2-7 脳内討論
「おや、楽しげだと思ったら、リト。 やはりあなたでしたか」
ラムールは開口一番、いつも通りの穏やかな笑顔でそう告げた。
「デイは? 進みましたか?」
そしてゆっくり近づき、羊皮紙の一部分を指さして、スペルが違います、と軽く告げる。
デイが慌てて書き直し、リトはそのまま事務机に向かうラムールを目で追った。
ラムールは何食わぬ顔で事務机に座り、机に置かれた書類に目を通し始める。
「……おや?」
ラムールは同じ書類を何度もめくる。
「デイ、ちょっとおつかいを頼んでもいいですか?」
「え? 何? せんせー」
デイが顔を上げる。
ラムールは一枚の書類を差し出す。
「封印の部屋の採光調節の資料です。 王族居住区第48部室担当者に渡してきてくれますか?」
それを聞いたデイが苦笑する。
「変態モグラの部屋? 分かったよ、せんせー」
「へっ? 変態モグラ? 何それ、デイ?」
リトが驚くとラムールも苦笑しながら説明してくれる。
「……悪い人間ではないのですが、ちょっと男色の気がありまして。 私が行くと口説かれるんですよ。 すぐお尻を触りたがるし、正直苦手で」
リトはラムールにも苦手な人物がいたのかと軽く感動。
デイは書類を持って立ち上がる。
「んじゃ、ちょっと行ってくる! ね、せんせー、お駄賃は課題5枚免除でいい?」
「いいえ、3枚です」
「ヤダ~! 4枚」
「……まぁ、いいでしょう」
「やっりい♪」
ラムールとの駆け引きに勝利し、デイはガッツポーズで気合いを入れて事務室を出て行く。
「……男色の気がある人のところに、デイをやってもいいんですか?」
リトはついつい疑問になって尋ねた。
「デイに手を出す勇気のある男色家はいません。 怪しければ即、去勢処分ですから」
……さすが王子の特権というべきか。
ラムールは小さく笑って椅子から立ち上がると紅茶を用意し始めた。
ピーチのフレーバーティー。 甘い香りが部屋を満たす。
「はい、どうぞ」
リトは出されたカップを受け取る。
「あの、ラムール様」
リトの言葉にラムールが片眉を上げる。
「デイのこと……。 これって、人払いされたんですよね?」
その言葉に黙ったままラムールは紅茶を一口飲む。
「お話がある、違いますか?」
リトは身を乗り出した。 ラムールがやっと観念したかのように息を吐いた。
「正解です」
「やっぱり。 私もお話があります」
カップを持つ手が少しだけ震えるのをもう片方の手でおさえる。
――天下のラムールに意見をするなんて、命知らずもいいところよね
リトの心の奥でそんな声がした。
「さてまず、私からと貴女から、どちらから話を始めましょうか? 多分内容は同じなんでしょうけど」
ラムールがカップをソーサーに置いてじっとリトを見る。
リトも負けじと見つめ返しながら尋ねる。
「ラムール様のお話っていうのは……?」
「うん、私のはね。 ……貴女はすぐ顔に出るから、色んな事をきちんと伝えておこうかな、ってところでしょうか」
「そ、そんなに私って顔に出るタイプですか?」
思わず尋ねるとラムールは微笑みながら頷く。
「でも、手紙の事など、内緒にしろと言ったことはきちんと黙っているので感心はしてるんですよ」
――内緒にしろ、って、ラムール様がそう術をかけたんじゃないですか。
そうは思うが口には出せず。
ラムールは少しだけ前のめりになって続ける。
「で、今もデイから何か聞いたでしょう? どんな事なのか教えて貰えますか? それに関する私の意見を聞いた方がきっとあなたもスッキリすると思うんです」
リトは少しの間、考えた。
――まず真っ先に確認しなきゃいけないことは……
「弓達の15の祝いをすっぽかしたって、本当なんですか?」
やはり、これだろう。
ラムールは動ぜず頷いた。 リトの見る限り、そこにいるのは他の質問をしても同じように反応したであろうラムールの姿で、デイの言うように悲しさなど微塵も感じさせなかった。
「どうしてですか? それって、ひどくないですか?!」
思わずリトの声も荒くなる。
しかしラムールの態度は変わらない。
「――ええ。 今は申し訳なく思っています。 謝りたいなとは思っているのですが、いかんせん機会を失ってしまって」
――今は? 今はってことは、その時は?
