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白き鬼 5

 

 先程の狐を探そうと、清正が足を踏み出した――その時。


「!?」


 ふわっ……と、白い霧のようなモノが漂う。


「何だ!?」


 清正が驚いていると、霧の中――茶色い狐の尻尾が見えた。


「……これは……幻術?」


 大和が小さく呟く。


「迂闊に動かない方が……」


 これは清正と小夜に忠告のつもりで言ったのだが――……


「幻術! そうか! あの狐の仕業だな!」


 その声は途中で遮られ、清正は狐の後を追う。


「あっ! ちょっと待って! そんな風に追い掛けたらまた逃げられちゃうよ!」


「だからお前ら! ちょっと待っ……」


 二人は大和の声を無視して、深い霧の中へ消えていった。


「…………」


 大和は嘆息した。

 小夜はともかく、清正はどうも冷静さが欠けているようだ。まんまと狐の仕掛けた術にハマり込んでしまっている。

 このまま進んでも術に惑わされるだけだ。

 大和は辺りを見回す。霧の範囲はかなり広いように見える。

 ――が、背後を見やると霧が薄くなっていた。

 つまり、この霧が届く場所が狐の術の効果範囲という訳だ。

 大和は狐の作り出した霧の空間から外へ出る。

 霧は、まるで何かを守るように、森の中心部を濃く包み込んでいた。


「……森の中心に何かあるのか?」


 やはり、あの狐はかなり力のある妖だ。

 これほど広範囲に結界を張り巡らせるのは容易ではない。

 大和は、はぐれた二人と合流する為、狐の霧が及ばない場所を探して歩き始めた。


     ◆◇◆◇◆


 深い霧の中、清正は狐を追って走り続けた。


「待て! 止まれ!」


 狐は一瞬振り返ると、素早く身を翻し、茂みの奥へと姿を消す。


「……くそ。また逃げられたか」


 舌打ちして、毒づく。

 と――


「ちょっ……ちょっと待ってぇ!」


「ん?」


 立ち止まっていた清正の後ろから、声が聞こえてきた。

 見ると、小夜が走ってこちらに向かってくる。


「あれ。アンタ……ついてきたのか?」


「だって……あの狐さんを捕まえるんでしょう? 走って追い掛けたら怖がっちゃうよ」


「狐って言っても……相手は妖魔だし」


「でも、やっぱり追い掛け回すのは可哀想だよ。もっと……向こうから来てくれるような……そういう手立ては無いの?」


 小夜の言葉に、清正は考え込む。


「向こうから……か……」


 呟きながら、ふと顔を上げ、


「それはそうと……あの……大和とかいうヤツは?」


「……あれ? ついて来てくれてると思ったけど……もしかして……はぐれちゃった?」


「…………」


 清正は嘆息した。

 辺りを見回す。狐を追うのについ夢中になっていたが、周囲はかなり濃い霧に包まれている。


「……参ったな。これは迂闊に動かない方がいいかも……」


 清正がそう言った瞬間。


「あっ! あれ! 狐さんの尻尾!」


「何っ!?」


 小夜がすぐ側の茂みから、ひょこんと出ている狐の尻尾を見付ける。

 清正はそれを追おうとしたが、


「あっ。あっちにも尻尾」


「えっ!?」


 別の場所でも狐の尻尾が見える。

 よくよく見れば、尻尾は至る所で見えた。


「……どうなってるんだ……」


 清正の低い呻き声とは対照的に、小夜が気楽な様子で口を開く。


「ひょっとして……ここが狐さんの住み処?」


「……そんなまさか」


 清正は札を手に、


「これだけの数の妖魔がいて、気付かない訳ない。それに……」


 狙いを定め、一枚札を投げた。札は真っ直ぐ狐の尾に貼り付く。

 が、尻尾には何の変化も見られない。


「妖気の数は増えてない。これは……幻術だ」


「……幻術?」


 小夜は首を傾げる。

 清正は小夜の方へ向き直り、


「さっきの狐の妖術だ。そこに無いはずの物をあるように見せ掛ける……この霧が出た時……いや。霧そのものが狐の術なんだろうと思う」


「……どうするの?」


「このままだと、同じ場所を歩かされて体力を消耗するだけだ。だから……術を破る」


 それを聞いた小夜は目を丸くした。


「……術を破る? そんな事が出来るの?」


 清正は頷き、


「ああ。俺はまだそんなに大きな術は使えないけど……この程度の幻術なら……」


 そう言って、清正は持っていた杖を地面に突き立てる。


「破っ!」


「!」


 清正の掛け声と共に、杖から青白い光が伸び――辺りを包んでいた幻の霧が霧散した。霧が晴れると、周囲の景色も元に戻る。

 先程、清正の投げた札は茂みの側の岩に貼り付いていた。

 辺りを見回し、小夜が感嘆の声を漏らす。


「凄いっ! あっ。さっきのお札あんな所に!」


「……結構、術の範囲広かったみたいだなぁ……」


 一部、まだ霧が薄く残っている。

 清正は小さく呟いた。


「でも……とりあえず、これで元の場所に戻れそうかな」


 ――と、


「あれ……森の奥……湖かな?」


「ん?」


 小夜の言葉に、清正もそちらに視線を向ける。彼女が指を差す方向に、微かに水面が光っているのが見えた。


「本当だ。って事は森の中心部まで来てたのか」


 清正は暫し考え込み、


「とりあえず、湖まで行ってみよう。ここから戻るより湖で待つ方が良いかも」


「えっ? 待つって……狐さん?」


 小首を傾げる小夜に、清正はかぶりを振った。


「じゃなくて。大和だよ。アンタ……連れとはぐれたままじゃ困るだろ?」


「あっ! そうだ! 大和!」


 思い出したように手を打つ小夜。

 清正は苦笑いを浮かべる。


「……多分こっちを捜してると思う。さっきの光に気付いてくれてればいいけど……」


 そう言って、清正は湖の方へ向かって歩き出す。

 その先に何があるのか――この時、彼は気付いていなかった。



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