復讐の誓い
里の中央には大きな2本のご神木があった。
里の人は、そのご神木は父なる木と母なる木と呼んだ。
里の者が亡くなると、火葬にされ、骨は粉々にすりつぶされ、父なる木と母なる木の根元に撒かれた。
このご神木には、毎年実がなった。甘くはないが、脂肪分がたっぷりと含まれた実で鳥の肉やパンと食べると美味かった。
母がよく、キジ肉とこの木の実とパンで作ったサンドイッチを作ってくれた。
里では、そんな料理を作るのは母だけだったので、もう食べる事はできない。
ご神木を見るたびに、サンドイッチの事を思い出した。
両親が亡くなってから、暇があれば、里にある本を読み、里にいる腕自慢に稽古をつけてもらった。
とにかく、両親から教わることができない分。他の大人から教わろうと努力をした。
同世代の者たちと関わらず、大人とばかり関わった。
大人たちは、
「遊びたいさかりだろ。無理しないでお前も遊べ」
と言われたが、同世代の者たちと遊ぶことが苦痛だった。
こいつらには、親がいる。
そう思うだけで、殴りたい気持ちになった。
もちろん親がいるのが、悪いわけではない。
しかし、見てしまうと、こいつには親がいると連想させられ殴りたくなった。
これはもう条件反射のようなものだ。
我慢なんかで済む話じゃない。
だから、一緒に遊ばなかった。
俺に言わせると、自分の心と、同世代の子供たちを守っただけだ。
そうやって、同世代の者たちとは距離を開けながら、大人たちの世界にどっぷりとつかった。
ある時長老はこう言われた。
「この世には二つの病がある。一つは普通に薬や養生で治療できる病と、そうでない病だ。
そうでない病は、不治の病という。
お前の両親も不治の病にかかっておった。だから守り人の役目を任じた。
これは里の掟じゃ。
この病を治そうと思っても、薬や養生は効かぬ、
秘薬を飲むか、なんらかのきっかけが必要になるのじゃ。
そして掟により、秘薬をわしらが飲む事ができない」
「不治の病とはいったい何なのですか?」
と俺は尋ねた。
「有体にいえば、幻覚じゃよ」
と長老は言った。
「幻覚なんかで、病気になるわけがない」
と俺は言った。
「お主はまだ若いからわからんのじゃ。機械や道具の故障ならすぐ修理が終わるじゃろ。では人間の病気はどうじゃ?」
と長老は言った。
俺は何も答えれなかった。
「病は気からという。多くの病は気つまり気分や気持ちから発生するのじゃ。
不治の病は幻覚の病だからこそ、時間がかかる。もし幻覚でなければ、もっと早くに治る。普通の病気も根治するのには、治ってからもしばらく薬が必要だろ。あれと同じなのじゃ」
と長老は言った。
「そしてお前の両親は、あの時すでに寿命じゃった。だから諦めよ。受け入れよ。自分の人生を」
と長老は言った。
「俺が出かけるまで、元気な顔をしていた。病気なんかじゃない。賊のせいだ」
と俺は言った。
怒りがふつふつと湧いてきた。
「わかる時が来る。怒りを手放せ」
と長老は言った。
俺は長老の話を聞いて、ますます理不尽さに納得がいかなくなった。
なぜだれか他の人の命を救うために、俺の両親の命が奪われないといけなかったのか。それが寿命かどうかなんか関係ない。
現実に俺の目の前で、真っ赤に染まって倒れていた光景を忘れる事はできない。
家があったところには、すっかり片付けられて、果樹が植えてある。
俺の両親なんていませんでしたと、いわんばかりに、果樹が植えてある。
まだ実はなっていない。
再来年くらいには、実がなるだろうと大人たちは言っていた。
実がなれば、ますます両親は皆の頭の中から消えていくだろう。
俺は果樹の成長が、両親の記憶の除去と比例するかのように思われて、憎らしい気持ちになった。
一年ほどは両親の話題もでた。
しかし今は両親の話題を出すものもいない。
家財道具もない。墓もない。ただ記憶の中に埋没していく両親。
たぶん、俺の記憶からも埋没していくのだろう。
それがたまらなく、残忍なことをしている気がした。
俺もいずれ、こういう風に忘れ去られる運命なのかなと。
刹那的に思いもした。
そうして、俺の気持ちは復讐へと変化していく。
両親との絆を守るために、自分の存在意義を守るために、
復讐しようと決意した。
両親は旅出つ間際に、復讐は考えるな。自分の人生を生きろと言った。
俺はこう思った。
自分の人生を生きろ。
俺の人生は復讐だと。
そう決めようと思った。
それから俺は、猟師に弟子入りをした。
弓矢や、罠猟を覚えるためだ。
弓矢も罠も復讐に使える。
とにかく必死で覚えた。
手に無数の血豆を作りながら、弓矢も上手くなった。
猟師の技を一通り覚えてからは、薬師に弟子入りした。
そして、いろいろな薬草のことや、調合を覚えた。
しかし本当の目的は毒草のことを学ぶためだった。
薬師は、禁忌ということで、毒草の知識を学ぶ。
しかし俺は、使う気で毒草の知識を学んだ。
相手が強すぎる場合、毒で勝とうと思ったからだ。
そして、両親が亡くなった3年が経とうとしていた。
俺は8歳になった年に、この里から出て行こうと準備をしていた。
復讐するためだ。
両親は武術の心得があった。それでもやられたということは、相手は相当の手練れに違いない。
だから、俺は子供の足で歩いて1週間かかる街に行って、住み込みで働きながら、剣術の指南を受けようと思っていた。
そして必ず。
両親の仇を撃つ。
大人の仕事を手伝い、多少のお金も持った。猟師の腕も磨いたし、薬師の知識もある。どこでも雇ってもらえるだろう。
俺はそう信じていた。




