小さな影 5
それから二日後。
別段、大きな問題は起こらず――小夜の体調もすっかり良くなった。
「本当に……お世話になりました」
小夜がぺこりと頭を下げる。
千乃は笑いながら手を振った。
「いいよ。そんなの。元気になって良かったね」
大和と小夜の顔を交互に見やり、
「それよりさ……もう行っちゃうの?」
「……ああ。元々長居するつもりじゃなかったからな」
大和がそう言うと、千乃は僅かに肩を落とす。
「……そっか。残念ね。せっかく今日は町の祭りの日なんだけど……」
「お祭り!?」
“祭り”という単語に、小夜がぱっと反応する。
千乃は頷いた。
「そっ。年に一度のね」
小夜は瞳をキラキラさせながら、大和の方へ向き直る。
胸元で拳を握り、
「大和! 私、お祭り見て行きたい!」
「何言ってんだ。これ以上ここに留まる訳にいくか」
「あら。ウチなら全然構わないよ? 一日くらい延びたって」
「……いや。そういう訳には……」
「良いじゃない。もう一日くらい。せっかく小夜ちゃんも元気になったんだし。それに、大和の作るご飯美味しいしね」
「大和っ!」
「…………」
大和は視線を逸らす。
彼の口から否定の言葉が出ないのを肯定と受け取ったのか、小夜が大和の手をぎゅっと握り、
「良いの!?」
「……勝手にしろ」
「やった――っ!」
大和が仏頂面でそう言うと、小夜は手放しで喜んだ。
「良かったね。小夜ちゃん」
「うん! お祭りなんて……凄く久し振りだから楽しみ♪」
「…………」
キャッキャッとはしゃぐ二人を見て、大和は深いため息をついた。
胸中で呟く。
(……祭りか。そういえば……昔、一度だけ……)
幼い頃、一度だけ連れて行ってもらった――というより、連れ出された事がある。
それ以来、大和は一度もそういう場所に足を運んだ事が無かった。
◆◇◆◇◆
夕暮れ時。
灯りが、いつもより町を鮮やかに彩る。
行き交う人々の顔も明るく、楽しげだった。
昔見た祭りの風景とよく似ている。
そして――
「大和ぉ! ほら見て。これ可愛い~♪」
「…………」
猫のお面を手にして、嬉しそうに笑っている小夜を見て、大和は嘆息した。千乃は急遽、薬の注文が入った為に来ていない。
小夜は元気になった途端、あちこち勝手に歩き回る。
祭りの風景といい、小夜の行動といい……何かを髣髴とさせる。
(……なんか……)
「あっ!」
大和がそれを思い出すより先に、何か見付けたらしく、小夜が走り出した。
「おい! どこ行くんだよ!?」
こちらの声は無視して、小夜が人混みに紛れて行く。
「…………」
大和は無言でため息をつくと、通りから少し離れた場所にある石の上に腰掛けた。
ぼんやりと町の様子を眺める。
あの頃もそうだった。
自分を連れ回して、勝手に居なくなって。
それで、幼い自分は一人町の様子を眺めていた。
(――大和――)
呼び掛ける声に、少年は顔を上げた。
自分が俯いた時、いつも顔を持ち上げてくれる。
いつも手を差し伸べてくれる。
大和は目を閉じた。記憶の片隅にある――思い出。
それは、懐かしいというより、惜しむ色が濃かった。
大和が再びため息をついた――その時。
「はいっ♪」
「…………」
「大和はこういうの……嫌い?」
大和の目の前に綿菓子を差し出し、小夜が訊いてくる。
大和は暫し無言で小夜を見詰め――
「……いや」
かぶりを振って、綿菓子を受け取った。
「嫌いじゃない」
「良かった♪」
にこっと笑って、小夜は大和の隣に腰掛ける。
「私、昔……ちっちゃい頃に一回だけ村のお祭りに連れて行ってもらった事があるんだ。その時買って貰った綿菓子が凄く美味しかったの♪」
「……そうか」
「その後、村は妖魔に襲われるようになったから、お祭りはしなくなったけど……今年はするのかなー。今年はさすがに無理かな」
「…………」
綿菓子を食べながらそんな事を言う小夜を見て、大和はぽつりと呟いた。
「……なんか似てるな……」
「ん? 何が?」
「……いや」
大和の小さな呟きに、小夜が疑問符を浮かべる。
「……お前が俺の――……」
言いかけて、大和は口を噤む。
「……? 俺の……何?」
促す小夜に、大和は後を継ぐ言葉を探す。
一瞬出かかった言葉は飲み込んで、当たり障りのない事を口にする。
「……俺の……捜してる奴に」
「……えっ?」
小夜はきょとんとこちらを見返し、
「大和の捜してる人って……男の人じゃなかったっけ?」
「……別に外見的特徴が似てるって訳じゃない」
「じゃあ何が似てるの?」
「…………」
訊かれて、大和はため息まじりに答えた。
「……自分勝手で子供っぽくて、人を振り回すところ」
「……そんな事言われても全然嬉しくない」
下唇を噛んで、拗ねたような口調で言う小夜に、大和は短く告げた。
「……だから安心する」
「えっ?」
そうやって自分を引っ張ってくれるから、前を向いていられる。
そこに大切なモノがある事を気付かせてくれる――だから、自分自身を保っていられた。
だが、彼女にその理由は理解出来なかっただろう。
訝しげに眉根を寄せて、
「……なんかよく分かんない」
「別に分からなくていい」
「でもひとつ分かったよ」
「……何が?」
「私は自分勝手で我が儘に大和の事を振り回せばいいって事ね?」
「…………」
大和は半眼で彼女を見据え――ため息をつくと、綿菓子を口に運ぶ。
あの頃と同じ、甘い味がした。
僅かに表情が緩む。
それを見た小夜が、こちらの顔を覗き込むようにして、訊いてくる。
「……大和って甘い物が好きなの?」
「……なんだ。急に」
「だって、大和がそんな顔するの初めて見たから」
「…………」
大和は顔を背け、
「……別に嫌いじゃない」
大和がそう言うと、小夜はうんうんと頷き、
「そっかぁ。大和は甘い物が好きなんだぁ♪」
にこにこと笑う小夜に、大和は半眼になって呻く。
「……だったらなんだ」
「なんか嬉しい♪」
「……嬉しい?」
「うん♪ だって私……大和の事、殆ど何も知らないから」
「…………」
「好きな物も嫌いな物も……昔どんな所に住んでたとか……」
「とりあえずお前の料理は嫌いだ」
「ええっ!? そんな酷いっ!」
割って入る形で大和が言ってきた言葉に、小夜は非難じみた声をあげる。
それは無視して、大和は呟いた。
「……後は……そのうち話す」
「そのうちって……いつ?」
「そのうち。気が向いたら」
「え~……」
声を落として、呻く小夜。
大和は立ち上がり、
「……嫌なら話さない。別に面白い話でもないし」
そう言って、小夜を置いて歩き出す。
小夜はすぐに追い付いくと、大和の隣を歩きながら、首を横に振った。
「嫌じゃない。うん……大和が話したくなった時でいい」
「…………」
大和は一瞬、小夜の方へ視線を向け――すぐに目を逸らす。
「……明日は朝一でこの町を出るぞ」
「うん。分かった」