リトは言葉を飲み込む。
それに気付かないのか、ラムールは続ける。
「そして御存知の通り、私はもうすぐこの国からいなくなるのでね。 それまでにはきちんと謝って、彼らと少しでも仲良くなりたいと思ってるのですけれど……」
――いなくなるのに、仲良くなりたい?
その相反する言葉の意味は分からない。
可能性があるとするならば……
「それって、見送りして欲しいって事ですか?」
リトは尋ねた。 これから別れるだけなのにあえて仲良くする理由が全く分からない。
ラムールは少し考えた。
「そんな意図は無いのですけど……。 でも、新世が――私と彼らが仲良くなる事を望んでいたから――っていう理由じゃ、確かに誇れる理由では……ないですね」
「新世さんが望んでいたから?」
――ラムール様が殺したから、その贖罪のつもりですか?
とは流石に口にできず。
ラムールは苦笑した。
「やっぱりあなたの口調が表す通り、普通じゃありえないというか、ムシがよすぎますね。 私の考えは。 今更、仲良くしたいだなんて」
――あ。 もしかして。
「ラムール様、だから最近、陽炎の館に入り浸っているんですか?」
「……ええ。 巳白が仲良くなりたいなら、まずは場に慣れろと」
――やっぱり。
ラムールは続ける。
「でもねぇ、なかなか上手くいきません」
――だってそれは……
リトは思わず口に出した。
「隠し事をするからだと思います」
その言葉にラムールが強張った。 初めてと言ってよいほどの動揺が見て取れた。
「だって、ラムール様は委員会の人ってこと、隠してたじゃないですか?」
”翼族”の二文字を付け加えることは、術のせいだろうか、できなかった。
「――あ、え、ええ。 そうですね……」
ラムールは曖昧に頷いた。
リトはついでとばかりに尋ねた。
「いなくなること、巳白さんには話したんですか?」
「いいえ。 あなたしか知りません」
「じゃあ、陽炎の館は、みんなは、どうなさるおつもりなのですか?」
「陽炎の館は佐太郎にお願いしようかと。 ……もっとも、今は喧嘩中なのでこちらも折を見て会いにいかなければならないのですけれど」
それを聞いたリトが告げた。
「委員会の人のお願いを、普通の人は聞かないと思います」
ラムールが言葉を飲み込むのがリトにも分かった。
リトは続けた。
「正直、私は委員会メンバーのラムール様が怖いです」
それはシルバーメンバーのシンディ達から検査を受けた身ならば当然の感想だったであろう。
「私の話はそれだけです。 では、失礼します」
リトはさっさとそう言って頭を下げ、きびすを返すように背を向けて歩き出そうとした。
「待ちなさい、リト!」
不意に左の手首をラムールが掴んで制した。
リトが振り向く。
するとそこには、いつもの穏やかなラムールとは違う、必死そうな顔をした彼がそこにいた。
「私のことは――怒って当然と思いますが、それを棚に上げて一つだけお願いがあるのです」
切羽詰まった口調だった。
リトが黙っていた。
ただ、掴まれた左手首が少し痛い。
ラムールは真剣な眼差しで言った。
「私がこの国を出た後はデイに身の護りはつきません。 巳白の保護責任者も別の人物になるでしょう。 そうなればおそらく、二人の行動範囲は限定されます。 今度のあなたの村に行く、それが最後の自由な思い出になる可能性も否定できないのです。 だから……」
「だから?」
「だから……良い思い出になるように……私に努力させて下さい」
「え?」
訳が分からなかった。
ラムールが何を言おうとしているのか。
何をしたがっているのか。
「わ、わかりました。 とにかく――みんなの前ではラムール様がいなくなるってことを悟られるな、って言いたいんですよね?」
リトはその場で思いつく限りの理由でそう結論づけた。
「そう――なんでしょうか?」
ラムールの返事はこれまた曖昧なものだった。
何を望んでいるのか、何を言っているのか、ラムール自身にも分かっていないようだった。
だがその時、リトの腕を掴む手の力が弱まった。
リトは手を振りほどいて頭を下げた。
「失礼します!」
言うだけ言って、リトは事務室を後にした。
+++
「リトちゃん。 何かストレスたまるような事でもあった? 目茶苦茶、肌の質が落ちてるんだけど」
清流がまじまじとリトの顔を見ながら言った。
「ふ ふ ふ」
リトは何とも言い難い笑いで誤魔化す。
今、清流とリトは城下町の喫茶店でお茶をしていた。
リトのスペシャルケアのために、旬なエステアイテムを探しに買い物に来ているのだ。
リトといえばラムールとのグタグタな会話の後、どうも悶々というかイライラしてしまって、眉間にシワが寄りまくりだったのである。
――ったく、仲良くしたいって、どうして欲しい訳? 何を望んでるっての?
