鬼の子 3
「……喋るようになったは良いが……これじゃあなぁ……」
「…………」
ガックリと項垂れ、斬影は深々とため息をついた。
今までの事を思えば、今更子供らしい反応など期待してはいなかったのだが。
顔を上げ、大和の頭をポンポンと軽く叩く。
「まぁ……あれだ。うるせぇと思ったら耳塞いでろ。俺が代わりに聞いといてやる」
「…………」
大和は暫し斬影を見据え、
「アンタじゃ色々聞き逃しそうだな」
「……喧嘩売ってんのか?」
「……でも……」
「ん? 何だ?」
大和は抱えていた荷物に顔の辺りまで持ち上げる。
抱え直したというより、斬影には顔を隠しているように見えた。
「何だ? どうした?」
「……何でもない」
そのまま歩き出す大和の背中に、斬影は呼び掛ける。
「何だよ! 言いかけてやめるな! 気になるだろが! 何かこー……痒い所に手が届かない的な感じで気持ち悪いだろ!?」
それほど距離が離れていた訳ではないが、斬影は駆け足で大和の後を追った。
追い付いてきた斬影の方は見ずに、大和が口を開く。
「痒い所があるなら掻いてやろうか?」
「いいよ。お前がやると血塗れになるし……っていうか、今のは物の喩えだ」
「分かってる」
どこまでも淡々と言う大和に、斬影は頬を引き攣らせる。
「……お前なぁ……」
斬影がため息まじりに口を開いた――その時。
「……お?」
大和の姿が視界から消える。反射的に背後を見やると、大柄な男が大和の首根っこを捕まえていた。
ついでに、自分の首筋にも冷たく光る銀色の刃が突き付けられる。
斬影は半眼になり呻いた。
「……取り巻き連れて戻って来るたぁ……お前ら相当の暇人だな」
斬影の首筋に刀を突き付けている男――
それは昼間、斬影から財布を盗もうとしていたあの男だった。
周囲には男ばかりが五人。
それぞれが皆、武器を手にしている。
日の暮れかかった町の外れ。
他に人気は無い。
「……さっきはよくもやってくれたな」
男の言葉を聞いて、斬影は口を尖らせた。
「おいおい。先にちょっかい出して来たのはてめぇだろ。大体、やったのは俺じゃねぇ。あのガキだ」
そう言って、大和を指差す。
「子供の責任は親の責任だろ?」
「大和~。お前が余計な事するから要らん責任負わされたぞ。どうしてくれんだ」
「……知らん。財布盗られたアンタが悪い」
そう言って、大和はそっぽを向く。
やれやれと斬影は嘆息した。
刀に指先を触れさせ、
「……そんで? あのガキ人質に俺から集る気か?」
「怪我したくなかったら大人しくすることだな」
男の言葉に斬影は軽く笑った。
「やめとけ、やめとけ。アイツは人質にはならねぇぞ。むしろ凶器だし」
「……訳の分からない事を。怪我したくなかったらさっさと……」
「大和」
男の声を遮り、斬影が口を開く。
「殺すなよ」
その時、その言葉の意味を理解出来た者は居ないだろう。
当の本人以外は。
刹那――
ガシャァァンッ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「なっ!?」
大和は持っていた酒瓶を男の頭に叩き付けた。
酒瓶をぶつけられた男は、驚いて大和から手を離す。
「のあぁぁぁぁぁぁっ! 俺の酒がっ!」
派手に砕け散る酒瓶を見て、斬影が両手を戦慄かせ絶叫した。
そんな事はお構い無しに、大和は自分を捕まえていた男の脇腹を蹴り上げる。
みしっ……と生々しい音が響き、男が悲鳴をあげて後ろに倒れていく。
「こっ……このガキィィィィッ!」
仲間がやられるのを見て、別の男が刀を振り上げる。
大和は、刀が振り下ろされるより早く男の懐に潜り込み、思い切り肘を打ち込む。
「……がっ……」
苦悶の色を滲ませる男の手から滑り落ちた刀を拾い、素早く背後に回り込むと、すかさず打ち据える。
「……なっ……何だあのガキは……」
斬影に刀を突き付けている男が震える声で呻く。
それに合わせて、刀もカタカタと音を立てた。
「だから言っただろ? 凶器だって」
「お前っ! 自分の子供にどーゆー教育してんだっ!」
当初の目的はどうでもいいのか――刀を放り投げ、男は斬影の胸ぐらを掴み上げる。
それには構わず、斬影は笑いながら答えた。
「いや~。俺もアイツがもうちょい小さい頃は、チャンバラに付き合ってやってたんだが……最近じゃ、奴とマトモに向き合うと命の危険を感じるっつーか……ちょっとほったらかしてたらあんな感じに」
「ほったらかしって……!」
ごきんっ!――
