願い事
「七夕か」
仕事帰り。
大和に土産の団子を買って、町をぶらついていた斬影はぽつりと呟いた。
町の至る所で笹の葉が揺れ、色とりどりの短冊が吊されている。
こうした季節の行事も、あまり馴染みが無い。
(あいつ……こういうのにあんま興味示さねぇしな)
胸中でぼやきつつ、
「……けど今なら少し違うかな?」
大和はこれまで感情らしい感情を面に表さなかった。
それが最近になって、少しずつ変わってきている。
「家でもなんかやってみるか」
と、斬影は家路を急いだ。
◆◇◆◇◆
「――そういうワケで。家でもなんかそれらしい事をやってみようと思います」
「…………」
帰宅した斬影がおもむろにそう言うと、大和は半眼になり、
「……何?」
「だから七夕」
斬影は短冊を示し、
「これに願い事書いて笹の枝に吊しとくと願いが叶うんだと」
「随分ざっくりとした説明だな」
「いいんだよ。細かい事は気にしなくて」
「そんなんじゃ、叶う願いも叶わなさそうだけど」
「……いいから。ほれ。これになんか書け」
「…………」
渡された短冊を見詰めながら、大和が斬影に問い掛ける。
「……何でこんな何枚もあるんだ?」
訊かれて、斬影は即答する。
「そりゃ、二枚だけだとなんか寂しい感じするし、沢山吊しとく方が願い事叶いそうだろ?」
「そんな事で願いが叶うなら、誰も苦労しないと思うけど」
「そゆこと言わないの」
軽く大和の頭を小突いて、斬影は筆を取る。
「さて。なんて書くかな」
「…………」
暫し悩み――さらさらと筆を進める斬影を見やってから、大和は短冊に視線を落とした。
「大和~。書けたかぁ?」
自分の短冊を吊し終えた斬影は、大和に声を掛ける。
ヒョイと覗いて見ると、
「何だ。白紙じゃねぇか」
大和に渡した短冊には何も書かれていなかった。
呆れ顔で嘆息する斬影に、大和は一言、
「願い事なんて……そんなの思い付かない」
「何でも良いんだよ。そうだなぁ……例えば『お父さんみたいに強くて格好良い退治屋になれますように』とか」
と、斬影が言った瞬間、
「それはない」
大和はやたらきっぱりと否定した。
「……例えばの話だからね?」
ちょっと寂しそうな声音で斬影が呻く。
「……まあいいか。ほら、大和。それ吊してやっから」
斬影は大和の手から短冊を抜き取ると、家のすぐ側にある笹に飾り付けた。
風に揺られて涼しげな音を奏でる短冊を満足げに眺め、
「たまにゃあ、こういうのも趣があって良いねぇ」
「…………」
大和も無言で揺れる笹と短冊を眺めていたが、ふと手前にあった斬影の短冊が目についた。
そこには斬影らしい大らかな字で、こう書かれている。
――旨い酒がたくさん呑めますように。
「……酒は自分で買ってくればいいんじゃないか?」
「あん?」
大和の呟きに斬影は小首を傾げ、
「ああ。だから言っただろ? 何でも良いって」
「願い事とは違う気がするんだけど……」
「細かい事は気にすんな」
言って、斬影は笑った。
「…………」
大和は暫し考え――、一枚残っていた短冊に文字を書いた。
それを斬影に手渡す。
「ん」
「うん? 何だ? なんか願い事書いたか?」
斬影は渡された短冊に視線を移す。
短冊には、几帳面な達筆で一言こうあった。
――団子買って来い。
「…………」
斬影は短冊に視線を向けたまま、
「何これ……俺宛て?」
大和は無言で頷く。
「団子なら買ってきたばっかだろうが」
「こないだは無かった」
斬影は軽く頭を掻き、
「あ~……こないだはちょっと遅くなっちゃったからね」
「遅い日の方が多い」
「まあ……それはどうしてもな……」
苦笑しながら、斬影は渡された短冊を見詰める。
と――
(……ん?)
ふと、斬影はある事に気付いた。
大和は甘い物が好きで、斬影は仕事が終わると甘い物を買って帰る訳だが、当然店の開いている時間に戻って来られなければ買う事は出来ない。
斬影は妖魔退治屋だ。
仕事の都合上、帰りはどうしても遅くなる事が多い。つまり、斬影が土産を持って帰る時は、斬影の帰りが早い事を意味する。
甘い物が欲しいのは勿論そうなのだろうが――
(……成る程。そういう事か)
斬影は笑いながら、ぽんと大和の頭に手を置いた。
「分かった。これからはちゃんと土産買ってきてやるよ」
“そう”とは書かれていないし、言いもしないだろうが、斬影は一人で納得すると、大和の短冊を吊してやる。
全ての短冊を飾り終えて、斬影は大和の方へ視線を向けた。
「せっかく吊したんだし、一つくれぇ願い事叶えてやらんとな」
「……別に期待はしてない」
「お前はまた……そういう可愛げのねぇ事を」
斬影は低く唸ると、踵を返す。
「さてと。家ん中戻るか。明日も早いしな」
「……ん」
斬影の後に付いて、大和も家の中へ入る。
二人が去った後も、短冊は静かに揺れていた。
小さな願い事と共に――




