白き鬼 3
「……何でもいいけど……調べに行くつもりなら早い方が良いんじゃないか?」
「ああ。そうだな」
少年は出された茶を飲み干すと、立ち上がる。
「あ。そうだ。俺は清正っていうんだ。もし妖魔に襲われたりして困った時はいつでも相談してくれよ」
「……それは間に合ってる。俺も一応、退治屋だからな」
「まぁ……なんかあった時にはって事で」
少年――清正は、こちらに背を向け歩き出した。
肩越しに振り返り、
「それじゃ。どうもお騒がせしました」
清正は手を振って、去って行った。
「行っちゃった。ねぇ、大和。一緒に行かなくて良かったの?」
小夜の言葉に、大和はため息まじりに訊き返す。
「……何で一緒に行く必要があるんだ?」
「だって行き先は同じでしょう? だったら途中まででも一緒の方が良いんじゃないかな? なんだか怖そうな妖魔がいるみたいだし……」
「…………」
大和は考え込んだ。
あの少年――清正の話が本当なら、この先に行くのはあまり良くないかもしれない。
清正の持っていた地図を見た限り、この峠を越えた先にある村や町の多くは鬼に襲われている。
襲われた場所は、かなりばらつきがあり、何か意図的にその場所を狙っているようには感じられない。
ただ、この先に被害が集中しているようには見えた。なら、今は近付かない方が良い気がする。
大和が黙り込んでいると、小夜が不思議そうな顔で呼び掛けてきた。
「大和?」
「……この先には行かない方が良いかもしれない」
「……えっ? 何? 引き返すって事?」
大和は頷く。
「……ああ。さっきの話が本当だとしたら、村や町を襲っている鬼ってのは、一匹にしろ、複数で行動しているにしろ……かなり力のある妖魔だ。もしかしたら人の手には負えないかもしれない……」
「えっ!?」
小夜は驚いて目を見開いた。
「大和でもどうにもならないの?」
大和はかぶりを振る。
「……分からない。けど、迂闊に近寄らないに越した事はないだろ。俺にだって斬れないモノはある」
それを聞いた小夜はグッと拳を握り、
「だったら尚更行かなくちゃ! そんなに危ないならさっきの人にも教えてあげないと!」
「……あれでも一応、退治屋なんだ。被害の状況を確認して、自分の手に負えるかどうかくらいは分かるだろ。無理だと思えば引き返して来るハズだ」
「でも……もしその時、鬼に会ったらどうするの?」
「そりゃ倒すか逃げるか……逃げる為の手段もいくつか持ってるだろ……多分」
「…………」
小夜は口をへの字にして、大和に詰め寄る。
「このままほっとくのっ!? 大和は妖魔に襲われて困ってる人を助けるのが仕事なんでしょ!?」
「……俺の仕事はあくまでも妖魔退治だ。困ってる奴を助けるのは仕事じゃない」
「……そんなに行きたくないの? この先に」
「そうだな……あまり気は進まない」
「そんなに大和が行きたくないなら……私が行って、さっきの人に引き返すように言ってくる」
小夜はそう言うと、清正の後を追おうとする。
それを見た大和は、慌てて小夜の手を掴んだ。
「待てっ! お前一人で行ってどうする!?」
「だって大和は行きたくないんでしょ?」
言われて、大和は深々と嘆息した。
「……あのな。さっきの奴は、少なくともお前よりは妖魔に対しての知識がある。それに退魔師は妖気を読む力……あるいは妖気を察知する道具を持ってると聞く。能力なり道具なり持ってれば、逃げる事くらいは出来る」
「……道具? 能力?」
小夜が小首を傾げる。
「……退魔師は俺達みたいに刀を振り回して妖魔退治する連中じゃない。生まれながらに魔を退ける力を持ってる。さっきの奴が使ってた札や、特殊な術で妖魔を退治するんだ」
「大和の風の力みたいに?」
「……俺の力は退魔師のそれとは違う。とにかく、奴らは接近戦は得意じゃないのが多いから、敵の居場所をいち早く知る術をいくつか用意して行動してるんだ。だから危険な気配がすればすぐ逃げられる」
「ふ~ん?」
小夜は曖昧な様子で相槌を打つと、
「あ。じゃあ大和もその退魔師?……と同じような力があるって事?」
「……俺のは違うって言ってるだろ。俺は……どちらかと言えば魔を引き寄せる」
「そうなの?」
それには答えず、大和は立ち上がった。
「……何にしても……わざわざ行って知らせるほどじゃない。分かってて向かったんだ。それなりの覚悟もあるだろ」
「うーん……でも……」
いまいち納得しきれない様子の小夜に、大和は後を続ける。
「それに……峠を越えても、周辺の村や町は使えないんだ。当分野宿する事になる」
それは、小夜にこの先へ向かうのを思い留まらせる一言のつもりだった。
――が。
「えっ!」
小夜は驚いたような声をあげると、大和の手を引く。
「大変! なら、やっぱり教えてあげないと! ほら。何だか雲行きも怪しくなってきたし……」
「…………」
逆効果だったらしい。
大和は、空を見上げる。確かに小夜の言う通り、先程までよく晴れていたのに、雲が広がってきていた。
大和は、視線を空から小夜へと転じ、疲れたような声音で呻く。
「いや……だから……」
力無く肩を落とす大和の腕を、小夜が更に強く引っ張る。
「ほら大和! 早く追いかけよ!」
「…………」
何を言っても無駄らしい事を悟り――大和は深いため息をついて、しぶしぶ清正の後を追った。




