子供達の事情 1
ある晴れた日の昼下がり。
のんびりと茶を啜りながら、斬影が口を開く。
「いや~、今日は良い天気だなぁ」
「そんなの朝から分かってる」
「……お前な。またそういう可愛げの無い事を……」
隣で団子を食べている大和に、斬影は半眼で呻く。
「そこはこー……相槌を打つとか……何かあるだろ」
「…………」
大和は斬影の言葉を聞き流し、湯のみに手を伸ばす。
この日は、大和を連れて町へ買い出しに来ていた。ただの荷物持ちでは大和は町へ来たがらないので、こうして茶屋で団子など食べさせている訳だ。
茶が思ったより熱かったのか、僅かに口を付けただけで、大和は湯のみを置いた。再び団子に手を伸ばす。
その時、すぐ側で茶を飲んでいた別の客の会話が耳に入ってきた。
「……そういや最近あのゴロツキ共見ないねぇ」
「ああ。あのタチの悪い連中か。そう言えば大人しいな」
「あいつらには迷惑してたんだよね。ガラ悪いし、手癖も悪い」
「何かあったのかね?……改心したとか?」
「まさか」
「…………」
その会話を聞きながら、斬影は大和の頭に手を置く。
「……そりゃ、こんなガキに伸されりゃ大人しくもならぁな。なぁ? 大和?」
「……知らん」
ぷいっとそっぽを向き、大和はもくもくと団子を食べた。
「あっ!」
駄菓子屋で買い物をしていた綾那は、ふと目に入ってきた人物を見て、思わず声をあげた。
「おばあちゃん! これも包んで! この花柄の袋が良い」
「はいはい」
言われるままに菓子を包む老婆。綾那はその袋を受け取ると、駆け足でその人物の許へ急いだ。
「……さぁ~てと。そろそろ行くか?」
「……ん」
すっかり冷めた茶を飲み干して、大和は頷いた。
席を立とうとした――その時。
「ちょっ……ちょっと待って!」
「ん?」
突然呼び止められ、斬影と大和はそちらに視線を向けた。
視線の先には小柄な少女が一人。肩で息をしながらこちらに近付いて来る。
「……お前」
「知り合いか?」
「知り合いっていうか……」
斬影の問いに、大和が返答に窮していると、少女が大和の側までやって来た。
にっこりと笑顔を浮かべ、
「良かった。また会えた」
「……何か用か」
「うん。こないだはちゃんとお礼出来なかったから」
そう言って、彼女は花柄の紙袋を大和に手渡した。
「……何だこれ」
「お菓子。急いで選んだから、好きなのあるか分からないけど」
「…………」
二人の様子を黙って見ていた斬影が、大和の肩を掴み、耳元で囁く。
「……おい。大和。こりゃ一体どういう事だ?」
大和が何か言うより先に、少女――綾那が礼を述べた。
「こないだは助けてくれてありがとう♪」
綾那は斬影の方へ視線を向けると、挨拶をする。
「こんにちは!」
「おぉ。こんにちは、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは大和の友達?」
斬影が挨拶を返し、少女に問い掛けると、少女は大和の方へ向き直る。
「大和……っていうのがあなたの名前?」
「……ああ」
大和は頷く。
「そっかぁ♪ あの時は名前訊かなかったから……あ。私は綾那っていうの」
「……ふ~ん」
「今日はお父さんと一緒なんだ」
「ああ……まぁ……」
曖昧に頷く大和に斬影は軽く吹き出す。
「……お父さん……ね」
事情はいまいち飲み込めないが、どうやら自分は邪魔者のようだ。
斬影はニヤリと笑い、
「大和。俺はちょっとその辺ブラついて来る。お前はその娘の相手をしてやりな」
「……はぁ?」
「お前、同じくらいの年の娘と話す機会なんかねぇだろ。良いから行って来い」
「……けど……」
「綾那ちゃんって言ったか? コイツは無口で無愛想だが、仲良くしてやってくれな」
何か言いたげな大和は無視して、斬影は綾那にそう言うと、そそくさとその場を立ち去る。
「…………」
あっという間に姿を暗ませ、大和は斬影が去って行った方を暫く見詰めていた。
「……良いの? お父さん。どっか行っちゃったよ?」
小首を傾げ、綾那が訊いてくる。
大和はひとつため息をついた。
「……良い。別に帰ろうと思えば一人でも帰れる」
ゆっくりと顔を上げ、
「……それより……お前。俺と居たら叱られるんじゃないのか?」
大和が問うと、綾那は頷いた。
「……うん。でも今日はお母さん一緒じゃないし、友達と遊ぶ約束してて、待ち合わせの場所に行く途中だったから」
大和は、先ほど綾那に渡された紙袋を見詰め、
「だったら早く行けよ。これは……まぁ……貰っとく」
それを聞いて、綾那がこちらの顔を覗き込む。
「もう帰るの?」
「……別にここに居てもやる事無いし」
「……急いで帰らなきゃダメ?」
何やら食い下がる綾那に、大和は訝しげな表情を浮かべる。
「……急いでは無いけど……何だ?」
大和が訊くと、綾那は少し上目遣いで言ってきた。
「あのね。良かったら……その……ちょっと一緒に遊ばない? この先の広場に友達もいるの」
「…………」
綾那は、何やら複雑な色の目でこちらを見詰めている。
期待と不安が入り雑じったような。
大和は彼女から視線を逸らし、空を見上げる。少し寄り道をしても、日が暮れるまでには帰れるだろう。
斬影はほっといて帰ってもいい。
黙ってこちらを見詰めている綾那に、大和は嘆息まじりに呟いた。
「……少しなら……」
