子供達の事情 2
「なっ……」
言われて、菊助は思わず呻く。
周りの子供達も唖然としていた。
「うわ~……」
「言い切っちゃった」
「二人共頑張れ~♪」
ただ一人、気楽な様子で応援などしている綾那。
菊助はかぶりを振ると、構え直し、
「そんな事言えないくらいに伸してやるっ!」
はっきりと怒りの色を滲ませて、菊助が真っ直ぐ突進してくる。
「やあぁぁぁぁ――――っ!」
「…………」
大和は特に構える素振りも見せず、ただ自然体で少年を見据えた。
彼の剣が届く瞬間――大和は半歩動いて、菊助をヒョイとかわす。
「ああぁぁぁぁ?」
先程の掛け声の延長のような声をあげて、菊助が体勢を崩す。
そこに居るはずの相手が一瞬で消えて――……
菊助が理解するより先に、彼の背中に衝撃が走る。
バシィッ!――
「!」
当然と言えば当然だが、完全に大和に背を向けていた菊助は、背中を打たれ、そのまま転倒した。
「…………」
辺りがしん……と、静まり返る。
暫くして、赤毛の少女が口を開いた。
「……あれ。どうなったの?」
誰にともなく問い掛ける赤毛の少女に、隣にいた少年が曖昧な様子で答える。
「……いや。菊助が真っ直ぐ突っ込んで行って転んだように見えたけど……」
「……よねぇ?」
側で見ていた子供達の会話を適当に聞き流すと、大和は菊助を見下ろし、
「一本取ったぞ」
短く告げる。
背後から――しかも頭上から降ってきたその言葉に、菊助は頭に血が上るのを感じた。
菊助は勢いよく跳ね起きると、刀を大和に突き付けた。
「今のは……その……ほんの小手調べだ! 次は本気で行くからなっ!」
「…………」
大和は無言でため息をつく。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
菊助が再びこちらに突進してきた。
大和は、先程と同じように菊助をかわして、彼を地面に転がす。
「くそぉっ! もう一回っ!」
今度は即座に起き上がり、菊助が刀を振り上げる――
その後。
菊助は十回大和に挑み、十回地面に転がされた。
「……何でだっ!? 何でこうなるっ!?」
地面を叩いて悔しがる菊助を見て、大和がポツリと呟く。
「……そんな大振りの攻撃が当たる訳無いだろ」
「何っ!?」
キッと大和を睨み付ける菊助に、綾那が声を掛けた。
「もういいでしょ、菊助。 大和が強いの分かったでしょ?」
「……うっ……」
苦々しく呻く菊助に、他の子供達も口を挟む。
「そうそう。何回やっても結果は同じだったんだから、そろそろ認めたら?」
「菊助がこんなに負けるのも珍しいし。実力は確かなんじゃないか?」
「うぅぅ……俺は……負けてないっ!」
「!」
そう言って、菊助はでたらめに刀を振り回した。
「わっ!」
「危なっ……!」
大和は軽く舌打ちすると、刀を握りしめる。
バシッ!――
「…………っ!」
癇癪をおこしたように暴れていた菊助の刀を大和が弾いた。
とすっ……と、軽い音を立てて、菊助の持っていた玩具の刀が地面に落ちる。
「…………」
弾かれた刀と、打たれた手を交互に見詰める菊助に、大和は問い掛けた。
「……まだやるのか?」
「……うぅっ……」
菊助が苦渋に満ちた表情で呻く。
彼が何か言うより先に、他の子供達が声を上げた。
大和を取り囲み、
「スゴーイ! かっこいいーっ!」
「綾那が言った通り、ホントに強いな!」
「……いや……別に大したこと……」
「ねっ? 言った通りでしょ?」
「コラァ! お前らぁっ!」
自分を無視して盛り上がる少年らに、菊助が怒鳴る。
彼らは菊助の方へ視線を向け、
「なんだよ、菊助。今さら仲間にしないとかはナシだぞ」
「そうよ。こんなに強いコ仲間にしないなんてもったいない」
「……そうじゃないっ! 仲間には……してやる……」
菊助は俯きながらモゴモゴと呟き、再び大声をあげた。
「でもそいつは一番下っぱだからなっ!」
「……何でもいいけど……これ。返す」
大和は、菊助に玩具の刀を投げた。大和の投げた刀を菊助は受け止め、弾かれたもう一本の刀を拾いに行く。
それを横目で見ていると、隣に居た赤毛の少女が名乗った。
「あたしは沙月! 沙月って呼んでね♪」
「俺は涼助だ。お前、大和って言うんだろ?」
「……ああ」
赤毛の少女――沙月に続いて、もう一人の少年、涼助も名乗る。
大和は頷いて、涼助に問い掛けた。
「……で。お前ら一体ここで何やってるんだ? 玩具で打ち合いするだけか?」
訊かれて、涼助は笑った。
「違う違う。あれは仲間になるヤツを試す試験みたいなモンだよ」
「……試験?」
大して興味があった訳でもなかったが、大和は僅かに首を傾げた。
涼助は頷く。
「俺達はある場所の探検に行こうと前から計画を立ててたんだ。でもそこは危ないから、強い仲間を探してるって訳さ」
「……ふーん」
大和は曖昧に相槌を打つ。
何故危ないと分かっている場所に、わざわざ行こうとするのか分からない。
分かっていて――それでも行こうと言うのだから、何か目的があるのだろうが。
「……その場所っていうのがあの山だ」
