子供達の事情 5
悪戯に妖魔の住み処を踏み荒し、それを斬るのは、あまり気分が良いモノでは無い。
それを聞いた菊助が、自分の胸を叩く。
「何言ってんだ。今度は俺がやっつける!」
「……こんな蝙蝠一匹倒せないのにか?」
「そっ……それは……今のは不意討ちでちょっと驚いただけだ! 次はちゃんと構えて――……」
そう言って、菊助が木の棒を構えた時だ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!」
綾那が再び悲鳴を上げる。
「何だ?」
「綾那っ!?」
「や……大和っ! あ……足っ……足に何か……」
「……足?」
言われて――視線を落とす。
見ると、綾那の足の先に白い毛玉のようなモノが乗っている。
「ああ。そいつは――……」
大和が何か言うより先に、菊助が毛玉を蹴飛ばした。
「あ」
「綾那っ! 大丈夫かっ!?」
「……菊助……」
涙目の綾那と、それを心配する菊助をよそに、大和は菊助に蹴られた毛玉の方を見やった。毛玉は、まるで大福餅を潰したような格好で木にへばり付いている。
暫くして――ぽて……と地面に落ちた。
「…………」
大和は毛玉の方へ歩み寄る。
「……大和?」
「おい」
周囲の声は無視して、大和はしゃがみ込むと、毛玉の前に手を差し出す。
すると毛玉は、ぴょんと跳ねて大和の掌の上に乗ってきた。
大和は振り返り、
「コイツはさっきの蝙蝠と違って、いきなり襲ってくるような妖魔じゃない。こっちから危害を加えなきゃ何もしない」
「ち……血を吸ったりしないの……?」
恐る恐る綾那が訊いてくる。
大和は頷いた。
「噛むけど血は吸わない」
「……噛むの……?」
「ああ。でもこっちが手を出さなきゃ何もしない」
そう言って、大和は毛玉を撫でた。
毛玉は目を細めて、気持ち良さそうにしている。
「…………」
「……さっき思いっきり蹴ったのに……」
「コイツは少々蹴ったくらいじゃ死なない」
「……触っても平気?」
大和が撫でているのを見て少し安心したのか、綾那が訊いてくる。
「ああ。口元に手を出さなきゃ噛み付かない」
「……口どこ?」
その毛玉は、黒くて丸い目以外は何も付いていない。
「この辺」
と、大和が毛玉の目の少し下の辺りに指先を持っていく。
すると毛玉は、白い毛の下に隠れていた丸い口をぱかっと開ける。
大和はさっと指を引っ込めた。
毛玉の口はすぐさま閉まる。
「口の近くに物が来ると噛み付く。噛まれたら指が無くなるぞ。何でも喰うから」
「えっ!?」
「まぁ、後ろから触れば問題無い」
そう言って、大和は毛玉を後ろ向きにして綾那の前に持っていった。
綾那はおずおずと毛玉に手を伸ばす。
軽く何度か触って――ゆっくりと撫でる。
「ふわふわしてる」
「毛玉だからな」
「おとなしいね」
先程の緊張感が少しほぐれたのか、綾那は表情を緩め、毛玉を撫でている。
「……アタシも触って平気?」
その様子を黙って見ていた沙月が訊いてきた。
大和は頷いてやる。
「このコ、すごく柔らかいよ」
「ホントだ」
沙月も毛玉を撫で始め、
「……ちょっと可愛いかも♪」
「ねぇ大和。このコ持っても良い?」
少女二人は、どうやらこの毛玉が気に入ったらしい。
「……良いけど……口元触るなよ」
大和はそう言って、綾那の掌の上に毛玉を置いた。
「軽い~♪」
「アタシも持つ!」
「…………」
はしゃぐ綾那達をぼーっと見ていると、涼助が訊いてきた。
