邂逅 6
生け贄を捧げて生き延びる村。
だが何れ、それも出来なくなるだろう。村は閉ざされ、人は確実に減っていく。
死んだ村――
そうかもしれない。
このままなら、遅かれ早かれそうなる。
大和がぼんやり窓の外を眺めていると、
「降りだして来ちゃいましたね」
小夜の声が、ほんの一瞬雨音を退けた。
大和はそちらに顔を向ける。小夜は、大和の前に食器を並べながら、
「外で寝る事になってたら大変でしたね」
「……そうだな」
大和は頷いた。
雨足は、徐々に強まっている。
と、彼女が用意した食事を見て、大和は沈黙した。
「…………」
用意されたのは米と吸い物。他には何も無かった。
妙に支度が早いとは思ったが……
大和の考えを察したのか、小夜が苦笑いを浮かべる。
「すみません。本っ……当に何も無いんで」
「……いや。別にいい」
貧しい食生活を送っているのは、何もこの娘だけでは無いだろう。この村に住んでいる者の殆どが、同じような状態にあるはずだ。
黙したままの大和に、小夜が笑顔で言ってくる。
「どうぞ。召し上がって下さい♪」
「……ああ」
小夜は、吸い物の入った椀を口元に持っていく。
大和も汁椀を取り、口を付ける。
吸い物を口に含んだ瞬間――
「!」
大和は思い切り咳き込んだ。
「ゲホゲホッ!」
「だ……大丈夫ですか!?」
小夜は、慌ててこちらに駆け寄る。
「どこか具合でも悪いんですか?」
心配そうにする小夜に、大和はかぶりを振る。
ゆっくりと顔を上げ、低く呻いた。
「……大丈夫だけど……お前……これ……」
「あっ」
大和の言わんとする事を察し、小夜は口元に手を当てた。
「……もしかして……お口に合いませんでした?」
「……口に合うヤツいんのか……?」
大和は半眼になって呻く。
彼女の作った吸い物は――恐ろしく不味い。
訊かれて、小夜は答えた。
「う~ん……多分居ないと思いますよ。誰が食べても不味いって言いますから」
「……だろうな」
その形容し難い味のする吸い物が入った汁椀を置いて、大和は湯飲みを手に取る。
先程出された茶は――幸いな事に、まともだった。
小夜は、ぱんと手を合わせ、
「でも死ぬようなモノは入ってないんで大丈夫です♪」
「……いや。味が大丈夫じゃない」
大和はかぶりを振った。
一体何を入れたらこんな味になるのか、全く見当がつかない。
そして、それを平気な顔で食べている彼女の味覚はどうなっているのか……
大和は深いため息をついた。
恐る恐る汁椀を手に取る。
「…………」
暫し汁椀の中身を見詰めて――再びため息をつく。
意を決して、大和は吸い物を口の中に流し込んだ。
俯いて、ぐったりとしている大和に、食事の後片付けを終えた小夜が声を掛ける。
茶を差し出しながら、
「大丈夫ですか?」
「……ああ……」
力無く返事を返す大和に、小夜は微苦笑を浮かべた。
「無理して食べなくても……残しても良かったんですよ?」
「いや……それはさすがに……」
食糧不足で満足な食事が出来ないこの村で――しかも、明日死のうかという人間が作った物を――不味いからという理由で残すというのは、何と言うか……してはいけない事のような気がする。
――人として。
大和はゆっくりと顔を上げる。
小夜の淹れた茶は、やはり熱いので、冷めるのを待つ。
茶を啜っていた小夜が、こちらを見据え訊いてくる。
「大和さんは一人で旅をしているんですか?」
小夜の問いに、大和は頷く。
「……ああ。ちょっと探しモノがあってな」
「探しモノ……宝探しですか!?」
「……人捜しだ」
瞳を輝かせる小夜に、大和は嘆息した。
「人捜し……ですか?」
「ああ。ふらっと居なくなって……それっきり。行方知れずになった」
「…………」
僅かに大和の瞳に陰りが出来る。
それは――どこか寂しげに見えた。
小夜は湯飲みを置く。
「そうですか……大切な人……なんですね」
大和は虚空を見据えた。
先程の陰りは、もう見えない。
「……大切……どうだろうな」
その言葉に、小夜は首を傾げる。
「違うんですか?」
大和は軽く頬を掻きながら、呟く。
「まぁ……違わない事もない……けど……それより、単に一発ぶん殴ってやらないと気がすまないだけだ」
「はぁ……そうですか」
いまいち彼と尋ね人の関係が見えず、小夜は困惑した。
とりあえず――
「じゃあ、無事見付かって――……」
小夜はグッと拳を握る。
「その人、殴れると良いですね♪」
「…………」
大和は沈黙した。
そういう返し方をされるとは思わなかったのだ。
彼女なりの応援や励まし――なのだろう。多分。
「……そーだな」
感情の無い声音で、大和は呻いた。
大和は小夜の方へ向き直り、
「そんな事より……俺もひとつ訊きたい事がある」
「……訊きたい事? なんでしょう?」
大和は真剣な表情で口を開く。
「この村は妖魔に生け贄を捧げて、それと引き換えに村の外へ通じる道を開けてもらうんだろう?」
「はい」
「それはどこで開くんだ?」
「……それを訊いてどうします?」
「訊いてから考える」
「…………」
小夜は大和を見詰めて――小さく息を吐いた。
「道は……生け贄を捧げる場所……つまり妖魔が住んでいる洞窟――その奥で開きます」
彼女は窓の方へ視線を転じ、
「生け贄となった者を妖魔が喰らい……その後、半月ほど道が開きます。その間に村の人が外から物を運んで来るんです」
小夜は再び大和に視線を向けた。
「それで……貴方はどうするつもりですか?」
「…………」
大和は、小夜から視線を外す。
「……この村のやり方に従うなら……アンタが喰われたら、次は俺が生け贄になる訳だな」
「……そうですね……」
大和は刀の柄を握った。
「でも俺はそんなモノに従う気は無い。俺は……この村を出る。どんな手を使ってでも」
「……どんな手を使っても?」
「ああ。こんな所で妖魔の餌になる気は無い」
ただ妖魔に喰われるのを待つだけの一生など願い下げだ。
それでは、今まで生きて来た時間すべてが無駄になる。
――あの日。彼が大和を護る為に、命を懸けた事さえも。
「…………」
小夜は俯いた。
膝の上で拳を握る。
「私……明日お願いしようと思ってるんです」
「……お願い?」
小夜は俯いたまま続けた。
「以前は村に壁なんて無かったんです。妖魔の監視の目はあったけれど、村の出入りはそれほど難しくありませんでした」
「…………」
「……でも……ある日、村の人が妖魔退治を専門に請け負う人を連れて来て……退治を依頼したんです」
だが退治する事は出来ず、退治屋も付き添った村人も殺されたという。
「怒った妖魔は村に壁を作りました。そして……村からは誰も出られなくなったんです」
「…………」
「だから私……明日壁を無くしてもらえるようお願いしようって。普段洞窟に入る事は出来ませんけど……私は明日、直接妖魔と話が出来る。聞き入れて貰えるかどうかは分からないですけど」
小夜は顔を上げる。
「私に妖魔を倒す力は無いです。でも、もし明日……願いが聞き入れて貰えたら……きっと村の状態は良くなる。少なくとも閉ざされたままよりは、道が開けると思うんです」
そう言って、彼女は微笑んだ。
「私は……私に出来る事で、少しでも村の役に立てたら良いなって思ってます。この村が……少しでも良い方向へ変われるように」