アイスティーのグラスに突き刺さったストローでグルグルと氷をかきまぜる。
――じゃあ、一度まとめてみたら?
そんな声が心の片隅で聞こえて、リトは氷を凝視しつつ考える。
――まとめるって何を?
自ら問いかける。
――現実で分かっていることをよ。
自ら答えが返ってくる。
最近、脳内討論が盛んだった。
「うーん」
リトは一人で唸りながら、ストローで氷をつつきながら思案する。
とりあえず分かっていることをまとめてみる。
1。ラムールはこの国を出て行く
2。ラムールは翼族委員会メンバーg-∞
3。新世を殺したのはg-∞
4。だから新世を殺したのはラムール。
5。新世を殺したのは、新世が翼族で危険だったから
6。それを知ってるのは私だけ。
7。ラムールは弓達と仲良くなりたい。
8。国を出たら弓達の保護責任者は別の人物になる
9。それって無責任じゃ?
10。ってか、みんなを捨ててどこかに行くくせに、仲良くなりたいって、またどうしてよ?
11。巳白が何か問題起こしたらどう責任とるつもりかしら?
12。でもそんなに簡単に保護責任者なんて見つかるわけ? あんな試験、誰だってお断りだわ。
――それ以前にアンタって、まとめるの下手ね……
なんとなくそう言われた気がして、コホンと咳をしてもう一度トライ。
13。巳白の保護責任者、どうしよっかなー。 簡単に第三者に引き継ぎはできないからー。
14。巳白がいなくなってくれたらいいんだけどーとか思ってたりして。
15。じゃあ巳白がどこかで問題を起こしてくれないかなー? とか?
16。あ、今度の15の祝いの時に何か問題起こしてくれたら殺滅できるじゃない♪
17。巳白は妹を不幸にした原因だから、殺滅されるなら万々歳だ。
18。
「――って……」
リトは我に返った。
「私、何考えてるんだろぉ~!」
そう言ってテーブルに突っ伏す。
巳白殺滅万々歳なんて、絶対自分では出てこない考えが浮かんできてやっと気がつく。
――シンディさんとトシさんの昔の記憶がなんか変にちょっかい出してきてるんだ
リトとはいえ、その位の推理は出来た。
だからどうしたら良いかという答えは見つけきれなかったが。
――でもさぁ、セルビーズといい、翼族ってホントに危険なんだもんねぇ
リトは検査室で襲われた時のことを思い出した。
圧倒的な力の差。 強力な魔力。
――だいたい私も殺されかかったし。 死んでもおかしくなかったし。
――そうよ、翼族の血を引く者と関わるから危ない目に遭うのよ
――そういうこと。 危険な相手とは距離を置くのが一番に決まってるし。
――面倒な相手と知り合いになっちゃったなぁ。
「リトちゃん」
再び、すごくバカにした清流の口調で我に返る。
「っ、せ、清流くん、なに?」
「考え事を外でするのは止めたら? 百面相になってて、見ていて一緒にいるこっちが恥ずかしい」
ふと気付くと確かに他の客が冷めた視線を送っている。
「あっ、ごっ、ゴメンね?」
リトは慌ててアイスティーを飲む。
「ぼくの話も聞いてなかったでしょ?」
「……ゴメン」
「まったく、せっかく翼族の事について教えてあげているのに、うわの空なんだから」
清流がそう言った時だった。
「お客様」
恭しい口調で、ちょびひげを生やしたこの店のマスターらしき人物がすぐ隣までやってきていた。
