邂逅 5
暫く待っていると、足音が聞こえてきた。
大和は顔を上げる。
見ると、先程の娘が走ってくるのが見えた。
娘は大和の目の前で立ち止まると、肩で息をしながら、
「お……お待たせしました……」
「……大丈夫か……?」
「はい……大丈夫です。それに……待っててもらってる間に雨が降りだしたら大変ですから……」
娘は顔を上げ、にっこりと笑う。
「じゃあ、行きましょうか♪」
「…………」
他に行く当てがある訳でもなく――言われるまま、大和は彼女について行った。
暫く無言で歩いていたが、大和は少し気になった事を訊いてみる。
「……そういえば……アンタは一体何をしてたんだ?」
「えっ?」
訊かれて、娘がこちらに顔を向けた。
口元に人差し指を当て、
「う~ん……そうですねぇ……家内整理……でしょうか」
「……家内整理?」
大和は眉根を寄せる。
娘は笑顔で言ってきた。
「はい。私、明日生け贄になるので」
「……は?」
聞こえてきた言葉に――大和は思わず間の抜けた声をあげる。
娘は、にこにこと後を続けた。
「あんまり大きい物は持ち出せないですけど、使える物は欲しい人に譲ろうと思いまして」
「いや……ちょっと待て」
「はい?」
大和が発した制止の声に、娘は小首を傾げる。
大和は彼女の方へ視線を向け、
「明日生け贄になる?……アンタが?」
大和が訊くと、娘はまぶしい笑顔で頷く。
「はい!」
「…………」
あの老婆が言っていた事を思い出す。『今年の生け贄は決まった』――と。
それが、目の前に居るこの娘。
暫し黙していると、娘が訊いてくる。
「この村の事は……聞いたんですよね?」
「ああ……少し」
「じゃあそう言う事です」
娘は苦笑した。
「この村はそういう村なんです……妖魔に生け贄を捧げて、そして残った人が僅かな食糧を得て……僅かな時を生きる……」
「…………」
「この村はもう……死んでしまっているのかも……」
娘は俯き、僅かに瞳を曇らせる。
しかし、すぐ顔を上げると、慌てて手を振る。
「あっ! すみません。こんな話……」
「……いや」
その後は言葉が見付からず、大和は口を閉ざした。
と――
「……それはそうと」
娘は話題を変える。
「変わった髪の色してますね」
「…………」
そう言われ――黙っているのもおかしな気がして、大和は言葉を探す。
が、思い浮かばず――
「……ああ」
結局頷くだけにとどまる。
「元々そういう色なんですか?」
「……まぁな」
「そうですかぁ。この村では見た事無いです」
「…………」
物珍しそうにこちらを見る彼女に、大和はぽつりと呟く。
「……そう言うアンタも変わった髪の色だな」
「えっ? そうですか?」
娘は自分の頭を押さえた。長く――腰まで伸びている髪がふわりと揺れる。彼女の髪は、淡い桜色をしていた。
あちこち旅をしてきた大和だが、こういう色の髪は見た事がない。
彼女は、笑顔で言ってきた。
「でも私はこの色……気に入ってますよ♪」
「……そうか」
そう言って、大和は視線を逸らす。
「貴方の髪も綺麗ですよね」
「!」
突然彼女が言ってきた言葉に、大和は目を見開いた。
「それに、白い髪に赤い眼っていうのが目を引くっていうか……」
「あ……えと……」
「同じくらいの年頃で、こんなにかっこいい人見た事ないです♪」
「…………」
彼女は正直な人間なのだろう。思った事をそのまま口にする。
その正直過ぎる彼女の言葉に、どう返せば良いのか分からず、大和は虚空を見据えた。
軽く頬を掻き、視線を逸らしたまま――小さく呟く。
「……そりゃどうも……」
それから暫く歩いて――
「あっ。あれです。私の家」
彼女は、村の端にぽつんと一軒だけ建っている家を指さす。
家の戸を開けると、娘は手招きした。
「どうぞー! 入って下さーい♪」
「…………」
大和は暫し迷ったが、彼女に案内されて部屋へ入る。
通された部屋は――何とも殺風景だった。
家具も必要最低限。暮らしは決して裕福ではない。
それは村全体に言える事だろうが……
「どうぞ」
娘は大和の前に茶を差し出す。
「そう言えば……まだお名前を聞いてませんでしたね」
彼女はにっこりと笑い、
「私は小夜と申します。貴方のお名前は?」
「……大和」
彼女――小夜が淹れた茶から立ち上る湯気を見ながら、大和も名乗る。
小夜はお盆を胸元に抱え、
「大和さんですね。よろしくお願いします」
「……ああ……」
「じゃあ、私は食事の用意をしてきますから、大和さんはゆっくりしてて下さい」
小夜は立ち上がり、部屋から出ていく。
一人になって、大和はため息をついた。
茶は熱くて飲めない。
「…………」
大和は刀に触れた。
危険を感じての事ではない。何となく落ち着かない時にしてしまう、癖のようなものだった。
――彼女は明日死ぬ。
村の為に。
今までどれだけの人間が犠牲になったか知らないが、その者達と同じように、妖魔に喰われて……
ふと窓の外を見ると、雨が降りだしていた。




