2-10 15の祝い、当日。
翌日には、まるで昨日の事なんか無かったかのように、清流は落ち着いていた。
毎日、陽炎の館にお邪魔し、エステを受けて、白の館に帰る。
アリドはバイトに行っているのか、陽炎の館で会うことは無かった。 クビになっていないのなら、それはそれで良いことだ。 しかもどうやら誰もアリドがバイトをしている事は知らないようだったので、あまり詳しく尋ねることもできない。
「はい、これで終了。 後は明日、本番だね」
そんな声と同時に、清流が軽くリトの頬を叩いた。
「う~んっ! 気持ち良かった、ありがとう!」
リトは背伸びをしてベットから起きあがり、姿見に自分の姿を映す。
「うわぁ~。 綺麗~!」
自分で言うのも何だが、清流のエステの甲斐あって、肌は艶々と輝き、全体的にきゅっと引き締まっている。 顔色もワントーン明るくなったし、うむ、可愛い。
リトがあまりに喜ぶものだから、清流も表情をゆるめて嬉しそうだ。
編みかけの手を止めて、弓もリトに見入った。
「リト、すっごく綺麗よ。 明日、ご両親が見たらとても喜んで下さると思うわ」
「ありがと~♪ 弓」
リトは機嫌良く頷く。
明日。 リトの誕生日だった。
15の祝いは夕方から行うので、それまでに村に帰れば良い。 馬車で行くか飛ぶか色々検討したが、結局、歩いて行くことになった。 一晩泊まって、そして翌日、帰ってくる。
館での学びや仕事はお休みをもらい、弓も同様にお休みを貰った。 何しろ一生に一度の大イベントである。 NOという声はどこにも聞かれなかった。 ちょっとした特別待遇だ。
特別待遇といえば、マーヴェはもう3日前から実家に帰ってしまっている。 最後の仕上げの真っ最中だ。 清流は毎日マーヴェ宅にも通っているようで。 人様のことだからあまりつっこんでは言えないが、何か問題は起こらないのだろうかと正直、心配だった。
「清流くん。 明日はマーヴェのエステはどうなるの?」
リトは尋ねた。 責任をもってやるのならば、リトの方の誘いを断ったりしないかと期待をこめて。
しかし期待はあっさり裏切られる。
「兄さんとオルガノ村に行く方が大事だから、断ったよ。 当然じゃない」
――うーん、やっぱり来るのか。
面倒なことは起こさないでくれと願いつつ、それは口に出さない。
しかしまぁ、ラムールもいるし、問題なんて起こらないはずだ。
そして、翌日。
リトは自分の誕生日を迎えた。
+++
15回目のリトの誕生日。
それはとても気持ちの良い天気だった。
白の館の前で待っていると弓達がモモンガ犬に乗ってやってきた。
「ぃよう♪ リト」
モモンガ犬から真っ先に、アリドが降りてくる。
「15の祝い、おめでとーな♪」
アリドはそう言いながらリトを見て、――少し戸惑う。
「? どうしたのアリド?」
リトが首を傾げると巳白が笑った。
「リトが綺麗になったんで驚いてるのさ」
「えーっ?! 巳白さん、そんな嬉しいことを!」
リトも驚く。 それを見て羽織達もほほえむ。
「いや、リトちゃん。 巳白の言うとおり、綺麗になってるよ」
「ぼくがマッサージしたんだから当然」
「ナイスだぜ!」
「僕の勘以上の出来」
ほめられすぎてくすぐったい。
「ホントにリト、きれいよ♪」
弓からも言われてリトは赤くなった。
そんなリトの頭をアリドがコツンとこづいた。
「――今日は特別なんだからな?」
そう、一言、断りをいれておいてから、アリドが耳元でそっと続けた。
「マジで綺麗」
一気にリトは真っ赤になった。
「さ、行くぞ。 荷物も特別、持ってやる」
アリドはそう言ってリトのリュックをひょいと取って先を歩き出す。
みんなニコニコしながらそれに続いた。
ラムールは、2つ先の村で合流することになっている。
デイが「肩書きの意識」を変えて普通の少年として参加するので、最初から一緒よりも途中からの方が断然いいそうだ。