言ってきたのは、菊助だった。
彼がその山を指さす。
「……え」
大和は小さな呻き声を漏らした。
菊助の指が指し示すその山は、妖魔・妖獣の巣窟だと言われている山――つまり、大和と斬影の暮らしている山だった。
大和が黙り込んでいると、涼助が熱っぽく話し掛けてきた。
こちらの顔を覗き込むようにして、
「大和! お前、知ってるか? あの山には魔物が住んでるんだ!」
「……ああ。まぁ……知ってる……けど……」
知ってると言うより毎日見ている。
だがなんとなく、彼らの様子を見る限り、それは言わない方が良いのかもしれないと大和は思った。
――理由はないが。
涼助は続ける。
「けど、この町に住んでる子供で魔物を見た事があるヤツはいない」
その後を継ぐように、菊助が口を開く。
「だから俺達が行って確かめて……本当に居たら、その化け物を倒して持って帰る。誰も見た事がないからな。みんなに自慢できるぞ」
「…………」
それを聞いて、大和は目を閉じた。
深いため息と共に言葉を吐き出す。
「……やめとけ」
「……何だって?」
大和の言葉に、菊助が眉根を寄せて聞き返す。
大和は彼らを見やり、
「やめとけ。あの山はそんなに安全な山じゃない。下手に踏み込んだら怪我じゃ済まない」
普段見ている山の光景を思い浮かべ――忠告する。が、菊助は聞く耳を持たない。
「さてはお前……怖いんだろ?」
「そうじゃない。お前らみたいなのが山に入ったら、妖魔の餌になるだけだ」
「そんなの行ってみないと分からないだろ」
こちらの言う事には噛み付かずにはいられないのか、菊助が口を尖らせる。
大和は嘆息した。
「行ってみなくても分かる。俺にも勝てないようじゃ妖魔とは戦えない。それに……そんな玩具は何の役にも立たない」
大和は菊助の持っている玩具の刀を示す。
それを聞いて、菊助は笑った。
「バカだな。さっき涼助が言ってただろ? これはあくまでも仲間の実力を確かめる為の物で、魔物と戦う為の武器は別に作ってるんだ。明日はそれを持って行く」
それを聞いた大和は、訝しげな表情を浮かべた。
「……武器を作る?」
「そうだっ!」
自信たっぷりな様子で胸を張る菊助。
大和は、この場に居る少年少女を見やる。この中にそういう技術を持つ者が居るのだろうか。
仮に居たとして――その武器をまともに扱える者が居なければ話にならない。
「……この中で一番強いのは誰だ?」
大和は誰にともなく問い掛けた。
「菊助よ。町の子の中で勝てる人はほとんどいないの」
答えたのは沙月だった。
ぽんと手を打ち、
「あっ。でも今は大和かも♪」
「余計な事は言わなくて良いんだっ!」
「…………」
大和は無言でため息をついた。
「……ならやっぱりやめとけ」
「今さらやめるなんて出来るか! 明日は探検に行くっ!」
全く考えを変えない菊助に、大和は諦めたように深々と嘆息した。
――その時。
「おお。大和。こんな所に居たのか」
広場の入り口から、斬影が軽く手を挙げ、呼び掛けてきた。
「斬影」
大和はそちらに顔を向ける。
「……誰だ?」
「大和のお父さんよ」
「…………」
後ろで何やら話し声が聞こえるが、大和は聞こえないふりをした。
斬影がこちらに歩み寄ってくる。
「何だ。ちょっと見ねぇ間に友達増えたじゃねぇか」
大和が黙っていると、子供達が挨拶をする。
『こんにちは!』
「おう。元気だな、おめぇら。飴でも食うか?」
そう言って、斬影は子供達に飴玉を手渡す。
「わー♪」
「ありがとう! おじさん!」
「……お兄さんな」
「…………」
斬影は複雑な表情で呻く。
その様子を大和は無言で見据えていた。
斬影は振り返らず、
「……お前は帰ってからな」
「……もう帰るのか?」
大和が訊くと、斬影は振り返った。
「ああ。夜道はあぶねぇしよ」
「大和。帰るの?」
綾那が大和に声を掛けてきた。
大和は無言で頷く。
「そっかぁ……」
残念そうにする綾那。
大和は一度、子供達の方へ視線を向けると、そのまま歩き出した。
「おいおい。何か言ってやれよ」
斬影が声を掛けるが、大和は振り返る事もしない。
「やれやれ……悪いな。あいつはいつもああなんだ。悪気はねぇんだがよ。ただ……ちょっと照れ屋でな」
斬影がそう言った瞬間だった。
ガッ! と、斬影の頭に小石が直撃する。
斬影は頭を押さえ、怒鳴り声をあげた。
「こらぁっ! 大和っ! そういうモン投げんじゃねぇっ!」
「…………」
斬影が振り返った時には、大和は広場の外へ出ていた。
「ったく……まぁあんなヤツだが、また遊んでやってくれな。お前らも暗くならないうちに帰れよ」
「あ……」
そう言って、斬影も大和の後を追って歩き出す。
遠ざかる大和の背中に綾那は叫んだ。
「明日また遊ぼうねーっ!」
それにつられたように、他の子供達も声をあげる。
「そうだ! 明日ちゃんと来いよ!」
「待ってるからねーっ!」
背中を追ってくる声に、斬影は笑いながら大和に話し掛けた。
「良かったな大和。友達出来て」
「…………」
大和はプイッと顔を背けた。




