2-6 弓たちの15の祝いの日は?
数日が経過した。
リトは毎日せっせと陽炎の館に通い、清流のエステを受けていた。
お陰様で肌の艶がとてもよくなってきている。 今朝なんか身支度している時に女官のみんなから最近綺麗よ、と褒められたくらいである。
「15の祝いが近いから、ちょっとね」
リトがそう答えると皆納得した。 15の祝いに向けていつもより上等の化粧品を使うことはよくあることなのだ。 期間限定、今だけちょっとお手入れ万全、ただそれだけのこと。
「でも、面倒ですわよね」
そう言いながら膝上まではあろうかという長い髪の毛を綺麗にブラッシングしながらマーヴェが言う。
マーヴェももうすぐ15の祝いだった。
「面倒かなぁ? 私は結構、楽しみだけど」
リトはフワフワの泡で洗顔しながら言った。
この石鹸も清流お手製だ。 泡立ちの良さとしっとり洗い上げる力はたいしたものだ。
「……良い石鹸ですわね」
その泡を指ですくってマーヴェが呟く。 超一流のものに囲まれて暮らしているマーヴェが認めるのなら清流の品は完璧だと、まるで販売員の売り文句みたいな言葉が頭をよぎる。
「どちらでお買いあげになられたの?」
そんな台詞まできたら、これはお世辞なんかじゃない。 本気だ。
「うん、貰った」
「どなたに?」
「……」
リトは言葉を探した。 清流には秘密にしろとは言われていないが、言って良いとも言われていない。
「その御仁が紹介してもいいと申された時は教えて下さいませね」
マーヴェはさらりと布石を打ってその話を終了させる。
「ねぇ、マーヴェは15の祝いが楽しみじゃないの?」
リトは話題を変えた。
マーヴェは毛先15センチも天使の輪が艶々光るその黒髪を見つめながら答える。
「求婚目当ての殿方を大勢呼んでの舞踏会なんて、今は望んでいませんわ」
――舞踏会? 求婚?
つっこみどころが2カ所もあったのでリトは戸惑う。
さすがに他の女官も興味が沸いたようでろ、ざわつく。
「マーヴェ、結婚すんの?」
ボーイッシュなシスター見習い、ルティが歯ブラシをくわえたまま目を丸くする。
マーヴェの代わりに答えたのはマーヴェの腰巾着でもある、ロッティ。
「だってマーヴェのお宅は名家ですもの。 しかも一人娘。 結婚して良い年令になったら殿方が放っておかないわよ」
「名家なら、婚約者とかはいないの?」
誰かが尋ねた。
「マーヴェのご両親は政略結婚は望んでいらっしゃらないんですって」
ロッティの言葉にマーヴェがため息をつきながらつけくわえる。
「だから多くの殿方と出会う必要がある、ということで舞踏会ですわ」
「じゃあやっぱり結婚するんだ?」
「……申し分の無いお相手が現れればですけどね」
マーヴェの発言に、本気で誰かと結婚だなんて今はまだ想像もできないとばかりに皆がどよめく。
「――面倒ですわ!」
みんなの声を打ち消すようにマーヴェが声を大きくし、そして鏡に映る自分や仲間達を見る。
「今はまだ、この館で過ごすのが楽しいのに……」
その言葉にみんなが顔を見あわせ、揃って励ます。
「マーヴェ、結婚なんか申し込まれても断っちゃいなよ!」
「そうそう! 今のまま、みんなで楽しくやっていこうよ!」
そしてマーヴェが感動しながらありがとうと言うかと思えば、そんなはずはなく。
「何言ってるの? あなた達。 私は結婚しますわよ」
と、ぴしゃり。
「良き殿方はそこで押さえておかないと、次はありませんわよ? この館の生活と殿方との生活を秤にかけてより良い方を選ぶのは当然ではないかしら?」
「……マーヴェらしい」
「それに私が結婚相手を見つけるということは、私に相応しい立派な殿方が私のことを認めて下さったということよ? 結婚しなかったらそれは立派な殿方が私に魅力を感じなかったということになりますわ。 そんな屈辱、受けてたまるものですか」
何かよく分からないが、面倒ってことだけは理解できる。
「ああ、面倒!」
マーヴェはもう一度声に出して言うと、さっさとブラッシングに戻る。
リトは石鹸の泡をたっぷりの水で流して一息つく。
「とりあえず、私は普通の15の祝いで良かったよ……」
そして急に気付く。
――弓は? 15の祝いはしたの? ってか、弓の誕生日っていつだっけ?
自分だけ祝ってもらう訳にはいかない。
――そうだ! ラムール様にこっそり教えて貰おう! そして当日ビックリさせてあげよう!
