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邂逅 3


 大和がその村にたどり着いたのは、町を出て三日後の事だった。深い森を彷徨い歩いた先に、その村はあった。

 霧の中、ひっそりと浮かぶ小さな村。その村に足を踏み入れて、大和は顔をしかめた。

 村は閑散としていて、人気(ひとけ)が無い。

 尤も、無人という訳ではなさそうだが。


「…………」


 大和が暫し立ち尽くしていると、


「おや、珍しい。こんなところに人が来るとは……」


 すぐ脇の道から、一人の老婆が姿を見せた。

 老婆はゆっくりとこちらに歩み寄る。すぐ側まで来ると、こちらを見上げ、


「旅の人かい?」


「ああ」


 老婆の問いに、大和は小さく答える。

 すると、老婆は深いため息をついた。


「そうかい。そりゃまた悪い時に来ちまったねぇ……」


「……悪い時?」


 老婆の言葉に、大和は眉根を寄せた。

 老婆は皮肉げに笑ってみせる。


「そうだよ。ま、この村に良いも悪いも無いけどね。年がら年中悪い時だから。けど、今は特に悪い」


「…………」


 老婆の言う事が理解出来ず、大和は怪訝な表情を浮かべる。


「……どういう事だ?」


 大和が訊くと、老婆は、ふんと鼻を鳴らす。


「じきに分かると思うけどね」


 そう言うと、老婆はじろじろと大和を眺めた。


「……ふん。まぁ……アンタは若いし、体力もありそうだからなんぞ仕事は見付かるだろう」


「…………?」


 大和はますます眉間に皺を寄せる。


「だからどういう……」


 苛立たしげに――ただし、なるべく感情を面に出さぬように――大和が口を開く。

 すると老婆は、それを遮るように言ってきた。


「この村で生活するなら、働かないといけないだろう?」


「……は?」


 困惑の色を強める大和に、老婆は笑う。


「別に俺はこの村で生活するつもりは無い。そんなに長居する気も無い」


「アンタの意思なんか関係無いさ。この村に入った時、そう決まったんだからねぇ」


「……なら今すぐここを出る」


 そう言って踵を返す大和の腕を、老婆が掴む。


「およし」


 老婆は大和の腕を掴んだまま、足元の小石を拾う。

 それを(おもむろ)に、先程大和が入って来た村の入り口へ向けて放り投げた。

 老婆の投げた石は、カツン……と、軽い音を立てて何かにぶつかり、跳ね返ってくる。

 石の表面は、少し黒く焦げているように見えた。


「……これは……」


 大和が驚いていると、老婆は大和の腕を離す。


「この村にはね……化け物が住み着いてる。そいつがおかしな力で村に蓋をしちまったのさ。見えない壁に覆われている。村に入る事は出来ても、外へは決して出られない」


「…………」


 大和は老婆の方へ向き直る。


「もう何年も蓋をされたままだ。誰も外へは出られない」


 老婆はくつくつと笑いだす。


「……でも年に一度、村のある場所で道が開く」


 大和は腕組みした。


「……ならそこから逃げ出せば良いだろ?」


 それを聞いた老婆は、笑みを濃くする。


「逃げられるモノならとっくの昔に逃げ出してるよ。出来ないからこうしてこの村に留まってるんじゃないか」


「…………」


「それに……その場所は、村の人間でも限られた者しか近付けない。そいつらはそこから村を出て、外から物を運んで来る。化け物の見張り付きでね」


 老婆は、空を見上げる。


「それが明日の晩。明日の晩、化け物に生け贄を捧げて、道を開けてもらうのさ」


「!」


 老婆は視線を、空から大和の方へ転じた。


「だから悪い時に来たって言ったんだよ。この村は普通の人間には近付けないが、たまに迷い込んでくるヤツがいる。儀式の前に迷い込んだヤツがいれば、そいつが犠牲になるからね」


「なっ……」


 言葉を失う大和に、老婆はただ笑う。


「だが――……」


 笑みを消し――ひとつ息を吐くと、付け加えてきた。


「お前さんは運が良い。今年の生け贄はさっき決まったところだ。寿命が一年延びたね」


 それだけ言うと、老婆はどこかへ向かって歩き出す。


「今のうちにどうするか決めておきな。ああそれと。儀式の前後はどこにも入れてもらえないから、その辺の軒下で雨露をしのぐんだね」


「何でどこにも入れてもらえないんだ?」


 大和が訊くと、老婆はぴたりと足を止めた。

 振り返り、


「儀式の前後は村周辺の妖魔も活発になるからね。用も無くふらふら出歩いてると、喰われちまうのさ。だから皆家に閉じ籠って出て来ないんだよ」


 なるほど……と、大和は胸中で納得する。

 確かに、この村周辺は雑魚ばかりだったが、妖魔が多いと感じていた。

 ふと気になり、大和は口を開く。


「……アンタは閉じ籠って無くて良いのか?」


 それを聞いて――老婆は目を細めた。


「お前さんは若い娘より年寄りが好きなのかい?」


「……いや別に」


 思ってもいなかった言葉に、大和は複雑な表情でかぶりを振る。

 老婆は嘆息した。


「化け物もね。こんな枯れたババアより、若い娘や子供の方が好みなんだよ」


「…………」


「だったら化け物に怯えてビクビク生活するより、堂々としてた方が良いだろ?」


「ああ……まぁ……」


 老婆は続ける。


「化け物共は生け贄を要求してくるけど、年寄りを差し出せと言ってきた事は一度も無い。この時期、外を歩いて妖魔に襲われた事も一度も無いねぇ」


 言って、老婆は不快そうに眉を顰めた。


「失礼な話だよ。あたしだって若い頃は村一番の美人だって言われてて、村の男達の視線を独り占めにしてたもんさ」


「……はぁ……」


 何だか話がズレ始め、大和は適当に相槌を打つ。

 愚痴るような老婆の言葉を聞きながら、胸中で呻いた。


(生け贄になりたいのか?)


 襲われないのなら、それは結構な事だと思うが――それより、一刻も早くこの場を去りたい。

 老婆は、その後も昔話を続ける。大和にはよく分からない話なので、大半は聞き流していた。

 そんな事より、考えなければならない事がある。

 この村を出る方法。

 村周辺を徘徊していた程度の妖魔なら、さほど苦も無く倒せる。道とやらが開いた時、無理矢理でも押し通れるかもしれない。

 場所さえ分かれば――

 大和はちらと老婆を見やる。

 さすがに、もうこの老婆に話を聞く気にはなれない。

 誰か話を聞けそうな人間を探すしかないだろう。


「……と、それがあたしとじいさんの馴れ初めだった」


「……ふーん……」


 漸く終わったらしい。

 音には出さず、大和は嘆息した。


「おっと。つい長話しちまった。悪かったねぇ。付き合わせて」


 老婆は空を見上げる。


「雲が広がって来たね。降り出す前に帰るとしようか」


 そう言うと、老婆は歩き出す。


「お前さんも早いとこ寝床確保するんだね」


「…………」


 大和は視線を上に向ける。

 見上げた空は、確かに一雨来そうな感じだった。

 ああと呟き、老婆が振り返る。


「何なら家に泊めてあげても良いよ。掃除でも薪割りでも……仕事はいくらでもあるからねぇ……まぁ、気が向いたらおいで」


 ヒヒヒ……と、薄気味の悪い笑みをこぼして、老婆は去って行った。



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