男の言葉はそこで途切れた。
「あっ」
背後から脳天を一撃され、男はズルズルと倒れ伏す。
それはあっという間の出来事で――
見れば男が五人。全員気絶していた。
「……あ~あ。お前、もうちっと手加減しろよ。死んでねぇだろな。こいつら」
心底呆れた様子で、斬影が呻く。
大和は刀を肩に担いで事も無げに、
「死んでない」
そう言って、足元で伸びている男の一人を蹴り上げた。
「――――っ!」
蹴られた男は声にならない叫び声をあげ、再び意識を失う。
男を指差し、
「生きてる」
「ああ。でも今ので死んだかもな」
大和の言葉に斬影は投げやりに答えた。
「ひでぇ事しやがる」
斬影は、のろのろと気絶している男の側に歩み寄ると、その場にしゃがみ込んだ。
「……俺の酒……」
斬影は割れた酒瓶を手に、しくしくと涙を流す。
その様子を眺めていた大和がぽつりと呟く。
「うん。割れた」
「割れたんじゃなくて割ったんだろうがっ! お前がっ!」
斬影は割れた酒瓶を投げ捨て、大和に詰め寄る。
「どうしてくれんだ……俺の唯一の楽しみをっ!」
「……弁償させればいいだろ。そいつらに」
男達を指差し、あっさりとそう言う大和に、斬影は乾いた笑みを浮かべた。
「……お前……こんだけボコボコにした挙げ句、懐のモノまで拝借しようなんざ……そりゃ鬼と言われても文句言えねぇぞ?」
「…………」
「大体なぁ……お前これ、俺の酒割らなくてもどうにか出来ただろ?」
言われて――大和は視線を逸らした。
その様子を見て、斬影は思い切り大和の肩を揺さぶる。
「お前っ! 分かっててやったなっ!? 分かっててやったろっ!?……楽しいか? 俺が落ち込んでる様を見るのはそんなに楽しいかっ!?」
「…………」
ひとしきり喚いてから、斬影はふいに動きを止めた。
軽く咳払いをし、
「……だが……まぁしかし。刃物で脅され、その恐怖で咄嗟に取った行動なら仕方ない」
次いで、足元で気絶している男達を見やる。
「コイツらも、いたいけな少年に刃物を突き付け、その心に深~い傷を負わせた罪は償わないと」
「…………」
斬影の言わんとしている事を悟り、大和は無言でため息をついた。
斬影はこちらに視線を向け、
「なっ? お前も怖かったよな?」
「別に」
笑顔で問い掛けてくる斬影に、大和は即答する。
斬影は半眼になり呻いた。
「……そういう時は怖かったって言うんだよ。怖くなくても」
「…………」
心底どうでも良さげな様子の大和から視線を外し、斬影は男達の懐を漁り始める。
「しっかし軽い財布だなー。見てるこっちが悲しくなってくるぜ」
「でも盗るんだろ」
「まぁな」
財布を漁りながら、ふと気付いたように斬影が顔を上げた。
「なんかお前……こんな時だけ妙に食い付きよくねぇ?」
「……気のせいだろ」
「いや……心なしか楽しんでるような感じが……」
「気のせい」
「…………」
きっぱり言い切る大和に、斬影は嘆息した。
財布を漁り終え、立ち上がる。
「……さてと。んじゃ面倒な事になる前に酒買って帰るか」
と、斬影がそう言った時――
「おいおい。何処行くんだよ」
大和は先程落とした買い物袋と中身を拾い上げ、斬影とは反対の方向へ歩き出す。
肩越しに斬影を見やり、
「先に帰る」
「何言ってんだ。お前一人で帰して、またこんなのに絡まれたらどうすんだよ?」
「……その時はまた倒せばいいんだろ? 一緒に居ても絡まれてるし」
「そうじゃなくて」
斬影は軽く頭を掻き、
「お前。手加減せんだろ?」
「…………」
「駄目だぞ。酒が不味くなるからな」
斬影は大和の首根っこをひっ掴むと、そのまま引き摺る。
「……うるせぇなら耳塞いでろって言ったろ?」
「…………」
引き摺られたまま、大和がぽつりと呟く。
「……耳塞いだら荷物が落ちる」
「なら俺が塞いどいてやる」
「……いい。遠慮しとく」
大和は首根っこを掴む斬影の手を振りほどくと、しぶしぶ彼の後ろを付いて歩く。
「……早めに済ませろよ」
「分かった、分かった」
さも詰まらなさそうに呟く大和の頭を、斬影はがしがしと撫でた。
「そうだ。せっかくだから、何か買ってやる。何が良い?」
「刀」
訊かれて即答する大和に、斬影は苦笑いを浮かべた。
「……それはまた今度な」
分かり切っていた事ではあったが、この少年が菓子や玩具など、可愛げのある物を欲しがる訳もなく。
町に戻って、斬影は酒と大和に飴玉を買うと、伸した男達と鉢合わせないよう回り道をして家に戻った。