リトと清流は揃ってマスターの顔を見る。
マスターの表情は冷たく無愛想で、良い知らせでないことは想像できた。
「……何か?」
怪訝そうに清流が尋ねる。
マスターは頷いた。
「お代はいりませんので、今すぐ店を出て、二度と来ないで頂けませんか?」
「えっ?」
リトは驚いた。 入店拒否ってやつだ。
マスターは続けた。
「翼族の話を公にされますと、委員会メンバーや翼族がいつ惹かれて、ここに来るか分かりませんので」
清流の顔色が変わった。
「分かりました。 頼まれてもこんな店には二度と来ませんからご安心を」
清流の左目が、まるで殺人者のように冷酷な光をたたえる。 優しげな笑顔は跡形もなく消え、右目の上にざっくりとついた剣の跡が、まるで世を恨んで殺された死人が持つ苦悶の象徴のような存在感を放った。
「せ、清流くん、行こう!」
リトは慌てて清流の手を取り店を出た。
怒った清流の雰囲気は狂気のままリトに襲いかかったセルビーズのそれによく似ていた。
――やっぱり清流くんも翼族の血を引いてるんだ……
かなり離れた道まで駆けてきてリトはやっと清流の顔を見た。
そこには怒ってはいるもののいつも通りの「人間」の表情をした清流がいた。
「まったく失礼な店だね、そう思わない? リトちゃん」
「う、うん、そうだね!」
リトは明るく答える。
――翼は無いけど翼族と同じなんだ……
そう気付いた今、あえてその事実に気づかぬようにテンションを高めていないと、清流に対して恐怖を感じそうだった。
コノママ
清流ノ手ガ私ノ口ヲ塞ゲバ
抵抗スル間モナク
首ニ噛ミツカレテ
私ハ食ベラレル
そんな予感が背筋を走り、リトは掴んでいた手を振りほどいた。
「リトちゃん?」
清流が不思議そうに尋ねる。
そこにはいつもの清流しかいない。
「あ、ゴメン」
リトは笑って誤魔化した。
清流が人を食べるなんてありえないではないか。
手を振りほどかれたことを清流は気にした感じはなく、それじゃあ行こうか、と優しく行って再び城下町を歩き出す。
しかしリトは正直言って、もう帰りたかった。
不安で、帰りたかった。
「ああ、ねぇ、リトちゃん。 この洋服屋さんって結構いい感じじゃない?」
清流はリトの気持ちに気付かないのか、気付いて無視しているのか、変わりがない。
リトは清流の言葉にあいまいな相づちをうちながら一緒にその店に入る。
かなり広いその店はかなり質の良い服ばかりが取りそろえてあった。 寄ってきた店員に「見てるだけですから」と清流は断りを入れ、店内を見て回る。 これって弓ちゃんに似合うよね、等と話しているうちにリトの気持ちも大分落ち着いてきた。
「よし、デザインは覚えた。 布地はあの店にあったっけ」
清流の言葉にリトが小さく笑う。
こうやって弓の部屋にあるお洒落な服は増えていくのかと。
もうそろそろ店を出ようとしたときだった。
店の奥にある少し広くなったコーナーで大勢の召使いに囲まれた客がリトに気付いた。
「リト!」
その聞き慣れた声に、リトは振り返る。
最新作のドレスに身を包んだ客、それは――
「マーヴェ?」
いいや、それはマーヴェリックル=ヒヤンカルサシス嬢とフルネームで呼ぶに相応しい少女だった。




