17.河濫沱への勝ち筋
夏芽をどう惚れさせるか……そこが問題。
(一条院 宗雪視点)
「……さて、どうしたもんか……」
特訓をするとは言ったが、ぶっちゃけ俺様としては手詰まりだ。
そもそも原作ゲームの水虎 河濫沱は、初めての八妖将戦でありながら色々とおかしかった。
まず、戦闘するキャラは夏芽1人であり、勝利条件も河濫沱の場外負け1択のみだった。
次に、攻撃力が馬鹿みてぇに高くて1発でもマトモに食らえば敗北は決定的だった。
……正直に言うと、この段階で心が折れる者も少なくなかったとか何とか……
と、ここで夏芽が口を開き……
「そもそも、どうして河濫沱はアタイの技……いや、正確には二剛院家の技を使えたんすかね?」
「さあ、どうしてだろうな」
まあ、普通は気になるよな……
だが、俺様は原作ゲームによって真実を知っている。
まだ話す気はないが……
「ま、そんな事はどうでも良いっす!……それより、さっさと特訓を始めるっすよ!」
「一応言うが、俺様は教えるだけだからな?」
「分かってるっすよ!……じゃ、始めるっす!」
それから夏芽は、自分なりの河濫沱と戦うための特訓を始めたのだが……
「……俺様は、何を教えりゃ良いんだ?」
こんな言葉が出るぐれぇ、夏芽の特訓はストイックだった。
事前に聞いていたタイヤ引き10km、上体起こし1万回、腕立て伏せ1万回、スクワット1万回を含む、人類が出来るとは思えねぇ特訓メニューを次々とこなしていったのだ。
……教えるだけとは言ったが、ここまで出来る夏芽に何を教えりゃ良いんだよ!?
そして、夏芽が自分なりに考えたであろう特訓メニューを終えると……
「……で、どう改善したら良いっすか?」
「いや……俺様としては、これ以上どうしろとしか言えねぇんだが……」
俺様は何も言えなくなったし、桜達4人に関してはさっきからずっと絶句していた。
「河濫沱、こんな化物に勝ったんかァ……」
「夏芽様は、本当に人間でございますか?」
「夏芽様、凄いですね……」
「夏芽は本当に何なのだ……」
「いや、そこまで言うっすか!?」
桜達の言う事ももっともだが、それでもこの夏芽というキャラは原作ゲームにおいて1人で河濫沱と渡り合う事になるキャラだ。
弱ぇ筈がねぇんだよな……
「夏芽、二剛院家の常識は殆んど通用しねぇのが現実だからな。……あんな特訓して息切れすら起こしてねぇのがやべぇんだよ」
「そ、そんな事を言われてもっす……」
「だが、夏芽や河濫沱にも明確な弱点はある」
「「「「っ!?」」」」
「な、何っすか?」
あ、何か桜達4人が信じられねぇものを見るかの様な反応したな……
まあ、言いてぇ事も分かる。
それでも……
「結局、夏芽や河濫沱は技が大振りなんだよ。……いや、河濫沱は直接見た訳じゃねぇが、夏芽の話を聞く限りじゃ隙が大きい」
「そうっすね……でも、多分今のままじゃ相手を動かす事すら出来ないっすよ?」
「そこはまあ、腐っても八妖将だな。……だから当面の目的は、夏芽を河濫沱に通用する力まで底上げさせる事になるが……」
「いや、オレとしちゃどうしろって話だぜ?」
「戦闘方法が近い私ですら、良い案は思い付きもいたしません……」
「僕もお手上げですね」
「萌音もなのだ!」
あんな特訓を見せられた後だと、全員これ以上何をさせれば良いのか分からなくなっていた。
「……というか皆、平静過ぎじゃないっすか?」
「いきなり何の話だ?」
「だって八妖将っすよ!?……なのに、皆あんまり危機感がない様に見えるっす……」
ああ、その事か……
ぶっちゃけ、夏芽も知ってるのかとばかり思ってたんだが……
「夏芽、よく聞けよ?……水虎の河濫沱は確かに八妖将の一角ではあるが、基本的に人は殺さねぇし、強者との戦いを楽しむだけだから、他の八妖将と比べると危険度は何段階も下がる」
「え、そうなんすか!?」
「そうだ。……実際、八妖将共の封印が解けてから今まで、河濫沱が原因の死者は出てねぇからな」
「……ま、強さに関しては無視出来ねぇがなァ」
河濫沱は危険度こそ八妖将の中では低いが、実力に関してはやはり八妖将としか言えねぇ強さをしてやがるからな……
ここまで強い夏芽を一方的に屠る実力……俺様でも勝てねぇだろうな……
「取り敢えず、俺様からは筋力はこれ以上鍛えなくて良いから技術を磨け、としか言えねぇな」
「技術っすか?」
「そうだ。……夏芽はずっと使って来た【微水張手】を使い続けてるんだろうが、それじゃあ駄目だな。……河濫沱が使ったっていう【激流張手】を使える様になれれば勝ち目は見えて来るんだが……」
「いや、あんなのどんな理屈の技かも分からないっすから無理っすよ……」
いや、それを言われてもな……
「それを言ったら、そもそも【微水張手】の時点で理屈が分からねぇだろ?」
「でも、理屈が分からなくても何をすればああなるかってのは分かるっす!」
「なら、【激流張手】も同じ様にしたら……」
「それが出来たら苦労しないっすよ!」
ああもう!