こうして、その日は始まった。
「やっほー! 羽織ー! 早く来いよ~!」
3つめほど進んだ先の村のお茶屋にて、デイとラムールが出迎えてくれる。
お茶屋の台の上の皿にはお団子の串が4本。 ラムールがいそいそと会計を済ませていた。
二人とも平服だ。 勿論、礼服で来られても困るのだが。
「あ~っ! デイにいちゃん、お団子食べたのぉ? いいなぁ!」
義軍がデイの口の端についたきな粉を目ざとく見つけて大声を上げた。 デイはしまったとばかりに口を拭くが後の祭りだ。
「ぼくも食べたい~!」
義軍が頬をぷっくり膨らませて主張する。 ラムールがため息をついた。
「……だから食べるのは止めましょうと言ったのに……」
「えーっ? ずっるー、せんせー! せんせーだって食べたじゃん!」
デイが心外とばかりに文句を言い、それを見ていた羽織が笑った。
「ラムールさんも結局、食べたんですか? 昨日あんなにデイに禁止令出しておいて」
リトはそれを聞いて、ちょっと驚いて羽織の顔を見た。
今の台詞は間違いなく羽織。 巳白ではない。
更に続けて世尊がつっこんだ。
「義軍が食べたいって言ってるんで、デイが免除なら、こっちも免除、頼んます」
「分かってます。 はい。 道中で食べるために、みんなの分。 それぞれ1本なら許容範囲です」
持ち帰りの団子が入った袋を差し出したラムールに、今度は来意が。
「……その中に、ラムールさんとデイの分もきちんと入ってる気がしますが?」
「そ、そんな勘は働かせなくていい」
小さくラムールが狼狽えたので巳白がクスクスと笑った。
どうやら巳白の作戦、「仲良くなりたいなら場に慣れろ」は、いくらかの成果があったようだ。
大事な新世達の願いだったとはいえ、もうすぐこの国を去る身でありながら、どうして今更仲良くしたいのかがリトには全く理解できなかったが、押し黙ったような重い空気でオルガノ村まで行くのは遠慮したいので、まぁ良しとすることにした。
そしてやはりここでも。
「うわ、りーちゃん。 めっちゃ可愛くなったね。 館に行っても清流か弓ちゃんの部屋にしかいないから、こんなに綺麗になってるとは気付かなかった!」
「15の祝いに相応しい、立派なレディになれましたね」
と、二人から賛美を受ける。
いやいや、褒められすぎて恥ずかしい。
「今日はラムールさまも【同一別人】なのですか?」
リトは話題をそらしがてら、尋ねた。
「ん? ええ。 あなたの村に行くまではね」
道理で村の人達がラムールを見ても騒がないはずだ。 ここにいるのはリトと、その友達、と保護者。 皆でゾロゾロ歩きながら、ふとリトはある事に気付き、さり気なく巳白に近付いた。
「あの――」
リトはどう切り出して良いものか考えながら小声で口を開く。
「巳白さんも、【同一別人】、なんですか?」
「え?」
巳白が首を傾げる。 リトは再度小声で告げた。
「いえ、だから、デイも陽炎隊のみんなも、今は別人ですよね?」
「――って、ああ。 【肩書きの意識】のこと?」
巳白の返事にリトは頷く。 小声でもちゃんと聞こえてるなんて、さすが翼族だとリトは感心した。
そう、リトは考えたのだ。
もし巳白が【肩書きの意識】を変えて別人になれば、誰からも恐れられないのではないかと。
「俺は【肩書きの意識】は変えてないよ。 っていうか、変えても意味が無いし」
「意味無い? どうしてですか?」
「うん。 【肩書きの意識】を変えても、俺の翼が見えなくなる訳じゃないから。 しかも、第三者が俺を見た時のキーワードは、翼と片腕、だろ? 羽織達みたいにさ、年は15位で黒髪の男っていったら大勢いるけど、俺の場合は滅多に一致する奴が他にいない。 だから」
「そうなんですか……」
もし巳白が翼族のハーフではなく、人間として紛れ込めるのならこんなに安心なことは無いと思ったのだが。
