施設暮らしのCendrillon(サンドリヨン)
「かーってうれしい、はないちもんめ」
「まけーてくやしい、はないちもんめ」
砂を蹴る小さな靴。
繋がれる手。寄っては離れる園児の列。
「あーのこがほしい」
「あーのこじゃわからん!」
「こーのこがほしい」
「こーのこじゃわからん!」
昼下がりの園庭は、今日も今日とて賑やかだった。
ごっこ遊びのメンバーを募り、誰かが手を振っている。砂場の横では数人がボールを蹴り、調子外れの歌声は天高らかに響いている。
そして、遊ぶ子供達の輪から離れた場所――白亜の施設の入り口付近に、ひとりの少女が立っていた。春風に吹かれてなびく髪も、陽光を映す聡明な瞳も、まるで鴉の濡羽のように黒々として艶めいている。
「あらあら!桜子さん」
声を掛けられ、少女は振り向く。
「先生……」
「お空を見てご覧なさい。とっても気持ちの良いお天気よ」
優しい目をした年配の女性は、ぽつんと佇むその児童――比良坂桜子のそばに立つ。
「お友達も待っているわ。先生と一緒に、お庭の方へ行きましょう」
「いいです。この前いただいた本を読みますから」
「そう………でもね、本はどこにも逃げないわ。たまにはお外で、みんなと一緒に泥んこになって遊ぶというのも、大切な経験よ?」
穏やかに諭して聞かせるが、桜子は首を大きく振って拒絶した。頑なな態度を前に、女性は眉尻を下げてハの字にすると、桜子の頭をそうっと撫でた。
「後で先生に、本の感想を聞かせてくれる?」
「はーい」
去っていく足取りに合わせて、切り揃えられた黒髪が揺れる。小さな背中が廊下の奥に消えていくのを、女性は複雑な面持ちをして見送っていた。
「あ……田中先生!」
ほどなくして、園庭の方から女性職員が慌ただしく駆けてきた。まだ二十代半ばほどの、そばかす顔の職員だった。
「はいはい、どうしたの」
「桜子ちゃん、学校でも一人でいることが多いみたいです。担任の先生からご連絡をいただいていて……」
「あの様子ではそうでしょうね。通信簿にもはっきり『協調性が足りない』と書かれているし……」
桜子が消えた廊下を見つめながら、二人は深くため息をつく。
「何事も無理強いはできないわ。今は見守りに徹しましょう」
「はい。一応、お友達と仲が悪いというわけではないみたいです。勉強を教えたり、宿題を一緒にやったりはしているみたいで――」
会話の最中も、園庭からは無邪気な声が流れてくる。「せんせーい!」と叫ぶ方角には、全身をドロドロにして跳ね回っている児童らがいる。
「たなかせんせーい!こばやしせんせーい!」
「はやくー!こっちきてー!」
「みてー!どろのおだんごー!」
二人は顔を見合わせて、くすりと笑う。泥んこ怪獣達に手を振り返すと、園庭の方へと歩いていった。
――その頃。
桜子は一人で机に向かい、三冊の本を開いていた。
同じ表紙、同じ挿絵のその童話を机の上に並べて置くと、左端の本に指を滑らせて読み始める。
「王子は、ひとりのむすめに目をうばわれました。きらびやかなドレスをきた、たくさんのきふじんたちの中に立っていても、そのむすめだけが、まるで星のようにかがやいてみえたのです。王子は、ゆっくりとシンデレラに歩みよると、そっと手をさしだしました」
ページには、ドレスを着たシンデレラと、シンデレラに手を差し伸べている王子様の絵が描かれている。
「どうか私と、おどってはいただけませんか?」
読み終えて、うっとりと息をつく。
(すごいなあ、シンデレラ。王子さまにこんなこと言われたら、私だったらきぜつしちゃうよ……)
呼吸を整えると、今度は中央の本に指を置いた。
「The prince could not take his eyes off a young girl. 」
流れ出る異国の言葉。
その口調に淀みはない。
「Though she stood among many ladies in dazzling dresses, she alone seemed to ―――」
1ページ読み終え、最後に向き合うのは右端の本。
「Il principe si ……んんッ?」
それまでの流暢さはなく、序盤で早くもつっかえた。
「fermò al centro della sala da ballo……」
辞書を取り出し、発音とアクセントを確認しながら丁寧に読み進めていく。だが残念なことに、物語の意味は全くと言っていいほど頭の中に入らなかった。
「んあー……むずー……」
だが、それがいい。
「やりがいあるっ………がんばろっ!」
(ナポリのピザ、大人になったら食べにいくんだもん)
どのみち、習い事などできはしない。
義務教育が受けられるだけでも、自分はまだ恵まれている。
桜子は、幼いながらも自身の立場を――捨てられた子供なのだということを理解していた。
「ガラスのくつはシンデレラの小さな足にぴったりとはまりました。王子はよろこび、シンデレラをお馬にのせてお城まで連れてかえりました。そして、二人はいつまでも――」
(努力は必ずむくわれる。頑張ってれば、私もいっぱい幸せになれる)
「そうでしょ?おてんとうさま……」
最初の3話のみ五月雨にですが本日中に出し、4話以降は毎日1話ずつ投稿します。




