第三章 第五幕
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ガツン、と顔を殴られ、口のなかに血の味が広がった。
「どうしたアーサー!ここが戦場なら貴様は死んでいるぞ!」
「ッ…Yes sir!」
「もう一度!」
あの後、アーサーが運び込まれたのは軍事施設だった。
そこにいたのはアーサーと同じ、身寄りのない子供達だ。
何故子供が集められているのかは単純明快、兵士を訓練し、作り上げるためだ。
優秀な兵士を作るためには時間が必要だ。
しかし兵士も人である以上、時間を経れば年を取るし、戦況が激化すれば、悠長に訓練をしている余裕は無くなる。
だが、幼い頃からみっちりと訓練を続けていれば、有事の際に十分に戦力になるし、思想統制も出来るので、非常に優秀な兵士と成りうる。
その為にアーサー達のように身寄りのない子供を集め、厳しい訓練を課すわけだ。
「次!ランニング、規定コースを25周!十分以内に走れなかった者は夕食を抜きとする!!始めろ!」
一斉に8~10歳ほどの子供達が走り始める。皆真剣な面持ちだ。しかしそれも当然だろう、この訓練施設で食事を抜かすことは、文字通り死活問題となる。
一度でも食事を抜けば栄養が足りず、訓練をまともにこなせなくなり、結果次の食事も抜かれる。そしてさらに栄養不足を引き起こした身体は、またろくに動かずに訓練に失敗しーーーといった悪循環を産み出すからだ。
その間に食事が与えられることは絶対にない。教官からすれば着いてこれないクズなど、どうなろうが知ったことではないのだろう。どうせ死んでも代わりにまた新しい子供が拾われるだけだ。
アーサーとエルは生来の運動神経の高さが幸いし、比較的上位の成績を維持している。
それでも容赦なく教官はアーサー達を殴り飛ばし、徹底的に教育を繰り返した。
拳で上下関係を叩き込むためだろう。圧倒的なその暴力に、施設の子供達は反抗する気力を無くす。
そして二年間程の基礎訓練が終わり、
初めての実戦がやって来た。
◇◇◇
「大丈夫かな…」
心細そうにエルが呟く。
「姉さんは俺が守るよ」
アーサーは視線をあげず、自分に支給された銃をチェックしながら答える。
「相変わらずお熱いねえ、お前ら姉弟は」
「茶化すなジョン。あともう少しで戦場につくんだぞ」
同期の少年が話しかけるが、アーサーはやはり視線を上げない。
知っているからだ、あの日テロリストに蹂躙されたあの町を。
殺し合いを知っているから、アーサーは自分が生き残る確率の低さを十分に理解していた。
「俺としちゃあ戦場の方が訓練より気楽だがな。とにかくぶっ殺すだけならまだ単純でいい。少なくとも成功して殴られることはねぇ」
こいつもあるしな、とジョンはアサルトライフルを叩いて示す。
同期、ジョン・ハドソンは施設一の狙撃の名手だ。今回も狙撃手として参戦する。
「武装がなんであろうと関係ない。歩兵の死亡率を考えろ」
「嫌だ嫌だ、せめて自分は絶対に生き残るって気概でいようぜ」
軽口を叩きながら、アーサー達を乗せたジープは進んでいく。
戦場は近い。
◇◇◇
「ッ…」
「どうした、殺せアーサー」
アーサーは教官の目の前で立ち竦んでいた。
周囲には同期の訓練兵達。皆既にはじめての殺人を経験した。中には吐いている人間も居る。
そしてアーサーの目の前には手足を撃ち抜き、行動不能にした敵兵がいた。
彼がアーサーの初めての殺人の被害者だ。まだ殺していない理由は簡単。アーサーと彼では戦闘能力が違いすぎて、殺害する前に無力化できてしまったのだ。
「…自分には、出来ません…ッ」
「何故だアーサー。貴様に仕込んだ技術が何の為の物か、理解していないわけはないだろう」
確かに、アーサーの体には既に無意識で行えるレベルで殺人行動が染み付いている。
しかし、
「この人は、人間です…ッ」
「違うな」
即答だった。
一瞬の躊躇もなく、教官は目の前のヒトの人権を剥奪した。
「ここは戦場で、貴様は兵士だ。そしてそこに敵兵がいればそれは人ではない、敵だ。ただ貴様の命を奪おうと襲いかかってくる化け物に過ぎん」
今思えば、
それも思想統制の一貫だったのだろう。
人を殺すことに対する忌避感を無くすための。
「そうだな、お前が踏ん切りをつけられないようならこうしよう。」
そう言って教官はーーーすぐそばで殺人のショックに蹲っているエルに拳銃を向けた。
「アーサー、その敵を殺せ。さもなくば貴様の姉を撃ち殺す(・・・・・・・・・・・・・・)」
「ッ…!!」
アーサーの顔が歪む。
もしそこで、アーサーを殺すと言われていたら、アーサーは抵抗したかもしれない。
しかしダメだった。姉のエルはアーサーにとって、たった一人の肉親であり、そして生き続ける唯一の意味だった。
そしてアーサーはーーー銃口を敵に向ける。
「殺す…!」
絞り出すようにアーサーは声を出し、
「俺はコイツを殺すっ…!!」
タァン、と、
戦場に新しい銃声が響いた。
◇◇◇
「アーサーさんは、そんな風に育ったんですか…」
「ああ、初めて敵を撃ち殺した時、愕然としたよ。余りにも、衝撃を受けない自分に」
「何とも、思わなかったんですか?」
「一度動き始めると体が酷くスムーズに動くんだ。訓練で染み込まされた動きを忠実に再現して、呼吸をするように俺は敵を殺していた」
辺りはいつの間にか日が暮れ、逢魔が時に成りつつある。
話題に関係なく、黄金色に染まった海は、酷く美しかった。
「それで、そのお姉さんは今…?」
「死んだよ」
アーサーは海を眺めている。
だから西織にはどんな顔をしてそれを言ったのか分からなかった。
「俺のせいでな」
ザァァ…、という潮騒はその言葉を隠してはくれなかった。
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