第一章 第六幕
ネットワークのバグで一度小説が全部吹っ飛びました…死ぬかと思った。
「う…」
薄暗い部屋の中で西織は目を覚ました。
辺りを見渡そうとして首がベルトのような器具で固定されているのを知る。
(これ…拘束衣?)
ご丁寧に全身を固定し、専用の器具で体を直立させているらしい。口と目が自由になっているのは尋問の為か。
アーサーに飲まされた毒が回っていないと言うことは、気絶して半日、ということはなさそうだ。
西織はアーサーの渡してきたカプセルに毒が入っていることに気付いていた。
それでもカプセルを飲んで見せたのは信頼関係を築き、疑われて余計な詮索をされない為だったのだが…
(裏目に出ましたかね)
と、ガシャンという音と共にスポットライトのような照明が付いた。
闇の中から浮かび上がったのは、
「アレクセイ・ルーンバルト…」
「非礼は詫びんよ、こちらも些か苛立たされているのでね」
サングラスの奥からアレクセイは西織を睨む。
「私は唯一つの問いを君に訊き、そして報復するためにここにいる。
安心したまえ、胃の中のカプセルは処理させてもらった。時間は幾らでもあるさ。
存分に答えてもらおう、西織夕香」
そしてアレクセイは身を乗り出して問う。
「いかなる理由によって君は我が親友にして上司、そして君の父親たる西織京二博士を殺害したのかね?」
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「西織が父親を殺したぁ!?」
車を運転しながら、ニコラスはすっとんきょうな声をあげた。
「ええ、さっきPCに西織夕香の調査報告が届いたの」
海島は画面をスクロールして、他の『梟』メンバーから届いた書類を読み進めていく。
「西織夕香の父、西織京二博士は一週間前に死亡している、他ならぬ西織夕香の手によってね」
「おいおい…一体どういうことなんだよ。」
「西織夕香は父親が創設者であり、トップでもある魔術結社『暁』に所属していた。
でも、西織京二はプロメテウスのメンバーでもあったのよ。」
「西織の父親が、プロメテウス…?」
「西織は魔術を親に教わりながら、プロメテウスに所属することを許されていなかった。
というより、ひたすらに西織京二がプロメテウスの存在を秘匿していたようね。
その理由は何か分かる?アーサー」
「危険視したのではないですか?自分の娘の事を」
「正解。西織京二は紛れもない天才だった。でもね、西織夕香はそれをも越える鬼才、としか言い様のない大天才だったのよ。
弱冠十二歳で学会に論文を発表、その論文は今世紀最高の論文と言われるほどに完璧な代物だったそうよ。添付された資料を見てみたけど、十二歳が書いたとは到底信じられない物だった。
そして学会は一気に西織夕香に注目した。親の西織京二を差し置いて、ね。
魔術を教えたのはまだ西織夕香が六歳の頃だったらしいのだけれど、娘の才能が注目されてから西織京二は恐れ出した。プロメテウス内における自分の地位を脅かされることをね。
だから西織京二はわざわざ自分で結社を作り、娘をそこに入れて監視した。」
これ以上、娘に自分の立場を脅かされないようにね、と海島は呟く。
「たしかプロメテウスの目的は『この世の全てを叡智をもって解き明かすこと』でしたか。」
「ええ、だからあそこは優秀な科学者ほど権勢を誇ることになる。西織京二は焦ったでしょうね。誰が見ても娘が父に勝る存在であることは明らかだもの。
娘を監視し続けて、西織京二はさらに追い詰められていった。娘を放置していれば目をそらす事くらい出来たでしょうに、その才覚を目の当たりにし続けたのだから、当然と言えばその通りだけど。最終的には娘を殴り付けることも珍しくはなかったみたいね。
そして西織京二の死後、『暁』はプロメテウスの情報処理部隊によって解体された。西織は嘘は吐いていなかったわけね」
「しかし西織が父親を殺した?話を聞くほど、そんなことになる前に逃げるくらいの事はしそうですが?」
「いいえ、事態はもう少し複雑なの」
海島はそこで一度言葉を切った。
「西織夕香はね、父親を溺愛していたのよ」
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詰問するアレクセイに向けて西織は無表情で話をしていた。
「父さんは私を何度も殴りました。でもしかたがないんです、悪いのは私だから。
私が悪いから父さんは私を殴ります。それは段々エスカレートしていきました。
あの夜、
私は父さんに首を絞められました。
あぁ、死ぬなって分かって、その時に唐突に思ったんです。
生きたい、
生きて、全てをやり直したい。
そんなときに私の魔法が発現しました」
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「『時空復路』」
海島は言う。
「恐らく西織夕香はこの魔法によって、自分の人生を幾度もやり直している。
実際関係者が西織の『予言』が当たるのを何度も見たそうよ。
『やり直し』の手段があるにも関わらず、溺愛する父を殺した。
それがどういう意味か分かる?」
海島は部下に問いかけ
「そんな絶対的な手段があってなお、再挑戦する気力を無くすほどに失敗したということよ」
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「ねぇ、私が父さんを殺すこの人生に辿り着くまで、どれだけの時間を過ごしてきたと思います?
