ある日の一日
それは、斬影と町へ買い物に行った数日後の事。
「じゃ、留守は任せたぜ」
斬影はその日、朝早くに出掛けて行った。この日は大和一人で留守番という事になる。夕方には戻ると言うので、それまで大和は掃除やら洗濯やらの家事をこなす。
彼らの住む家は人里から少し離れた山の中腹にある。その山は野生の獣だけでなく、妖魔も多く生息している為、普通の人間は滅多に近付かない。
斬影はあれでそれなりに腕の立つ妖魔退治屋で、鍛練の為にもこの場所を選んだのだという。
そんな場所だから来客も無い。
大和は薪割りをしながら、ぼんやりと空を見上げた。
木々の間から見える空は青い。
と――
「……またお前か」
大和はぽつりと呟いた。彼の頭の上には、何やら白い毛玉のようなモノが乗っている。
この毛玉は大和が一人でいる時やって来る、この山に住む妖魔の一種だ。
小物に見えても、どんな力を持っているか分からないのが妖魔の怖い所で、斬影には迂闊に触るなと言われていた。
「…………」
大和は足元にある小石をひとつ拾い、それを頭の上に乗せた。
すると――
ガリガリガリ……
どこが頭だか胴体だか分からないその毛玉は、小石をガリガリかじる。
「……旨いか?」
訊いたところで、返事は返って来ない。
毛玉はひたすら小石をかじり続けていた。
つまりこの毛玉に不用意に触れれば、その手を噛み砕かれるという事だ。
大和は小石をいくつか拾うと、家へと戻る。
頭に毛玉を乗せたまま。
斬影が居る時、この毛玉は姿を見せないし、何よりこんな風に妖魔を頭に乗せていると叱られる。
本当に危険なモノもいるが、少なくともこの手の小さい妖魔が大和に危害を加える事は無かった。
大和は家に戻ると、簡単に昼食を済ませた。
毛玉は相変わらず石をかじっている。
退屈かどうかと聞かれれば、この上なく退屈だった。寝そべって、石をかじっていた毛玉を指先で弾き転がす。毛玉はコロコロ転がり、壁に当たって止まると、音も無く元の場所に戻ってくる。
それを何度か繰り返し――ふと、棚の上にある飴玉の袋に目をやった。
「…………」
この間、斬影と買い物に行った時に買った物だが、渡されてから一度も手を付けていない。
何気なく手に取り、暫く見詰める。そして、せっかく買った物だと思い、袋を開けた。
中には色とりどりの飴玉が入っている。
大和はそれを一つ摘まみ、口の中へ放り込んだ。
「…………!」
その瞬間、飴玉の甘さに思わず表情が綻ぶ。
元々、斬影があまり甘い物を食べない上に、大和もさほど興味を示さなかったので、この家には甘味が殆ど無い。
ゆっくりと舌の上で飴玉を転がし――これは悪くないと大和は思った。
◆◇◆◇◆
その日の夕暮れ。
斬影は予定より帰りが遅くなり、足早に歩みを進めた。
「今帰ったぜ!」
と、勢いよく戸を開けたが、部屋の中はしんと静まりかえっている。
「……何だ? エラく静かじゃねぇか。まぁ、アイツ一人で騒がしい訳もねぇが」
見ると、部屋の隅で大和が寝ていた。
「おいおい。んな所で寝てたら風邪引くぞ」
そう言いながら、今まで病気らしい病気をしていないので、心配の必要は無いだろうと思う。
と――
「……ん?」
眠っている大和の手に何かが握られている。
「……こいつは……」
それはこの間、大和に買ってやった飴玉の袋だった。中身は空のようだが。
ふと、大和の顔を見て、斬影は微苦笑を漏らす。
「……そういう顔も出来るんじゃねぇか」
何やら穏やかな表情で眠っている大和を起こさないように、そっと毛布を掛けてやる。
静かに眠る大和の傍らで、次から土産はこういう物にしようと、斬影は空になった飴玉の袋を眺めた。