「逆に俺が【肩書きの意識】を変えたら、知らない翼族が一匹増えたとみんなが思って面倒になるから」
そんな事を話しながら進んでいると、いつの間にか他の皆はかなり先を歩いている。 いや、翼族に関する事なのでみんなに聞こえない方がいいだろうと、リトも巳白も無意識に考えて距離を置いた、というのが正しい表現だったかもしれない。
前を進む弓達はも何やらゲームをしながら進んでいるようで、一向に立ち止まって待ってくれる様子はなかった。 ――いや。
「もしかして、俺の事、忘れてねーか? リト」
不意に背後から声がした。
「アリド!」
リトは思わず驚く。 いつの間にか、いいや最初からだったのか、リトと巳白のすぐ後ろにはアリドが歩いていた。
人数が多いせいで誰がどこにいるか気付いていなかったとは、不覚。
まぁ、聞かれて絶対にヤバイ話をしていた訳ではないので構いはしないのだが。
なのでそのまま3人で他愛のない話をしながら進んでいく。
進んでいると、ほんの少し巳白の表情が硬くなったのがリトにも分かった。
なぜだろうと考えたそのとき、今歩いている場所がどこか気付く。
ここはイルフ村の領地だ。
先日、巳白が家畜を襲った犯人と疑われ、捕獲された地区。
そして、ひーる君という幼児と一緒に地下洞窟に迷い込んだ地区。
リトは一瞬、足下の土が崩れ落ちて再び地下洞窟に落ち込むような錯覚を覚えたので道の端から中央へと寄る。 するとアリドの体にこつんと肩が当たった。
「道の端を歩くと危険だから、こっちに寄ってろ」
アリドはそう言ってリトの肩をそっと抱く。 こんな体勢のまま進めるのならこの山道だって万々歳だ。
ただ、巳白の表情が相変わらず固い。
そのとき、正面の道からやってくる家族連れの姿が目に入った。
その家族連れはかなり前を進んでいた弓達と軽く会釈をかわし、こちらに向かってくる。
手を繋いで歩いてくる、小さな男の子と、少しくたびれた細身の父親。
巳白が一瞬、歩み続けることを躊躇した。
リトも、思わず立ち止まった。
父親と買い物に行けるのが嬉しいのであろう。 その小さな男の子ははつらつとした笑顔を父に見せながら歩いてくる。 そして、前方にいるリト達の気配に気付き、何気なく視線をこちらに向けた。
ひーる君だった。
そしてひーる君は、巳白を見ると一瞬にして青ざめ、父親の服にしっかりとしがみついて火がついたかのように泣き出した。
「ひーる? どうしたんだ?」
父親はいきなり泣き出した息子に驚き、慌てて抱き上げる。
「い゛や゛~! ごわ゛い゛い゛~!」
ひーる君は半ばパニックを起こしたかのように泣きわめいた。
父親はひーる君の背中をさすっていたが、ふと視線をこちらに向けて、ひーる君と同じように青ざめた。 その唇がガタガタと震え、次に顔は怒りで赤くなった。
「行くぞ! ひーる! お父さんにしっかりつかまっているんだぞ!」
父親はそう言い聞かせるとひーる君を抱っこしたまま、ものすごい勢いでこちらに歩いてきた。 視線も合わせず、会釈もせず、ただものすごい勢いでリト達とすれ違い走って行った。
「なんだ? あのガキ。 怖いって、俺の腕かぁ? 可愛くねー奴だなぁ」
去っていく父親の後ろ姿を見ながらアリドが呟いた。
「そんな風に言うなよ」
巳白がポツリと注意した。
リトはひーる君と父親の後ろ姿を見つめながら思った。
おそらくあの父親は二度とひーる君が危険な目に遭わないように、沢山注意したのであろう。
翼がある者は危険だと、怖い者だと、口をすっぱくして言い聞かせたのだろう。
その甲斐あって、ひーる君はもう二度と、翼族の血を引く者と関わりは持たないであろう。
それでいいのだ――。
リトはゆっくり頷いて、前を向いて歩き出した。
やはり翼族と関わると、こうも先行き不安になるのかと思いながら。




