ぼくたちは三番大隊 前編
三番大隊駐屯所。午前。
副隊長、篠崎は大隊長、佐々木にとある紙一枚を渡された。
「なんですか、これ?」
首を傾げた篠崎に、佐々木は面倒そうに肩をすくめた。
「春に配属される新人隊員たちへの宣伝用紙だと。配属される大隊の雰囲気を伝えるために、全大隊が参加しなきゃならねえ」と説明しながら、佐々木は別の書類に目を通している。
「それをぼくに任せると?」
「そうだ。お前は仕事が早いからな。できなかったら暇な奴捕まえて手伝ってもらえ」
片手間で言った佐々木の言葉はまるで他人事だ。篠崎に一瞥すらくれてやらない。自分には向いていないからと、傍から見れば体よく彼に押し付けたように見える。しかし、篠崎は。
「はいっ!お任せください!必ずやこのぼくが!ご期待に沿えるものを作って御覧に入れましょう!」
彼は隠せないほどの高揚した笑みを浮かべる。自分が大隊長から頼りにされているという事実が嬉しいのだろう。健気な彼に、佐々木は「ああ、よろしくな」と淡白に資料を押し付けた。佐々木は佐々木で別の仕事があるので、紙を持っていた手をおろした。
佐々木から紙を受け取り、踵を返した篠崎は熱意を燃やしている。早速仕事に取り掛かり始めた。
新人隊員用配属大隊宣伝用紙。
歴代の宣伝用紙の束を漁っている篠崎は、今までの三番大隊の軌跡を丁寧に辿っていた。
大量の資料に前のめりで目を凝らしている篠崎に、菅がぎょっとして眉をひそめる。
「何してるの?」
「一番役に立たない奴が来るな」
一瞥もせず背後にいた菅に言い返すと、篠崎はまた資料をめくった。
「何アレ?感じ悪―い」
「菅中隊長、邪魔しないの」
篠崎にちょっかいをかけようとした彼を、瀬川が素早く制す。すると彼女の声だけに反応した篠崎は「あ、瀬川!」と満面の笑みで資料から目を離した。
「今、時間はあるか?実は手伝って欲しいことがあって…」
「いいわよ」
「やった!…ではなくて、ありがとう」
腕を組み、精一杯偉そうなふりをするため、篠崎は眉間に力を入れた。菅は自分との露骨な態度の差に「ええ…」と呆気にとられる。即答した瀬川はすんなりと篠崎の隣の席に座った。篠崎の顔が少し赤くなる。
「え?やっぱ篠崎くん、瀬川ちゃんのこと好…」
「おおお…!それは言っちゃいかんぞ」
篠崎の思いを口走りそうになった菅に、園寺が慌てて止めに入った。彼は机の上の書類から弾かれたように顔を上げる。
「そう言うのは自分で伝えてこそじゃ」
遠き日に思いをはせるように、感慨深そうに園寺は頷いた。響いていないのか、菅は「園寺のじいちゃんって意外と浪漫主義なの?」と、篠崎のこととは関係のないところで首を傾げている。
「やはり三番大隊は知力と武力を全面的に押し出した文言が多いな…」
「けれどそれってどこの大隊も同じようなものじゃない?比較してみるのもありだと思うわ」
「なるほど!」
意見を聞くことも、意見を言うことも上手な瀬川と話せて篠崎に笑みがこぼれる。そして彼はくるっと菅に向き直った。
「おい菅。茶々を入れるならせめて役に立つことをしろ。よってお前に他大隊の宣伝広告調査を命じる」
「えー、何でオレ?面倒くさい…」
「つべこべ言わずに早くいけ!どうしてお前はそういつもいつも…!」
反りの合わない二人の押し問答。篠崎が命令し、菅がごねる。それに怒った篠崎がさらに一言多い。そこに菅が言い返すと、篠崎は火に油を注がれたように腹を立てる。これが三番大隊のいつもの光景であった。怪火戦以降、菅が篠崎を救ってもその関係はなんら変わらない。篠崎の言葉に真剣に取り合わない菅と、それに苛立ってどんどん声を荒げていく篠崎は、周りの悩みの種だった。
「軍部大臣と大隊長の喧嘩も、こんな感じなのかしら?」
的を射過ぎた瀬川の発言に、隊員たちの背筋が凍る。全員が振り返ると佐々木は難しい顔しながら資料と向き合っているだけだった。「何だよ」と眉をひそめた大隊長に全員が首を振る。佐々木は不思議そうに首を傾げながらも、視線を資料に戻した。聞こえていなかったらしいことに皆は胸をなでおろす。
二人の言い争いはなおも続いる。が、口論の末、今日は大人しく菅が折れた。「まあ、暇だし行くか」と書類仕事がすべて終わっている菅は、先ほどまで言い合いが嘘のように軽い足取りで扉へ向かおうとする。
「他大隊にちょっかいかけんようにな」
「わかってるって園寺のじいちゃん」
途中、園寺に釘を刺されたが、彼は「はーい」と適当な返事しかしない。「本当に大丈夫だろうか」と園寺と瀬川、そして聞き耳を立てていた杉田と関が一瞬で不安になった。そうとは露知らず、一、二番大隊の駐屯所へ向かった菅の影が見えなくなった瞬間、篠崎はパンッと手を叩いた。
「よし!邪魔者はいなくなった。この間に案を出そう!」
狡猾に使い走りと厄介払いを同時に叶えた篠崎は、瀬川、園寺に向き直る。そしてその奥。聞き耳を立てていた武闘派にまで目を向ける。心配そうに見ていた杉田と関は篠崎と目が合ったと同時にぎょっとする。杉田は苦笑いを浮かべ、関は目を逸らした。寝込んでいる曽根は「なんすか?」と焼け跡の覗く包帯ぐるぐるの状態で明るく笑った。
これにより篠崎主催、菅抜きの宣伝広告会議が開かれたのである。




