、静かに告げた。
「フィリーは、いるか?」
「フィリー? あ、おばあちゃん? まだ部屋で寝てるはず……」
リトがそう答えた時、背後で「用意はできとるよ」という祖母の声がした。
「おばあちゃん?」
振り向くと、そこには昨日のリトと同じ模様の村民衣装を身にまとったリトのおばあちゃんが、強張った青い顔色のまま杖をついて立っていた。
リトの祖母――フィリーはゆっくりとリビングに降りてきて、真っ直ぐリトを見つめた。
その瞳はまるでこれから帰ることのない戦場に向かうかのように、厳しい。
リトも初めて見る祖母の表情だった。
「おばあちゃん? 体、平気? それにどうしたの? 正装なんかして」
リトの言葉に、祖母は切なげな瞳でじっと見つめ、そっとリトの頬を撫でてしみじみと口を開いた。
「大きくなったのぉ。 リト。 お前は――そのまま真っ直ぐにいておくれ」
「は?」
まるで今生の別れの挨拶ではないか。
「さて、行こうかね」
ゆっくりと呟いたフィリーは、前村長達の輪の中に入っていく。
「おばあちゃん?」
リトが尋ねてもフィリーは振り向かない。 しかし、口にした。
「悪いのは、この私達なんじゃよ。 それだけは忘れないでおくれ」
フィリーを中心に置いたまま、老人達は表の扉を開けて、横2列に並んだ。
リトと弓が不思議に思いながら後から家を出ると、向こうから人が歩いてくる。
それはラムール達だった。 佐太郎も、デイもいる。
しかしこちらに向かってきているラムール達の表情は、こちらで待つ老人達とは違って、いつも通りの……いや、流石に老人達の切迫した表情を目にしてからは、やや緊張した眼差しへとなっていた。
ラムール達は老人達の前まで来ると歩みを止める。
そしてそのとき、リトは気付いた。
ここにいるみんなは、昨日の祝いの席には来なかった者達だ。
どうやら、これから起きる出来事は、お土産を渡す等の微笑ましい出来事とは無関係のようだった。