「あんな変なのに触って平気なのか?」
「変だけど……別に毒がある訳じゃないし……噛み付かれなきゃどうって事無い」
「あっ!」
大和がそう言った瞬間、毛玉は綾那の手から大和の肩へ飛び移る。
そこから、菊助の方へ向かって飛び出した。
「うわっ!? こっち来たっ!」
驚いた菊助は、毛玉を叩き落とす。
地面に叩き付けられて、毛玉がまた潰れる。もぞもぞと動いて起き上がると、毛玉はまた菊助に飛び付く。
菊助は再び毛玉を叩いた。
「何でこっち来るんだよっ!」
「……あ」
毛玉から逃げ回る菊助を見て、大和が小さな声を漏らす。
「お前……それ」
「何っ!?」
「鍋の蓋」
「これが何だよっ!?」
「貸せ」
「あ……ああ。ってお前、言葉短すぎて分かんねぇよっ!」
喚きながらも、菊助は大和に鍋の蓋を手渡す。
菊助が大和に鍋の蓋を渡すと、毛玉は突然方向転換して、大和の肩へ飛び移る。
「……何だ?」
「…………」
大和は肩に乗っかって来た毛玉の口元に、鍋の蓋を宛がう。
すると、毛玉はまるで煎餅でもかじるように、バリバリと鍋の蓋を食べ始めた。
「うぇっ!?」
「お鍋の蓋……食べてる!」
その様子を驚いて見ている子供達に、大和があっさり告げる。
「……何でも喰うって言ったろ」
鍋の蓋をかじっている毛玉を地面に下ろし、
「コイツはほっとけばいい。向こうから襲ってくる事はまず無いから」
「……俺はさっき蹴ったから仕返しに来たと思った……」
複雑な表情で毛玉を見下ろす菊助。
「……コイツはあの程度の事は気にしない」
鍋の蓋をひたすらかじり続ける毛玉を見ながら、大和は周囲を見渡す。
「……この辺りには今のところ特に危険な気配は……無い。さっきみたいに、その辺を引っ掻き回さなきゃいきなり襲われる心配はない」
「なっ……」
「本当? 良かったぁ」
ホッと胸を撫で下ろす綾那。子供達から不安の色が消える。
ただし、菊助だけは不服そうにしていた。
頬を膨らませ、
「……何だよ。俺が悪いって言いたいのか?」
大和はちらと菊助の方に視線を向けた。
が、すぐ視線を逸らし、
「……分かってるならもう暴れるな。あんな雑魚でも数で来られたら手に余る」
「…………っ!」
菊助は毛玉を蹴飛ばし、一人で先へ進む。
「あっ! 菊助っ!」
「俺はお前なんか居なくても、化け物を退治出来るっ!」
「……おい」
ずんずんと、一人で奥へ向かう菊助を見て、大和は深いため息をついた。
面倒な事になる前に止めなければ。そう思って顔を上げた――その時。
「…………!」
大和は、はっと息を呑む。
菊助の向かう茂みの奥――その先に、黒く濃い影が揺れるのが見えた。
あれは――まずい。
「待てっ! それ以上奥に行くなっ!」
「……大和?」
切羽詰まったように叫ぶ大和に、綾那が不思議そうに首を傾げる。
だが、菊助は聞かない。
「うるさいっ! 俺はお前より凄いヤツを――……わっ!?」
「!」
「菊助?」
短い声を残して、菊助の姿が消える。
大和は歯噛みした。
「……あの馬鹿っ!」
苦々しく呻くと、菊助が消えた茂みの方へ駆け出す。
「大和っ!」
こちらに呼び掛け、ついて来ようとする涼助。
大和は、落ちていた木切れを彼の足元に投げ付けた。ザクッと木切れが地面に突き刺さり、それを見た涼助の足が一瞬止まる。
大和はすかさず叫ぶ。
「や……大和……」
「お前らはそこから一歩も動くなっ!」
そう言い残し、大和は菊助の消えた茂みの奥に飛び込んで行った。