これじゃあどうしたら良いか分からねぇぞ?
と、そんな時に桜が口を開き……
「だったら、いっその事ベタな手に出てみるのも良いんじゃねぇかァ?」
「ベタな手っすか?」
「桜、何をするつもりだ?」
桜の奴、何をしでかすつもりだ?
「簡単な話だァ。……こういうのは、愛の力で乗り越えるもんだろォ?」
「……ハァ?」
「桜お義姉様、遂に乱心なされてしまったのでございましょうか?」
「桜様、何を言っているんですか?」
「桜、何を言っているのだ?」
桜が言った"愛の力"という言葉に対し、俺様達は桜の頭がおかしくなったのかと割と本気で考えた。
だが、それに対して夏芽は……
「なるほど、そうっすか!」
「っ!?……夏芽、何か分かったのか!?」
「ほら、物語でよくあるじゃないっすか!……愛する者のために覚醒する的な流れが……」
「……だからどうしろと!?」
駄目だ。
俺様には……いや、俺様だけじゃねぇな。
沙耶花、空助、萌音もまた、桜と夏芽の言葉を理解出来てねぇ……というより、理解を拒んでいる様にしか見えなかった。
ただ、そんなのはお構いなしとばかりに桜は言葉を続けて……
「そういう事だァ。……オレも、恋をして前よりも強くなった。……だから、夏芽も……」
「いや、恋って……夏芽、好きな奴居るのか?」
「う~ん……アタイって、案外簡単に人を好きになれるっすからね~。……ま、出来ない事はないっすよ」
そういや夏芽、未実装だったとはいえ原作ゲームのヒロインだったよな?
……となれば、相手役は……
「おい空助、ちょっと頼みが……って、居ねぇし!」
俺様は空助を夏芽の相手役に据えようとしたのだが、何故か空助は姿を消していた。
「空助さんなら、お兄様が話しかけられる数秒前に【隠密】で姿をお消しになられましたが……」
「チッ、逃げたか……」
確かに、空助が逃げたくなる気持ちも分かる。
こんな化物染みた筋力の持ち主、普通は恋人にしたくねぇんだろう……
原作ゲームのヒロインでも、所詮は未実装。
空助が夏芽を好きになる義理なんてねぇよな……
「……別にアタイは気にしないっすよ。……寧ろ、これが普通の反応っす」
「夏芽……」
「『友人としては良いけど、恋人はキツい』……そんな言葉を直接言われた事すらあるっすから、こんなのまだ優しい方っす……」
「……何か申し訳ございませんでした……」
夏芽の言葉を聞いた空助が、【隠密】を解いて現れた。
もっとも、その顔はかなり冷や汗でいっぱいになっていたが……
「大丈夫っすよ!……それに、アタイとしてはもっと好ましい相手を見つけてるっすから!」
「え?」
「誰ですか?」
原作ゲーム主人公の空助以上の相手?
そんな奴、どこに……
「ここに居るっす!」
ーガシッ!
「……え、俺様!?」
俺様の腕を掴んだ夏芽と、その言葉が意味するもの。
それを理解出来ない程、俺様は馬鹿ではなかった。
そして、このやり取りが俺様にとって大きな分岐点になるとは、この時の俺様は思ってもみなかったのだった……
ご読了ありがとうございます。
もう1周回って、何となくで惚れさせました……
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後、皆様がどんな事を思ってこの小説を読んでいるのか気になるので、感想くださるとありがたいです。




