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私、あなたの愛妻ですから。〜施設育ちOLですが、ノンデリ冷徹御曹司の偽恋人を演じた結果、義両親に何故か溺愛されています〜  作者: あらん


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特殊能力者

決意新たに、砂糖を溶かしたコーヒーを一口飲んだ。


「美味し……」


甘さと温かさが染み渡る。飲みながら窓の方を見、展望台にいる気分だとしみじみ思う。


「あの……副社長」


「はい」


「このお部屋は何階ですか」


「50階です」


「ごじゅっ……最上階だったり……?」


「そうです」


予想通りの回答でありつつ、桜子は一瞬間だけ押し黙る。しかし沈黙する時間も嫌で、必死に質問をかき集めた。


「借りるにしても、ものすごく高そうですね……」


「ここは購入しています」


「え?この部屋を?買ってる?」


「はい。一棟買いです」


「……え?」


「ビルごと私の持ち物です」


「ビルご、ごふッ」


「っ!?比良坂さん」


咳に合わせてポニーテールがぴょんぴょんと跳ねる。


「大丈夫ですか?」


「すみませっ……気管にっ……だっ、だいじょぶなんでっ………」


都心にある50階建てタワーマンション。それを丸ごと買える人など、この日本に一体何人いるのだろうか。


「やっぱ……すごいエリートですね。副社長って……」


「親の力が大きいです。それでも一応、人並み以上に努力を重ねたつもりでいますが――」


ようやく咳を止め、平静を取り繕う桜子だったが、一騎が椅子を離れ、何故か真隣に座ってきたことで身をガチッと固くする。


「比良坂さんも相当な努力家だと私は認識しています」


「わ、私は、そんな全然……」


(距離、近いよお……)


近づいたことで強く感じる、一騎が纏う香水の匂い。

……ではなくこれは、お風呂上がりのソープの香り?



(そういえば私、夜に男性の家にいて、しかも多分二人きりって……)



ぼふん、と桜子の頬は赤く色づく。緊張と動揺、警戒心。それらの感情を気取られまいと、顔を伏せて体を少し引き気味にした。

片や一騎の方は、桜子の赤ら顔に「褒められて照れているのか謙虚な人だな」などと間違った解釈でいた。身を傾けて桜子に寄り、伏せがちな顔を覗き込むようにして眺めて言った。


「戸塚さんの案件については、ほとんどあなたが資料作成をしていますよね」


「……は、はいっ……」


「あなたの仕事は常に最高水準だと私は認識しています」


「……ありがとうございます」


お世辞でも嬉しい。


「世辞は言いませんよ、私は」


「えっ」


心を読まれ、虚を突かれて顔を上げる。が、交差する視線に怖気づいてまた俯く桜子に、一騎は腕組みをして淡々と言った。


「私はかねてよりあなたの能力を高く買ってきました。営業事務におくべき人材ではないということも、何年も前から、それこそ入社一年目の頃から暗に伝えてきたはずです」


「それって……()()()()?」


「そうです」


思い掛けない一騎の言葉。しかし思い当たる節があって、桜子は恐る恐る彼の目を見た。


「海外渉外担当への異動の打診……あれは、副社長が?」


「ええ。過去に三、四回、私はあなたの上長を通じて異動を打診してきました。だがあなたは、一度も是としなかった。キャリアアップだけでなく、年俸も倍近くなる話であるにも関わらず」


「……私には、事務方があってますから」


「比良坂さん。あなたは何か国語を話せますか?」


「何か国、と言いますか……」


「失礼。話せる言語を挙げてください」


「はあ……」


語学スキルについて、桜子は入社時の履歴書欄に書いて以来、誰にも話をしなかった。下手に明かせば、海外支店に飛ばされそうな気がしていたから。



(ううん。本当は、海外に飛ばされるのが嫌だったわけではなくて………凌がいたから)



そう。

ひとえに凌と離れたくないがために、栄転の話を頑なに拒み続けてここまできたのだ。


ただ、今となっては――。



「英語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、上海語はそこそこできると思います。北京語とスペイン語、韓国語と台湾語は簡単な会話であれば可能です」


「ん……増えてるな」


一騎は眉根を寄せて桜子を見る。


「履歴書にはスペイン語と韓国語、台湾語の記載はなかったように思いますが」


「あれ………そうでしたっけ……?」


呈される疑問に、桜子は五年前を思い出そうと目を閉じる。そのまましばらく険しい顔をしていたが、結局思い出せずに瞬きをした。


「多分、スペイン人シェフの料理動画や、韓国ドラマにハマった時期が入社後なのだと思います。勉強したという感覚はなくて、あくまで趣味の延長として学んだだけです」


「台湾語は?それも趣味ですか」


「あ、それは違って……去年、駅で台湾の方を道案内する機会があって、その時に気がついたのです。上海語と英語ができれば、台湾語でのコミュニケーションもある程度はこなせるのだと。なので、特別勉強したという感じでもありません。『なんとなくできるなあ』くらいの曖昧な感覚です」


桜子は自慢げでもなく淡々と語り、一騎は桜子の頭――丸く形の良い頭部をまじまじと見た。この小さい頭に、どれだけの密度で言語の知恵が詰まっているのか。


「となると、比良坂さんが扱えるのは結局……9か国語ですか。日本語も含めると」


「ええと………そう、ですかね……」


実は他にもかじっていたが、それについては言わなくても構わないだろうと思い、桜子はぬるくなったコーヒーを味わって飲む。

一方の一騎は、不適材不適所の最たる例を作ってしまったと深く後悔をして桜子の顔を眺めていた。



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