化粧水をペチペチと肌に染みこませながらリトは鏡に向かって微笑んだ。
+++
時間が空いてラムールの事務室に行くと、デイがせっせと宿題をしていた。
「ラムールさまは?」
リトは勝手に椅子を引いて座る。
「せんせーは本館での会議に出席中。 30分くらいは帰ってこないと思う」
デイは宿題から視線を逸らさずに文章を書き写している。
静かな部屋の中に、羊皮紙の上を踊るように動く万年筆の微かな音が響く。
ふと、デイならみんなの誕生日を知っているのではないかという考えが浮かぶ。
デイは羽織達との古くからのつきあいだ。 知っていておかしくない。
――というか、デイの誕生日はいつだっけ?
国王陛下の誕生日は祝日になるので知っているが、皇太子デイの誕生日は特に国でお祝いする訳ではないから覚えていない。
「デイって15の祝いはもう終わったの?」
ストレートに尋ねてみた。
「うん終わった。 えーっと、あの日だよ。 りーちゃん達が王宮図書館に来た前日。 佐太郎さんとせんせーが喧嘩した日っていったら分かる?」
「うん、分かる。 そっか、レイホウ姫はそのお祝いで来ていた訳なのね?」
「まーね♪」
デイは宿題を続けながら答えた。
知らぬ間に物事は行われているものである。
「ねぇデイ、弓の誕生日は知らない?」
ついでとばかりに聞く。
「こっそり知って、当日驚かせようかなって思って」
するとデイはずっと動かしていた筆を止めてしまう。
「デイ?」
不思議に思って名前を呼ぶと、デイは周囲を見回した。
「せんせー、まだ帰って来ないよね。 ……りーちゃん、怒らない?」
「お、怒るって何を?」
「せんせーを。 あ、俺のこともかな」
こちらも訳が分からない。
「怒らないと思うから教えて」
リトは言った。
デイは言いにくそうに羽ペンをクルクル回しながら言葉を探す。
どこから話そうか考えているようだ。
「ね、りーちゃん。 せんせーってさ、羽織達と仲がいいって思う?」
まずデイの発した言葉はそんな質問だった。
「仲がいい……って、ラムールさまは保護者なんだから……」
そう言いながらも先日までの、あの陽炎の館での微妙な雰囲気を見ると何とも言い難く。
「変な空気っしょ?」
デイはリトの言葉を代弁する。
「村祭りとか、他の人がいる時はなんていうのかなー、上手くいってるような気がしないでもないんだけど、特別に用が無かったらすっごく微妙な空気が流れんの、あそこ」
その言葉にリトは頷いた。
「せんせーって厳しいじゃん? だからとっつきにくいんだよねー。 ハメ外せないってゆーの? まー。 あれでもりーちゃんがやってきてからというもの、大分雰囲気が柔らかくなったんだけどさ」
「へっ? 私がきてから?」
リトの声が裏返るとデイが笑った。
「りーちゃんが髪結い辞めるって言い出した時に言ったじゃん。 りーちゃんがいるとせんせーが人間くさく見えるって」
そういえばそんな事を言っていたような。
「りーちゃんが来る前までは、せんせー、ホントに孤高の人って感じだったんだってば」
陽炎の館でデイがいる時に感じた、ラムールと皆の壁が少し低くなったようなあの感じ、あれをデイは逆にリトの出現で感じていたのだろうか。
「俺が最初に陽炎の館に遊びに行った時は、アリドにいちゃんとかブウブウ言ってたもん。 最初からそのノリだったから羽織達とせんせーの間には心の距離があるって、俺、感じてたし。 巳白にいちゃんだけ急にせんせー派になって、あそこはなんか普通にやってるけど」
そう、巳白と一緒にいる時のラムールは普通に歓談していたので、陽炎の館で微妙な空気が流れるなんて考えてもみなかったのだ。
「……で、ラムールさまとみんなの間に距離があるのは分かったわ。 でも、それと弓の誕生日とどんな関係があるの?」
話を元に戻すべく、リトは尋ねた。
デイは唇を吸ったり突き出したりして再度言葉を探す。
「どうせばれるから、言っておくね。 告げ口とかじゃないんだけど」
デイは予防線を張る。
リトは頷く。
頷くのを見てデイが覚悟をきめたように口を開く。
「結論からいうと、もう弓ちゃんの15の祝いは終わったんだ。 羽織達もみんな。 っていうのが、羽織達って自分の誕生日を正確には知らないんだよね」
リトは言葉を失う。 そうだ、弓達は孤児だったのだ。
