第二章 第七幕
ハンマーを携えてこちらに悠然と歩いて近寄り、『教育係』の男の横に並び立つ巨漢がいる。
「雷神トールの襲名者、魔法『雷撃鉄槌』の使い手」
焔を噴き出す剣を携え、こちらをギラギラと獣のような目で睨む男がいる。
「巨人スルトの襲名者、魔法『災厄焔枝』の使い手」
穏やかな微笑みを湛え、聖人の様に清廉な雰囲気の男がいた。
「豊穣神フレイの襲名者、魔法『無敗宝剣』の使い手」
アーサーは『アースガルズ』の男達の魔法をそれぞれ明かす。
それにフレイの襲名者は気を荒立たせることなく応じる。
「はい、その通り、私達はそれぞれトール、スルト、フレイの襲名者です。
我々の魔法がわかっているのなら話が早い。早急にその少年を渡していただきたい」
丁寧な物腰ではある。が、
「随分なご挨拶をしてくれたじゃないか。いきなり車ごと爆発させようとするなんてな」
「もう一度だけ言います。その少年を渡していただきたい」
アーサーは内心舌打ちした。
こいつはこちらの話をまるで聞いていない。自分の都合を話すだけで、こちらとは一切話をする気がない。
最も危険な手合いだ。
「それはできない。ジーク自身から依頼を受けたんでな」
それを聞いてフレイはジークに視線を向ける。
「ジーク。私達の下に来なさい。君にはまだまだ『教育』が必要なようだからね」
「ッ…断る!」
「何故」
「もうお前らの訳のわからない『理想』なんかに振り回されるのは御免だ!僕は姉さんを助けてお前らとは縁を切る!」
「……そうか」
そしてフレイが纏う雰囲気が、
変わる。
「ならば君にはーーーーーーーもう、用はない」
それを聞いてアーサーが咄嗟にフレイに銃を撃ち込むのと、ジークを一瞬で刺し貫こうとした双剣が主人の周りに戻り、銃弾を弾くのは同時だった。
それが引き金になった。
魔術師たちが激突する。
◇◇◇
初めに相対したのはトールの襲名者と海島だった。
「こんの筋肉達磨が、」
瞬間的に相手の懐に潜り込んだ海島の拳が、
「調子に乗ってんじゃないわよ!」
壮絶な威力で突き込まれる。
ドォンッ!と大砲のように巨漢が飛んだ。
しかし海島の顔は優れない。
(あの筋肉達磨、インパクトの瞬間自分から跳んだ)
しかも衝撃が最小限になるように最良のタイミングで。
パワーファイターに見えて意外と小器用だ。
おまけに吹っ飛んだせいで、他の魔術師から距離をとって、個人戦に分断された。
最初の先制攻撃が効果的なのを利用し、一気に片付けるつもりか、と海島が考えた途端例のハンマーの投擲が来る。
「なめるなぁッ!」
二度も同じ手は喰らわない。
(眼と足を『強調』、見切って回避する!)
グン…ッと、動体視力が上がって、世界の動きが緩慢になる。
高速で移動し、横合いをすり抜けるように回避しようとして、
クンッ(・・・)と、
ハンマーが海島に追随するように軌道を変えた。
(な…)
海島は体を捻るが、わざわざ近づいてしまった上に高速移動中で簡単には動きが変わらない。
当たる。
◇◇◇
(ボスはトールを連れて単独で交戦中。ならすぐさまスルトを倒して加勢する!)
フレイを倒すという選択肢は考えられない。
豊穣神フレイ。
その神が神話において所有したと伝えられる剣は固有の名前こそ明らかになっていないものの、とある性質によって有名だ。
即ち、常勝無敗。
『ひとりでに浮遊し、戦い、勝利する』というその宝剣はいかなる敵と戦っても、一度として敗北したことがない。
ラグナロクにおいてフレイは敗北し、死ぬが、それもとある女性を口説くために宝剣を預け、素手で戦うはめになったからだ。
つまり本当の意味での無敵。
当然神話そのままの性能というのはあり得ないが、それでも亜音速の銃弾を自動で弾く程度の性能は持っている。
勝つことはできても長期戦になる。ならば比較的御しやすいスルトを叩く、と考えたが故の選択だ。
ニコラスに西織を任せてアーサーは走る。
「ジーク!お前はフレイを足止めしろ!その間に俺がスルトを片付ける!」
「はいっ!」
ジークが『ノートゥング』を手にフレイに突っ込んでいくのを横目に、アーサーはスルトと激突する。
(まずは挨拶がわりーーー)
周囲に展開したのは、
(ーー多方面から変則的に叩く!)
円環状の刃を持つインド製の投擲武器、チャクラムだ。
本来なら直線的な動きになるはずのそれは、しかしアーサーの魔法によって蛇行するように不規則な動きでスルトを襲う。
対してスルトは
「足止めされてる間に片付ける、か」
その手の剣が燃え盛る。
「っっっっ嘗めてんじゃねぇぞクッソ野郎がぁぁぁぁぁッッ!!」
咆哮と同時、爆炎が吹き荒れた。
チャクラムの全てがその焔に触れた途端、灰になって燃え尽きる。
先ほどジークと共に戦った時には無かった異常な焼却能力にアーサーが驚愕し、
直後、ジェット噴射の様に後方に火焔を撒き散らしながら『災厄焔枝』が突進してきた。
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