大和がそう言うと、綾那はパッと表情を明るくする。
大和の手をぎゅっと握り、
「ほんと!? 嬉しい♪ じゃあ付いて来て!」
「ちょ……おい」
綾那は大和の手を引っ張り、先へ先へと歩いていく。
あれだけ母親に叱られておきながら、何故自分に構うのか分からない。
何がそんなに嬉しいのか、鼻歌まじりに歩く綾那を、大和は不思議に思った。
綾那の言った通り、広場はすぐ近くにあった。
広場には子供が三人、固まって話しをしている。
その中の一人、赤毛の少女がこちらに手を振り、呼び掛けてきた。
「あ。綾那~!」
その声で、側に居た少年らもこちらに視線を向ける。
一人の少年が綾那に向かって口を開く。
「遅いぞ」
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」
「んっ!?」
と、綾那の後ろに居た大和の姿を目にして、少年が綾那に問い掛けた。
「誰だ? こいつ」
訊かれて、綾那が笑顔で答える。
「大和よ。お友達になったから、みんなにも紹介しようと思って♪」
「…………」
いつ友達になったんだと思ったが、大和は何も言わなかった。
「……大和?」
疑わしげな様子で、こちらを見る少年。
ふと、その少年の目に、綾那と大和の繋がれた手が映る。
瞬間、少年が大声をあげた。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
間近で叫ぶ少年を、大和は心底煩そうに見やり、
「……何だよ。うるせぇな」
大和が口を開くと、少年はびしっと指さし、
「お前っ! その手を離せっ!」
「はぁ?」
言われて、繋がれている自分の手を見る。
「……ああ。手ぇ離せって」
大和が綾那にそう言うと、少年は再び怒鳴る。
「綾那に言ってるんじゃないっ! お前に言ってるんだ!」
「……俺は何もしてない」
大和は綾那と手を繋いでいるものの、大和自身、彼女の手を握る事はしていない。
どちらかといえば、手を繋いでいるというより、掴まれているという感じだった。
だが、少年にそんな事は関係無いようで、
「いいから離れろっ!」
「あっ」
言って、少年は大和と綾那を引き離す。
綾那を後ろ手で庇うようにしながら、少年が綾那に問い掛ける。
「綾那っ! 何でこんなヤツ連れて来たんだ!?」
「えっ? 何でって……友達だし。それに大和って凄く強いのよ。強い仲間が欲しいって……菊助言ってたじゃない」
「こいつが強い……?」
「…………」
菊助と呼ばれたその少年は、こちらをまじまじと見て、
「そうは見えないな」
きっぱりと言い切る。
「……見ただけで分かるのか」
大和が半眼で呻く。
菊助は腕組みなどしつつ、
「お前みたいなヤツが強い訳無い」
「…………」
何の根拠があるのか知らないが、やたら自信たっぷりな様子の菊助に、大和は深々と嘆息する。
「ホントに強いのよ。大和は。こないだ怖そうな男の人達をあっという間に倒して、私を助けてくれたんだから」
身振り手振りを加えながら、綾那が口を挟む。
「あれは別に……」
大和が何か言うより先に、他の子供達が興味を惹かれたようにやって来た。
「へ~。そいつは凄い。本当なら頼りになるんじゃないか?」
「この辺りじゃ見ないよね? 何処に住んでるの?」
「…………」
「おいっ! お前らっ! そんなヤツに気安く話し掛けるんじゃないっ!」
大和に話し掛ける少年らに、菊助が怒鳴る。
「だって菊助。綾那の言う事が本当なら仲間になって欲しいじゃないか」
「そうそう。文句言うのは、この子の実力を見てからでも良いんじゃない?」
「ねぇ菊助。大和を仲間に入れてあげてよ」
「…………」
三人に畳み掛けられ、菊助は黙り込んだ。
暫しして、菊助は大和に指を突き付ける。
「お前っ! 俺と勝負しろ!」
「なんで」
訊いたが、菊助は無視して、玩具の刀を投げた。
大和はそれを受け止める。
「……おい」
「これで勝負だ。お前が勝ったら仲間にしてやってもいい」
「……何で勝負するかじゃなくて、何故勝負しないといけないのかと訊いてるんだけど……」
言ったが無視される。
どうも、こちらの言葉は聞いて貰えないらしい。
大和は無言でため息を落とし、渡された刀に触れた。玩具の刀は柔らかく、弾力のある素材で出来ている。これなら少々の事では怪我をしないだろう。
以前、斬影と行った雑貨屋で、これと似たような物を見た気がする。
くにくにと刀を曲げ伸ばししていると、菊助が口を開いた。
「俺から一本取れたら、お前の実力を認めてやるよ」
大和は刀を曲げる手を止めた。
ゆっくりと顔を上げ、
「……一本で良いのか?」
「ああ。一本で充分だ」
「……ふ~ん」
あまり感情の込もっていない調子で呟き、大和は目の前の少年を見る。
「綾那の言う事は信じてやるが、俺は自分の目で見たモノしか信じない」
「……それは結局信じてないんだろ?」
「うるせぇっ! さっさと構えろっ! 白髪!」
「……白髪じゃない」
大和は一瞬、眉をひそめる。
だが、それ以上は表情も態度も変わらない。刀を握る手には僅かに力が入ったが。
菊助は余裕の笑みを浮かべ、
「お前が勝ったら、名前を覚えてやる」
「……そうか」
その言葉に大和は目を閉じた。短く息を吐き――僅かに目を開く。
そして、静かな声音で告げた。
「なら名前は覚えなくていい。お前には勝つけど」