「そんじゃどうしてるかっていうと、もうみんなまとめて同じ日にやっちゃってる訳。 もちろん全員が自分の誕生日を知らない訳じゃないけど、こっちは正確こっちは曖昧じゃー、なんだかなぁ、って事で。新世さんや一夢さん、そしてせんせーも」
リトは頷く。
「……んで、いつがその日かって言うと、前にアリド兄ちゃんが変化鳥でりーちゃんの部屋に飛び込んできてさ、俺が科学魔法のドアのバグを使ってりーちゃんの部屋に飛び込んできた日、あったっしょ? あの日なんだ」
「ええっ?」
たしかその日はラムールで軍隊長と1対1の戦いがあった日のはず。 そしてラムールが男子大浴場に入浴するというので女官みんなで覗きに行った日だ。
まさかあの日だったとは。
「えー? ひっどい、デイ。 じゃあ一言ぐらい、声かけてよー!」
リトはなんだか悔しくなった。
しかし言われてみれば翌日の弓の機嫌はすこぶる良かった。
アリドが帰ってきたからだとばかり思っていたが、15の祝いではじけたとなれば更に納得いく。
「私もお祝いしてあげたかったぁ! 一緒に行けなくても、お祝いのメッセージとか何か預けることができたのにー!」
しかめっつらで怒るリトを見て、デイは両手を合わせて謝る。
「ゴメンってば。 だから俺にも怒るって言ったじゃん。 でも怒らないって言ったんだから怒んないでよー。 ……他に理由もあったし」
「理由?」
リトは次に黙っていたら承知しないというオーラを出しながらデイを見た。
デイはちらりと事務室の扉に視線を向ける。 ラムールの気配がないことを確認するように。
「……あの日ね、せんせーが、みんなの15の祝いをしてくれる予定だったんだ」
「そうだろうね。 保護者だもん」
「せんせー、夕方から祝いの会しますよって約束してたんだよね。 せんせー、料理上手いし、やっぱり15の祝いだし、羽織達もみんな楽しみにしてたわけ」
「……ちょっとまって? さっき、せんせーに怒るって言ってたけど、まさか……」
嫌な予感が脳裏をかすめ、思わず口を挟む。
するとデイは神妙な顔つきで頷いた。
「夕方になっても、せんせー、……館に来ないで。 すっぽかしたんだ」
「えええ?!」
「あまりに遅いからさ、俺、心配になって城に帰ってきた訳。 そんで居室に行ってもいないし、せっかくの15の祝いなのにどうしようって考えてたらアリド兄ちゃんが見えたから、もうこれしかないって思って」
リトの部屋に強行突入した訳で。
「アリド兄ちゃんが館に寄ってくれたからさ、羽織達もすごく喜んだし。 アリド兄ちゃん、15の祝いのプレゼントってことで時々帰ってくるって約束までしてくれて。 良かったといえば良かったんだけど」
除籍処分の後、陽炎の館に近付かなかったアリドからの約束。 それがどんなに嬉しかったか弓の態度を思い出せば一目瞭然だった。
「それは良かったねぇ。 ……っていうか、祝いは? 祝いは結局どうなったの?」
「……せんせー、来ないからさ。 いつも通りみんなで、あり合わせのもので夕食作って食べた」
「え?! 信じられない! 15の祝いなのに?」
リトは思わずデイの襟首を掴んでがくがくと前後に振り回した。
「り、りーちゃん、苦しいってば」
咳き込むデイのヘルプコールで我に返る。
「あ、ゴメン」
手を離すとデイがコホコホと咳をした。
「お茶、飲んで飲んで」
リトは慌てて側にあったカップをデイに差し出した。
デイはお茶を飲んで一息つく。
落ち着いたところで、リトが一言。
「で、ラムールさまはどうして、すっぽかしたの?」
しかしデイは首を横に振った。
「さぁ。 何か訳があったんだと思う」
「何か訳が……って、理由は聞いてないの?」
「うん。 一応次の日、せんせーに聞いてみたんだけどね、ちょっと急用で、って」
「急用って何の?」
「さあ」
「そうなんだ……って、それで納得いかないよぉっ!?」
思わずもう一度、デイの襟首を振り回す。
「いい! 私が自分で聞いてみる!」
リトは勢いよく立ち上がり握り拳を胸に当てる。
「ダ、ダメだって。 りーちゃん」
デイが慌ててリトの手首をつかむ。
「どうして?」
「俺が尋ねた時、……せんせー、悲しそうな顔したんだ。 一瞬だけだけど。 だから何か訳があったんだって!」
掴まれた手首に力がこもる。
どんな言えない訳があるのかと言い返したくなったその瞬間、事務室のノブがカチャリと音を立てて回り、ラムールが部屋に入ってきた。




