白き鬼 2
「良いお天気……」
その日はよく晴れていた。
穏やかな風がそよぎ、緩やかに時が過ぎる。
「いつもこんな風だと良いねぇ」
茶を啜りながら、小夜が呟く。
「……そうだな」
大和も湯飲みに口をつけながら、頷いた。
千乃と別れてから数日。峠の茶屋で、二人は一服していた。
あれからいくつか村や町を巡ったが、千乃に聞いた以外で、斬影と関わりのありそうな話は聞けていない。
そもそも、千乃が見た人物が斬影という保証もない。大和は嘆息した。視線を地面に落とす。
と――その時。
「おいっ! そこの白髪!」
「……白髪?」
「…………」
聞こえてきた声に、大和は顔を上げる。
今、この茶屋には客は自分達だけだ。その中で、髪が白い人間は一人しかいない。
視線の先には少年が一人。年は自分より少し下だろうか。
小柄で、少し癖のある黒の短髪。手には、特殊な力を持つ術師が使う杖が握られていた。
大和は眉根を寄せ、
「……何か用か」
すると少年は、ビッと杖を大和の方へ向け、声を張り上げた。
「やっと見付けたぞ! この妖めっ! 人々を苦しめる悪鬼はこの俺が成敗してくれる!」
「……は?」
少年の言っている事が理解出来ず、大和は怪訝な表情を浮かべる。
「ちょっと待て。俺は別に何も――……」
「覚悟っ!」
「!」
少年はこちらの言葉は無視して、杖を振りかざし突進してきた。
「大和っ!」
「……下がってろ」
大和は刀を抜き、真正面から少年の杖を受け止める。
「くっ……!」
「……おい。何を勘違いしてるか知らんが……俺は何も悪い事はしてないぞ」
「黙れっ! 妖の言う事など聞くものかっ!」
話し掛けてみるが、少年は聞く耳を持たない。
杖を引き、大和との距離を取ると、懐から一枚の紙切れを取り出す。
それを見て、大和は小さく呟いた。
「……札?」
少年の持っている杖といい、札といい――この少年はどうやら退魔師のようだ。
大和は、昔聞かされた知識を記憶の底から引っ張り出す。
退魔師は特殊な術や、法力を込めた札で妖魔を退治する。生まれながらにその力を持っていなければならない為、同じ退治屋でもこちらの方が稀少な存在で、より優れているとされていた。
実際に会うのは初めてだ。
大和が黙って少年を見ていると、少年は札をこちらに投げつける。
「喰らえっ!」
札は真っ直ぐこちらに向かい、大和の手に貼り付いた。
札が手に貼り付いた瞬間――苛烈な痛みが走り、大和は刀を落として、その場に膝をつく。
「くっ……!」
「大和!?」
その様子を見た少年は、再び札を手にする。
「やっぱり……人の皮を被っていたな。今その化けの皮剥いでやる!」
「ちょ……ちょっと待って!」
見兼ねた小夜が、慌てて大和を庇うように前へ出た。
「どけ! 俺はそいつを退治しなきゃならないんだ!」
「だからちょっと待って! 大和が何したっていうの!? どうしていきなりこんな酷い事を……!」
「……小夜」
「酷い? 酷いのはそいつだ! いくつも村や町を襲い……人々喰らってきた妖魔だぞ! 何でそんな奴を庇うんだ!」
小夜の言葉に声を荒らげる少年。
小夜は激しくかぶりを振った。
「おかしいよ! そんな話! 大和はずっと私と旅してた! 妖魔に襲われて困ってる人を助ける事はあっても、人を傷付けたりしてない!」
必死に叫ぶ小夜に、気圧されながらも、少年は口を閉ざさない。
「そ……そんな事あるもんかっ! だって聞いた話じゃ、白い髪に紅い眼! それに金色の角を持った鬼だって……」
「金の角?」
小夜が小首を傾げる。
後ろでしゃがみ込んでいる大和を見やり、
「大和に角なんか生えてないけど……?」
「……あれ?」
少年も首を傾げる。
札を仕舞い、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「あ……いや。だって……町で聞いた話じゃそいつは鬼って呼ばれてるって……」
「それは単なる喩えだ」
「大和」
札を剥がし、大和が立ち上がる。
札の貼り付いたところは、赤く爛れていた。
「大和! 手が……!」
「……別に大したことない」
大和は少年を睨み付け、
「……髪と眼の色はともかく……金色の角なんて分かりやすい特徴を見落とすとは……」
落とした刀を拾い上げ、鞘に戻す。
「だ……だって今まで聞いた話でそれらしい奴はお前しかいなかったし……もし鬼じゃないなら、何で妖にしか効かない札がお前に反応したんだ!?」
「……そんな事知るか」
「ねぇ。その村や町が襲われたのっていつの話?」
小夜が少年に問い掛ける。
少年は小夜の方へ向き直り、
「俺が話を聞いたのは四日ほど前だ。この峠を越えた所にある村が壊滅したって。その周辺の村や町も被害を受けてる」
少年が地図を広げて見せた。
それを見て、小夜は口を開く。
「だったらやっぱりおかしいよ。だって私達、まだここから先には行ってないもの」
「そんな……」
「…………」
思わず言葉を失う少年を、大和は無言で見据える。
冷や汗を垂らし、少年が頬を掻く。
「あー……その……俺まだ修行中で……よく勘違いしたりするもんで……」
「…………」
「ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる少年を見て、大和は深々と嘆息した。
「まぁ……誤解が解けたならいい」
「だってさぁ。紛らわしい頭の色してるから」
「悪かったな」
少年は長椅子に腰掛け、店員に茶を頼むと、ガックリと肩を落とした。
「あ~あ。また外れかぁ……家から持ってきた札が無くなっちまう」
ふと、少年が思い付いたように顔を上げた。
「そうだ。アンタ……ええと……大和って言うのか? ちょっと手ぇ見せてみろよ」
「…………」
「もう攻撃したりしないからさ」
疑わしげな眼差しで少年を見据えていたが――大和はひとまず手を差し出す。
「……ああ。これなら薬でなんとかなるか」
少年は小さな袋から薬瓶を取り出し、薬を大和の手に塗った。
「これですぐ痛みも引くハズだ。勘違いで怪我させちまったから……お詫びな」
「…………」
大和は暫く自分の手を見詰める。
「しっかし……おかしいなぁ。人間には効かないハズなんだけど……」
ぼやく少年に、小夜が問い掛けた。
「よく分からないけど……要するに失敗って事?」
「……いや。これは家から持ってきた札だから失敗するなんて事は……」
「…………」
自分の手に札を貼っては首を傾げる少年を見ながら、大和は思う。
妖にしか効かない札というのは、恐らく間違い無いだろう。
自分は人間だが、鬼の血が流れているのだから。
(……鬼……?)
ふと、先程少年が言っていた事を思い返す。
白い髪に紅い眼。
金色の角……
「……その鬼どこで見たって?」
「……ん?」
大和が訊ねると、少年はこちらに顔を向ける。
「俺が会った訳じゃないけど、鬼に襲われた村から逃げてきたって奴の話を聞いたんだ。この先にある村で鬼に襲われたらしい。生き残ったのはそいつだけだって」
少年は虚空を見据え、
「鬼は月明かりの下、長い白銀の髪を靡かせて……」
と――唐突に言葉を切り、大和を見る。
「そういえば……アンタの髪は短いな」
「……そういう情報があるならもっと確認してから行動しろ」
「いや……『白い髪白い髪』って思ってたからついうっかり……」
「…………」
「ほんとすみません!」
再び頭を下げる少年。
大和は、無言でため息をついた。