父さんに嫌われないために、私が費やした努力が分かります?
私は何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、私の十七年を繰り返してきました。」
西織の口調に勢いはない。
しかし淡々としたその口調が、むしろえもいわれぬ凄みを生んでいた。
「もう何度父さんに殺されかかったか、分からなくなってしまった頃、
私はやっぱり殺されかけていました。
今でもはっきり思い出せます、
父さんは言ってました」
『お前さえ、いなければ』
「だからまたやり直したんです。
父さんが優しい、私を愛してくれた頃に。
でも、
ダメだったんです。
父さんがどんなに優しく微笑んでくれても、
父さんが私を憎んで殺意を向けても、
私はもう、なんにも感じなくなっていました。
きっと私は、もうとっくに壊れてしまってたんでしょう。
だからこの人生を最後にしようって思ってたんです。
父さんに殺されよう、と
だから最後の人生は自分の好きなように生きました。
良いでしょう?私の人生なんですから。
そうして、借りたアパートに父さんが訪ねてきたとき、
これで終わりなんだな、と思いました。
でも、意識が遠退いていくときになって、
急に怖くなったんです。
だって、これで終わりになるんですよ?
私が何百年も生き抜いた意味、全部消えてしまうんですよ?
だったらもう、父さんを殺して、生き延びるしかないじゃないですか」
そして、アレクセイは
「それが、西織京二が死んだ理由かね?」
彼はまるで動じていなかった。
全く揺らいで、いなかった。
予想していたわけではない。
ただ、報復。
それのみを目的とするが故に、アレクセイは動じない。
そして西織は
「えぇ、で、私を殺すんですか?」
「あぁ」
「じゃあなるべく早く終わらせて下さいね。最初は生きてみようかとも思いましたけど今となってはどうでも良いですし」
この瞬間、
アレクセイ・ルーンバルトは初めて西織に憐れみを覚えた。
事務的に、他人事のように淡々と自分の死を処理する。
きっとこの少女はすべてを諦め、絶望して久しいのだ。
「アーサー君たちに数を減らされたせいで立て込んでいてな、お前の処分は追って伝える」
「あぁ、そうですか。まぁそれならそれで良いです」
ひどく冷たく、無機質な西織の声を背にアレクセイは部屋を立ち去る。
あとに残された西織は、ぼおっと壁を見つめていた。
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「と、まぁ西織夕香についてはこんなところね。
恐らくあの娘はこの世界にたどり着いた前後で狂った。
もう『やり直し』は無いでしょうね。
依頼もほとんど意味をなさないでしょうけど、どうする?」
「一つ質問してよろしいでしょうか?」
「ええ。何?アーサー」
「これはつまり、任務放棄の命令ですか?」
「そういうわけではないわ。アーサーはどうしたいのか、それを訊いているだけ」
「なら、救います」
アーサーは車の進む先を見据えて、ハッキリと己の信念を掲げる。
「いかなる理由があろうと、あの娘を救う。俺はそう決めましたから」
「俺もアーサーと同意見。こんな話を聞いたところで俺達がやんなきゃいけないことは変わらない。依頼とかも関係ねぇ。西織は俺らで助けます」
「ん…いいでしょう。流石私の部下、それくらい独善的じゃなきゃ面白くないものね。ニコラス!後どのくらいで着くの?」
「ダミーは捨てられましたが本命は生きてますよっと。もうすぐ見えますよ」
実のところあのカプセルはダミー、本命は西織に飲ませた紅茶に混入させたナノマシンだ。
ニコラスの魔法によって作られたそれは、世界最小の分子サイズの機械である。
人体に摂取させると血中に潜り込み、神経細胞を利用してネットワークを形成、血流や体温をエネルギー源にして量子ビームで衛星と交信を行う。
また、体内に拡散するその性質から、発見したところで除去は自然に体外に排出されるのを待つしかない、と極めて高性能な発信器となっている。
故に最初からアーサー達は西織の場所を掴んでいた。
「おっ、あの工場だ。ボスー、見えましたけどどうしますー?」
ふむ、と海島は少し考え、
「このまま突っ込なさい」
(西織め、依頼をしたのはあんたでしょうが。きっちり清算する前に逃げられるとでも思ってるのかしら?)
海島は笑い、ニコラスはアクセルを踏み込み、アーサーは静かに拳を握り締めた。
直後、プロメテウスの基地に装甲車が突入した。
後二話で一章終わりです。
書き直すのは地獄でした…。




