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鬼の子 2

 

「…………」


「ん……? どうした?」


 不思議そうな顔の店主に、斬影はひとつため息をついた。

 大和の頭に手を乗せ、


「大和。返事期待しても無駄だぞ。何せ、こいつは七年間口閉じたままだからな。ああまあ、飯食う時は開くけど」


 それを聞いた店主は目を見開く。


「七年?……何だ。このボウズは喋れないのかい?」


 店主の問いに、斬影は曖昧に答える。


「さぁてな。腕の一本でもへし折れば、悲鳴くらいはあげるかもしれねぇが」


「おいおい」


 斬影の言葉に、店主は呆れたような表情を浮かべた。


「本気でそれくらいしなきゃ顔色も変えねぇし、声も出さねぇ……ま、やった事はねぇが」


 ぐしゃぐしゃと大和の頭を撫でながら、斬影は笑う。

 店主は大和の方へ視線を向け、


「しかし……声が出ないんじゃ色々大変だろう」


「何。別段不便に思った事はねぇよ。俺は。こいつは自分の事は勝手にやるし、手間が掛からなくていい」


 斬影はそう言いながら、大和の頭を撫でていた手を止める。


「……喋らないのはともかく……何か反応して欲しいとは思うがな」


 先程から無表情の少年に、斬影はため息まじりにぼやいた。



「どうだ? たまにはこうやって外の空気に触れるのも良いモンだろ?」


 粗方の買い物を済ませて、焼き菓子をかじっていた斬影が口を開いた。


「…………」


 荷物を抱え直し、大和は斬影を見上げる。

 町の中央にあるこの通りには露天商が多く、いつも買い物客で溢れていた。

 斬影は左右の店に目を向けながら、


「活気があって賑やかっつぅか……なぁ?」


「……うるさい」


「『うるさい』か。まぁ、こんだけ人が居りゃあそう感じるかもしれねぇが――……」


 と――

 ふと、斬影は言葉を切った。

 ゆっくりと、傍らを歩く少年に視線を向ける。

 今日はいつもより人が多い。だからといって、自分の言葉に返事を返してくれる者がいるはずもない。

 ならば、声の主は――

 斬影はその事に思い至るまでに、たっぷりと二呼吸ぶんの時間を要した。

 斬影は大和の肩を掴むと、大声で叫ぶ。


「大和っ! お前、喋れるのかっ!?」


 声量に驚いた――と言うより、単にうるさいと感じてか、大和が顔をしかめた。

 視線を逸らし、


「別に喋れないなんて言ってない」


「…………っ!」


 その言葉に、斬影はまるで砂袋で殴られたような衝撃を受けた。

 激しくかぶりを振ると、ガクガクと大和の肩を揺らす。


「言ってねぇけど、喋れるとも言ってないだろがっ!」


「…………」


「いつからだ。いつからお前は喋れた? 俺はなぁ……お前は喋れないモンだと思って……この七年間、ずっと独り言言ってるみたいだったんだからなっ!」


「…………」


「何とか言えっ!」


「……あれ」


 肩を揺さぶられながら、大和が何かを指差した。

 斬影は大和が指し示す方を見やる。

 見ると、黒い服を着た長身の男が走り去って行くのが目に映った。


「あれがなんだっ!?」


「さっきの男……アンタの財布スッた」


「何っ!?」


 言われて、斬影は慌てて全身を探る。確かに財布が無い。

 先程、男が走り去って行った方へ向かって、斬影は全力で走り出した。


「てめぇっ! こら待ちやがれっ! 俺から財布掏るとはいい度胸だぁぁぁぁぁぁっ!」


「…………」


 人混みに消えていく斬影を見送って、大和は無言でため息をついた。

 足元にあった小さな石を拾うと、斬影の後を追う。

 人と人の間を縫うように走り抜け、ほどなく斬影の背中を見付ける。

 大和はその背中に短く叫んだ。


「……頭下げろ……」


「! やま……とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」


 斬影がその声に気付いた時、既に大和は斬影の頭を踏み付けて、彼の頭上を跳んでいた。

 大和は、拾った小石を逃げる男目掛けて、思い切り投げ付ける。


「どわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 大和の投げた石は、あっさり男の後頭部を直撃し――足のもつれた男は派手に転倒した。

