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白き鬼 4

 

 風が雲を運んでくる。

 大和は空を見上げ、


(……嫌な風だな)


 胸中で独りごちる。


「……居ないね。さっきの人。足速いのかな?」


 清正と別れてからさほど時間は経っていないが、彼の姿はどこにも見えない。


「……この先の森に入ったかもしれない」


「じゃあ行ってみよ」


 小夜は、まったく警戒する事なく歩いていく。

 一方、大和は進むにつれて、言い様のない不安が広がるのを感じた。

 そしてそれは、森に足を踏み入れた途端、より一層強くなった。


「静かな森だね」


「……静か過ぎるな」


「……えっ?」


 大和は警戒心を強める。

 その森は何の気配も感じられない。

 妖魔の気配はおろか、普段ならいるはずの獣の気配――鳥の(さえず)りさえ聴こえない。

 大和が注意深く辺りを見回していると、


「あっ! さっきの人!」


 小夜が声をあげ、指を差す。その方向を見やると、清正の後ろ姿が木々の合間に見えた。

 小夜は真っ直ぐ駆け出す。

 大きく手を振りながら、


「あのーっ! ちょっと待って下さーい!」


「ん? あれ……アンタさっきの……」


 声に気付いた清正は振り返った。


「どうしたんだ? 俺に何か用でも?」


 小夜はかぶりを振り、


「いえ……あの……この先は危ないかもしれないから行かない方が良いかもって大和が……」


「大和? ああ。あの白い髪の……」


 清正がそう言った時、少し遅れて大和が姿を見せた。


「……俺は別にわざわざ伝えに行く程じゃないって言ったんだが……」


「鬼に襲われる被害はこの辺りに集中してるし、まだ鬼がこの辺にいるかもしれないから引き返した方が良いかもって……」


 それを聞いた清正は、軽く笑った。


「鬼がいるなら好都合だ。俺はそいつを倒しに来たんだし」


「でも……人の手には負えないかもしれないって」


「……それは見てみなきゃ分からない。この辺は妖魔が比較的大人しいから、備えが無くて被害が大きくなったのかもしれないし」


 清正はちらと大和の方へ視線を向け、


「これを伝えにわざわざ?」


 大和は肩をすくめる。


「……元々こっちへ来る予定だったからついでだ。まぁ……話を聞く限りじゃ、この辺りの町や村は大きな被害を受けてるみたいだから行くのは避けようと思ってたんだが……」


「そうか。忠告ありがとう。でも、一応それなりのつもりで来てるから」


「お天気も悪くなって来てるし……雨になったら野宿するのは大変かも……」


 清正は小夜の方へ向き直り、


「それも覚悟はしてる。町や村が無くなってるんだから、宿は当然使えないだろうしさ」


「……はぁ。そう……ですか」


「だから言っただろうが」


 拍子抜けしたように呟く小夜に、大和は嘆息した。


「でも心配してくれたんだろ? ありがとう」


「あ……いえ。足を止めてすみません」


 小夜が頭を下げる。

 清正はかぶりを振った。


「いや。それは構わない。実は……ちょっとこの先に行くのを躊躇ってたところなんだ」


「……えっ?」


 小夜がきょとんとする。

 清正は大和に視線を投げ掛け、


「この森はなんかおかしい。アンタなら分かるだろ?」


「……ああ」


 清正の言葉に、大和は頷く。


「動物も妖魔も姿が見えない。こんな事は普通ない」


「だろ? 俺もこんなのは初めてだ。小さな妖気は感じるんだけど……」


「小さな妖気?」


 大和が訊くと、清正は頷いた。


「ああ。小物みたいだが……この辺りで妖気を感じた。それで追ってきたんだけど……」


 小夜がぱんと手を鳴らし、


「もしかして白玉かな?」


「……白玉?」


「……白い毛玉の事だ」


 疑問符を浮かべる清正に、大和が告げた。

 清正は、ああと呟き、


「違う。あれは妖魔だけど、人に危害を加える事はまず無いし、さっき感じた妖気はそれより強かったから」


 キョロキョロと辺りを見回し、


「……この辺りにいる感じはするんだよな」


 清正がそう言った時だ。

 ――ガサッ。

 茂みの奥から、何かが顔を出した。


「…………」


「狐……かな?」


 小夜の言う通り、それは確かに狐だった。

 ただし、二足歩行している。


「可愛い♪」


『……あ』


 狐はこちらと顔を合わせるなり、抱えていた木の実をバラバラと落とした。

 清正は札を手に叫ぶ。


「こいつだ! さっきから感じてた妖気はこいつのだっ!」


「ええっ!?」


 清正は札を狐に向かって投げ付ける。

 狐は素早い動きでそれをかわし、一目散に逃げ出した。


『お……鬼様ぁぁぁっ!』


「喋った!?」


「待てっ!」


 小夜が驚いていると、その横を清正が走り抜けた。


「あっ! ちょっと待って!」


 狐を追う清正を、小夜が追いかける。


「待て! 二人共!」


 大和が制止の声をあげるが、二人はそのまま狐を追っていく。

 舌打ちして、大和は二人の後を追った。


(……あの狐……)


 聞き間違えでなければ、狐は『鬼様』と言っていた。

 その『鬼様』とやらが村を襲っている鬼と関わりがあるのかは分からないが、何か知っている可能性はある。

 何より、あの狐は人に理解出来る言葉を使っていた。見た目より長生きしていて、妖力のある妖に違いない。

 すぐ二人に追い付いて、大和は清正に声を掛ける。


「さっきの狐は?」


 清正はかぶりを振って、


「ダメだ。見失った。あの狐……素早いな」


 清正の顔を覗き込み、小夜が口を尖らせる。


「そんな怖い顔で追い掛けるから……もっと優しくしてあげないと。あんな小さい狐さんなんだし」


「何言ってるんだ。相手は妖魔だぞ?」


「……こいつはいつもそうなんだ」


 大和はため息まじりに呻く。


「……せっかく手掛かりを見付けたと思ったのに……」


 はぁ……と息をついて、清正がぼやく。

 小夜は元気付けるように、軽く清正の肩を叩いた。


「まぁまぁ。まだその辺にいるかもしれないし。探してみよう?」


 言うが早いか、小夜はその辺りの茂みを掻き分け、


「狐さ~ん。いじめないから出て来て~」


「なんか……変わった娘だなぁ」


「…………」


 大和は無言で顔を背ける。

 清正は腰に手を当て、軽く息を吐いた。


「とにかく……その辺りを探してみるか」



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