2-14 おまえは絶対、男じゃない。
「清流は絶対、水の中でも呼吸が出来るんだぜ!」
1番になれず義軍に良いところを見せきれなかった世尊が、ぶつぶつと呟いていた。
「失礼な。 僕を魚扱いしないでよ」
そう言って微笑みながらも、清流の瞳は微妙に笑っていなかった。
とりあえず少年達はぞろぞろと中央の湯へと戻ってくる。
そんななか、リトの弟であるジムが少し眉を寄せて清流の背中を見入った。
清流の背中には真っ直ぐ縦に2本、顔と同じように隠すことの出来ない、大きな傷跡があった。
いかにも荒くれた兵士ならばともかく、どちらかといえば世尊達にくらべて線の細い彼にそんな大きな傷があるということは、ジムにとって理解不能だった。
ジムのみつめるものに気付いたガイは、顔色を変える。
その傷が翼を取った跡だということに気付いてはいた。 ただ、あえて触れないでおこうとしていたのだ。 触れると、彼が翼族だと認めてしまうことになるから。 だからそうではなく事故か何かで偶然についた傷だと思いたかった。
「ねぇ、ガイにいちゃん。 清流さんってさ、あの傷――」
「うわ黙れこのバカ」
ガイは慌ててジムの口を押さえるが、時既に遅く。
みんなが一斉にジムを見る。
「――僕がどうかした?」
清流が無機質な眼差しで応えた。
ガイがどうしたものかと狼狽える。 すると訳知り顔でアリドが口を挟んだ。
「清流の背中の傷か?」
ざわ、と村民達が息を飲む。 みんな、僅かに考えていたことだ。
佐太郎やラムール、デイ達の表情も心なしか固くなる。
「どーしたんだっけ? それ」
アリドがあえて尋ねた。
清流はほんの少しの間、唇を軽く噛み、それから明るく表情を整えた。
「ん。 小さいころに事故にあって、落ちて」
そう、明るく告げる。
同情と安堵感が村人達の固い表情を崩した。
ジムは励ますような目をした。
「じゃあさ、ラムール様に治癒魔法で治してもらったら? そしたらそんな傷、きれいさっぱり無くなっちゃうんじゃない?」
清流は黙っていた。
「できないの?」
申し訳なさそうにジムが首を傾げた。 すると清流は首を横に振った。
「ぼくはどんな姿でも、――ぼくでありたい。 傷なんかに負けないで、ね」
そして穏やかに微笑む。 それは見事な作り笑顔だったが、それを村人達に気付かせる隙は与えなかった。
「かっこいー!」
ジムなんかは義軍みたいに真っ新な眼差しを清流に向けていた。
そんな清流の肩を、よくできたとばかりに軽くアリドが叩いた。
「そ~んじゃ、次、何しよっか?」
まるで気分を変えるかのようにデイが明るく告げて羽織の背後から抱きついた。
「なに、まだやる?」
羽織が苦笑した。
「だって楽しーもん」
デイは非常にご満悦だ。
「デイ。 あんまりハメを外すと、後が怖くないか?」
「後の事は後で考えよーよ、羽織。 今できることは、今!」
そう言ってもつれ合う二人を見ながら佐太郎がカカカと笑った。
「あいつら、楽しそうだな」
「本当に」
ラムールが佐太郎を見ながら頷いた。 その瞳はとても穏やかだ。
「お前、熱くなって気持ち悪くなったりしてないか?」
佐太郎が尋ねる。 何しろ今のラムールは首から下、全部が人工皮膚である。 おそらく中は蒸し風呂状態だろう。 いつのぼせて具合が悪くなってもおかしくはない。
「はは。 平気平気」
ラムールはにっこり笑って答えた。 佐太郎にとっても、久々に素直なラムールの表情だった。 先日言い争った時とはまるで違う、心を許した微笑みだった。
「この前は――俺もついカッとなって、すまなかったな」
佐太郎はそこで初めて謝った。 先ほどの脱衣場では、そこまでの余裕は無かった。 ラムールがオルガノ村に来るという話は前もって知っていた。 だから男と一緒に露天風呂に入るだろうと予想し、あらかじめ隠れて待っていたのだ。 案の定、ラムールは脱衣場でひどく困り果てていた。
そこで少しでも、協力がいらないと佐太郎をはねつけた事を後悔してくれるなら、恩着せがてら出て行ってやろうと思っていたのだ。
しかしラムールは覚悟を決めると下半身だけ女のままで入ろうとした。
人工皮膚を作る工程上、佐太郎はライマの体つきはよく知っている。 いくらタオルで腰を隠してもそこから見えるであろう尻も足も、女にしか見えないことぐらい予想がついた。