 すたっ……と大和が着地するのと同時に、背後で斬影が転倒する。ただし、こちらはすぐさま起き上がり大和に詰め寄ってきた。


「大和っ! お前……人様の頭をいきなり踏み付けるたぁ……どういう了見だっ!?」


「あのままだと逃げられるだろ」


「やるならやるで一声掛けろ!」


「声は掛けた」


「あんなモンで分かるかぁぁぁぁぁぁっ!」


「……それより早く捕まえないとまた逃げる」


 大声でわめく斬影を尻目に、男はのろのろと立ち上がり、逃げようとしていた。

 斬影は舌打ちすると、男の方へ歩み寄る。

 ぐいと男の胸ぐらを掴み、


「やいこら! 盗人っ! 財布返せっ!」


「……ち……ちくしょう……」


 財布を奪い返し、斬影は男を解放する。

 男はなにやら捨て台詞を残して去って行った。


「……ったく。俺から財布盗んで、見逃してもらえただけ有り難いと思えってんだ」


 斬影の手にある財布を見て、大和がぽつりと呟く。


「……それ。アンタの財布じゃない」


「良いんだよ。黙ってろ。俺のはちゃんとこっちにある」


 そう言って自分の財布を示す斬影を、大和は黙って見詰める。

 ふと気になって、斬影は振り返った。


「黙ってろっつったけど……俺の言う事に対してはちゃんと返事しろよ?」


「…………」


「返事してっ!?」


「……はぁ……」


 こちらの肩を掴み、必死の形相で言ってくる斬影に、大和は生返事を返す。

 ふぅ……と額の汗を拭い、斬影は立ち上がった。


「まったく……返事がねぇと、ちゃんと聞こえてるかどうか分からねぇだろうが」


「ちゃんと聞こえてる」


「だったら名前呼んだら返事くらいしろ」


「…………」


「おい」


 無言で歩き出す大和に、斬影が呼び掛ける。

 大和はピタリと足を止め、


「名前呼んだら返事しろって言った」


「そうだけど、そうじゃなくて!」


 斬影はガシガシと頭を掻きむしり、やがて諦めたように嘆息した。


「……ったく。おめぇはよぉ。もうちっとこー……愛想よく出来ねぇのか?」


 ブツブツとこぼしながら隣を歩く斬影の言葉を、大和は無言で聞いていた――と言うより聞き流していた。


「まぁ、喋るようになっただけいくらかマシだが……」


「…………」


「とにかく。これからは聞こえてたらちゃんと……」


「だから聞こえてる」


「だぁかぁら~……」


「アンタの声も」


 斬影の言葉を遮り、大和が口を開く。


「俺を捨てた女の声も」


 その言葉を聞いて、斬影は足を止めた。

 大和は暫く歩いて――やがて斬影が足を止めた事に気付いてか、その場で立ち止まる。

 だが振り返る事はしない。


「……大和。お前――……」


「あーっ、見て見てお母さん。あの子、髪が白いよ」


 斬影が何か言うより先に聞こえてきた声。

 彼は視線だけそちらに向けた。


 見ると、年の頃は大和と同じくらいだろうか。幼い少女が大和の方を指差し、母親に話し掛けている。

 少女の母親は、大和の姿を見るなり顔色を変えた。


「……これっ! 見るんじゃありません!」


 母親は少女の手を引き、足早にその場を立ち去る。


「…………」


 斬影も気付いていない訳ではなかった。

 この町に来てからの視線に。

 この町に住む者達は、ほとんど“あの話”を知らない。だから大和を見ても『変わった髪の色だ』と物珍しがるだけで済む。

 だが知っている者もいる。そういう者達は、大和の姿を見ると、その場から逃げるように去って行く。あるいは、ヒソヒソと陰口を叩く。

 斬影は嘆息した。

 胸中で独りごちる。


(……成る程。それで“うるさい”か)


 斬影の耳にも届くくらいだ。

 あの少年には、それはよく聞こえていることだろう。


(……一体何がどこまで聞こえているのやら……)


 その場でじっと動かない少年の許へ歩み寄り、斬影は彼の頭の上に手を置く。


「髪の色くらい気にするな。どうせ年取りゃみんな白くなるんだからよ」


「……別に気にしてない」


 単なる強がりなのか、それとも本当に気にしてないのか――まったく感情の込もっていない声音で大和が呟く。

 すると、斬影は先程と変わらぬ口調で、にこやかに告げた。


「なら、少しは気にして泣いて喚け。傷付いたり落ち込んだりしている素振りをしてみせろ」


 大和は、頭の上にある斬影の手を払い退けると、怪訝な表情を浮かべる。


「お前は何も言わん過ぎだ。何もかも抑え込む必要はねぇだろ」


「…………」


「思う事があれば言っても良いんだぞ?」


「斬っても良いか?」


「それは駄目」


 少年の問いに、斬影は即答した。

 隣を歩く少年の表情からは、感情らしい感情は窺えない。

 ――が。内心、感情を波立たせていたのか――さらりと恐ろしい事を言う大和に、斬影は頬が引き攣るのを感じつつ呻く。


「……極端過ぎるんだよ、お前は。もっと間作れ、間。他に選択肢あるだろ」


「なら爪を――……」


「ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 斬影は絶叫した。

 大和が言い終わる前に慌ててその口を手で塞ぐ。

 乾いた笑みを浮かべながら、大和の顔を覗き込んだ。


「大和。俺はお前にそんな事教えたか? 教えてないよな、何処で覚えた!? そんな事!」


「……間作れって言ったから」


「そっち方面じゃなくて!……つーか、会話をしよう。さっきから噛み合ってないんだけどっ! 俺とお前っ!」


 斬影は背筋にヒヤリとしたモノを感じた。

 この少年は面に感情が表れないだけで、何も感じていない訳ではないらしい。

 ――当然と言えば当然だが。

 斬影は軽く息を吐いた。


「……とりあえず、お前の気持ちはよく分かった……分かったからそういう事を言うのはやめなさい。せめて一発殴るぐらいで勘弁してやれ」


「…………」


「素手で」


 何処から持って来たのか――鉄の棒を示す大和に、斬影はきっぱり言い放つ。

 大和の手から鉄の棒を取り上げ、適当に放り投げる。



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