運命の出会い演出編14
フェリクスの協力を取り付け、ルシンダ本人には知らせずに非公式のお茶会をセッティングしたのは、その次の日のことだった。
フェリクスは護衛騎士を伴って現れた。さすがにローブ姿ではないが、きらきらしい正装でもない。城に招かれた良家の子息らしい、適度にフォーマルだが堅くなりすぎない格好だ。
(なるほど……。相手に安心感を与えつつ、話しづらくならない程度の服装ということね……)
なんとも絶妙なバランスだ。従えた護衛騎士と気さくに言葉を交わして笑顔を見せる様子も、美貌と相まって印象がいい。
「まあ……どなたでしょうか」
ルシンダも気になる様子だ。
サンドラは適当な口実を設けて、ルシンダを連れて庭に出てきていた。もちろん、偶然を装ってフェリクスに会わせるためだ。天気がよかったので決行ということになった。
(いける……!)
サンドラはひそかにこぶしを握った。最初の関門はひとまずクリアだ。ルシンダに彼の悪印象を持たせず、関心を持たせることができた。
(あとはお願いいたします、殿下……!)
打ち合わせ通り、フェリクスがこちらに気付いた様子で近付いてきた。もしもルシンダが嫌がったりするようなら中止を伝えるためにサンドラが首を振って合図をする取り決めだったが、問題ないので続行だ。
フェリクスが爽やかに声をかけた。
「やあ、すまないがちょっと道を教えてほしいんだ。蔓薔薇が見事な庭園があると聞いたんだけどね」
近付きすぎず、警戒心を起こさせない距離を保っている。
フェリクスが案内を求めた庭は、よく知られた場所なのでルシンダも確実に知っており、案内できる。もちろんサンドラの入れ知恵である。蔓薔薇のアーチをくぐって辿り着く場所なので人払いもしやすい。他の人を通さないようにと庭師にあらかじめ頼んである。
声をかけられたルシンダは戸惑ったようにサンドラを見上げた。サンドラは軽くルシンダを前に押しやるようにし、小さく囁いた。
「マナーの復習だと思って、どうぞ案内して差し上げてください。城を訪れる方々を歓迎するのは良いことですから」
そのくらいは何でもないことなのだ、別に男性と二人きりになるわけでもない、と何気なさを装って示す。ルシンダは素直に頷いた。
「でしたら、こちらですわ」
「おや、案内してくださるのですか。嬉しいなあ」
(こいつ…………!)
フェリクスの手口に呆れながら感心する。にこにこと爽やかな笑みを浮かべながらも押しが強い。ルシンダはただ手で道を示そうとしただけだが、一緒に案内してもらえるものだとごく自然に話を持って行ってしまった。こう言われてしまっては同行して案内しないわけにはいかないだろう。
自分がやられるとしてやられた気分になるだろうが、味方としてなら心強いことこの上ない。その調子でルシンダを巻き込んでいってほしい。
ルシンダは少し躊躇ったが、そのまま歩いて案内を始めた。少し後に護衛騎士とサンドラが続く。
フェリクスは如才なく話を振っていった。花が見事ですね、などと否定のしようもない話題でルシンダを頷かせている。個人的な話題にも踏み込まない。
ルシンダは時折こちらを気にする様子を見せたが、サンドラが何も言わずに当然のような顔で後から歩いていったおかげか、戻ろうともせずに案内を終えた。
ついた先は蔓薔薇の咲き乱れる美しい庭だ。置かれたテーブルセットも薔薇を模したもので統一されている。
フェリクスが案内のお礼を言い、感嘆の息をついた。
「ああ、これは見事だ。さすが王城の庭だけありますね。これなど、香りも素晴らしい」
天気もよく風も爽やかで、屋内に戻ってしまうのが惜しい日和だ。ルシンダが名残惜しげな様子を見せた。
「どうです、こちらもご覧になりませんか。赤とオレンジがマーブル模様になって美しいですよ」
フェリクスは話を続け、ルシンダを引き留めようとしている。サンドラも助け舟を出した。
「今日の予定には余裕がありますから大丈夫ですよ。せっかく外に出てきたのですから、少し気分転換をなさってもよろしいかと。お客様をおもてなしするのも大切なことですし。……それとも、戻って経済の勉強の続きをなさいますか?」
ルシンダの苦手な分野の話を出すと、ルシンダはぷるぷると首を振った。
「いえ、もう少しここで休憩していくわ」
あとは打ち合わせ通りだ。ルシンダから言質を取ったサンドラは素早くお茶の支度を整え、二人の話が聞こえないあたりまで下がって控えた。お茶の用意は三人分。フェリクスとルシンダ、それに護衛騎士の分だ。お付きであっても客人には違いなく、彼も彼で身分があるのだろうと思われたので省きはしない。そして、サンドラがいてはフェリクスの邪魔になりかねない――ルシンダがこちらに助け舟を求めかねない――ので下がっておく。
肩の荷が下りた思いで見守っていると、どうやらフェリクスが上手くやっているようだ。ルシンダは騎士に委縮する様子を見せていたが、フェリクスが途中で彼を下がらせると、そこからは自然に話が弾んで笑顔も見られるようになった。
会話の時間はそれほど長くはなかった。こういうのは少し物足りないくらいで切り上げれば、名残惜しい、また会いたいと思わせやすいからだ。フェリクスも当然そのあたりのことを心得ているらしく、適度なところで話を切り上げた。
「お引き留めしてしまって申し訳なかったね。おかげさまで楽しい時間を過ごせたよ。またどこかで会えると嬉しいのだけど。……お名前を聞いてもいいかな?」
ルシンダへの、その言葉は織り込み済みだ。給仕のためにちょうどテーブルに来ていた――と見せつつ、話が終わるタイミングをフェリクスの合図で知った――サンドラが彼の言葉を遮った。
「それはお知りにならない方がよろしいかと。高貴なお方ですので」
この流れで名前を尋ねないのは不自然だが、名前を教えてしまうわけにもいかない。あくまでも自然に偶然に出会った者どうしでいなければ。互いの立場をルシンダが知るのは公式の顔合わせでということになる。
フェリクスはわざとらしく少し目を瞠った。
「……そうなんだ。知らず失礼をはたらいていなければいいのだけど。案内をありがとう、楽しかったよ」
話を終えようとするフェリクスに、しかしルシンダが自ら明かした。
「いえ、どうぞ名乗らせて。わたくし、ルシンダと申します。あなたのお名前は何ておっしゃるの?」
(ルシンダ様ーーーー!?)