なのにラムールは、それでもその姿で行こうとした。
なんつー大バカ野郎だ、と心で毒づきながら、慌てて佐太郎は飛び出した。 ラムールは一瞬、誰がやってきたのか分からずにとても警戒した顔でこちらを見た。 しかしその人物が佐太郎であること、そしてその手に握られた人工皮膚を見て――瞳をうるませた。
その瞳で、佐太郎はラムールがどんなに精神的に追いつめられていたのか、佐太郎を見てどんなに安心したのかを直感的に感じた。 「――着るだろ?」 何を言って良いのかわからずにとりあえず捻り出したその一言にラムールが頷いた時、わざとラムールを追いつめていた自分の行動が恥ずかしくも思えた。
ラムールが、いや、ライマが強情ってこと位、巳白が言うとおり付き合いの長い自分にはよく分かっていたはずなのに、と。
佐太郎に謝られて、ラムールが目を伏せて口を開いた。
「佐太郎。 私こそごめん。 ――でも……」
「これ以上の話は今はやめとこう。 リトの15の祝いの日だぞ」
佐太郎はラムールの言葉を遮った。
もういい、一夢と新世が死んだ理由も、なぜ秘密にしたがるのかも尋ねまいと思った。
きっと、きっと時が来ればすべてを教えてくれると信じたかった。
「今日はホントにありがとう」
ラムールは小声で礼を言った。 その表情はいままで見せていたどのラムールの表情とも違う、ライマとしての表情だった。
しかし次の瞬間、ラムールはお湯を軽く顔にかけると、凛とした眼差しに戻る。
教育係、ラムールの顔だ。 女神と例えられる美形でありながら凛とした男らしさ溢れる顔だ。
佐太郎は満足そうにその顔を見つめた。
「そうでした! デイ!」
急にラムールが声を張り上げ、デイ達がこちらを向く。
「な、なに?」
「さっきも言おうとしたのですが、あなたの、それ」
「そ、それって?」
デイが戸惑う。
しかしラムールは真面目な顔で告げる。
「先日、白の館で風呂に入った時に気付いて、その後私なりに調べてみたのですけどね」
「……え?」
「軍隊長は、まだまだ大丈夫だと言っていましたが、だからといって好ましい状態とは思えないのですよね」
その言葉で皆の視線がデイの「それ」に注がれ、デイが苦笑いしながら「羽織だって仲間だもん」と言って羽織の背中に隠れる。
「なんだ、羽織もなのですか」
ラムールは意外そうに返事をする。 ラムールの意識は、彼らの「顔」だけに集中していた。 そして明るく告げる。
「いっそのこと、手術しませんか?」
「はっ!?」
デイのみならず、他の者達も口をあんぐりと開けた。
しかしラムールはナイスアイディアとばかりの晴れやかな顔で続ける。
「その方がてっとり早いでしょう? そのままでは洗うのも面倒でしょうし、汚れたりするのも気を使わないといけません。 もっと成長するまで待つよりも絶対良いと思うのです」
あまりにサラッとラムールが言うので、デイが恐る恐る尋ねた。
「……手術、した方がいいのかなぁ?」
やはりそれなりにコンプレックスである。
「そんなたいした手術じゃないから、絶対やった方がいいと思いますけどね」
ラムール、断言。
「……どんな手術?」
上目遣いにデイが見る。
ラムールがにっこりと微笑んだ。
「先端の皮膚を切りはがせばいいだけですよ。 そう時間はかかりません」
デイが青くなる。
「ええ、メスですぱっと。 痛そうなら先に針か何かで麻酔をうつか……。 血も出るかもしれませんが、数日で治りますよ」
その言葉にデイのみならず、そこにいた男全員が、なんとなく痛みを感じて青くなる。
しかしラムールはそんなことなんか全然気付かない。
「明日にでも、やりましょうか?」
その言葉にデイが激しく首を横に振って土下座する。
「ごめんなさいっ! ハメ、これ以上、外さないから、それだけはゴメンナサイッ!!」
どうやらデイはラムールの言葉を脅しととらえたようだった。
「え? どうしてそうなるのですか?」
ラムールは素直に首を傾げて不思議がった。
「ごめんなさい~っ!」
デイの声がひたすら露天風呂に響き渡り、ラムールはひたすら善意から手術を勧めた。
そんなラムールの姿を見て
――おまえは絶対、男じゃない。
佐太郎は苦笑した。
オルガノ村の露天風呂タイムは、こうして終わった。




