543 お眠の時間
かなり突き放すような言い方をしてしまったけれども、真夜中になろうとする時分に子どもたちだけで放置されることがいかに危ないことなのかは分かっていたらしく、少年たちは大人しくボクたちの後を付いてくることになったのだった。
うんうん。一応はまともな危機意識を持っているようで、お姉さんは安心しましたよ。
でも、そうした一般常識があるならば、どうして幻の鵺が出現する直前の時にはあんなにも逃げることを拒んだのだろうか?
十中八九、子どもだけで夜中の街道にいたことと深くふかーく関係しているのだろうけれどね。
そしてここまでくればボクにだって分かる。
きっと碌でもなく面倒で苛立たしい理由なのだと!
否が応でもそれに巻き込まれてしまうのだということに!
まあ、それ以前に何となく予想は付いていたりもするのだけれど……。
いやでも、さすがにね、この展開はないと思いたいなあ……。
しかし、そんなボクのささやかな願いはその後潰えることになってしまう。
「……リュカリュカ。あの子たち、そろそろ限界なのではなくて?」
歩き続けること一時間。前方の少し離れた位置で寄ってきた魔物を撃退していたはずのミルファがすすすっと体を近づけてきたかと思えば、小声でそう尋ねてきた。
夢幻夜鳥との戦闘以降、子どもたちは無駄口を叩くことがなかったのだが、ここ十分くらいは顔を俯けている時間も増えてきていた。
「そろそろ限界なのかもね」
よく見てみると、息が荒くなっている子や足取りがおぼつかなくなっている子もいる。
ボクたちと出会う以前にどれだけの時間と距離を歩かされていたのかは分からないが、体力だけでなく気力も限界に近づいていることは誰の目からも明らかだった。
「既に一度【キュア】を彼らにはかけていますから、これ以上は無理でしょう」
頼みの綱だったネイトへと向き直るも、ゆるゆると首を横に振られてしまう。
疲労も一種の状態異常という扱いになるのか、状態異常を回復する【キュア】の魔法で一時的には癒すことができるのだけれど、再度効果が現れるようになるまでには数時間かかる――個人差あり――らしい。
早い話、【キュア】を乱発することで延々と元気なまま移動する、なんてことができないようになっている訳だね。
「……仕方ないね。ネイトはエッ君と一緒に先行して野宿がし易そうな場所を探してきて。くれぐれも魔物には気を付けて。ミルファは最後尾に付いて後ろからの強襲に備えておいて」
コクリと頷くとすぐに二人はそれぞれの役目のために散っていく。
「リーヴ、トレア、しばらくは二人だけが頼りだから。無茶なお願いをしちゃって悪いけど、頑張って」
激励の言葉を掛けると、ふんすとやる気を漲らせる二人。頼もしいね。でも、無理をしてしまわないか少しだけ心配です。
本当はチーミルとリーネイも呼び出したいところなのだけれど、この後の野宿のことも考えるとできれば戦力は温存しておきたいところだ。
それにパーティーの人数上限の関係上、ミルファたちとのパーティーを解除しなくてはいけなくなる。ただでさえ彼女たちとの距離が離れているのだ。分断されて迷子になってしまうようなリスクは避けておきたい。
結局、ネイトとエッ君が野宿に適した場所を見つけたのはそれから三十分ほど後のことだった。
子どもたちは本格的に疲れがピークに達していたのか、「ここで休憩を取るよ」と言った瞬間、倒れるようにしてその場へと蹲ってしまった。
多分、夜の闇や魔物への恐怖心だけで足を動かし続けていたのだろう。
すぐに〔生活魔法〕の【湧水】で生み出した水を飲ませると、次に【浄化】でまとめて汚れを落としてテントの中へと放り込む。
これはドワーフの里を出発する際に格安で譲ってもらったキャンプ用具一式の中にあったものだ。
山小屋などが整備されていた『土卿エリア』では出番がなかったテントだったが、まさかこんな場所で子どもたちを寝かせるために使用することになるとは思ってもみなかったわ。
まさに備えあれば憂いなし。……うん、合っているようでいてそこはかとなく間違っているような気がしないでもないね。
「明るくなってあの子たちが動き出せるようになるまでは、このままここで休憩かな」
テントから少しだけ離れた位置に小さな焚火をおこすと、ボクたちはその周囲に座り込んでいた。
「そうですね。ですが、問題は……」
「わたくしたちの気力と体力、ですわね」
子どもたちは休ませることができる。しかし、ボクたちの方はそうもいかない。交代で寝ずの番を務めなければいけないだろうし、当然疲労も蓄積することになるだろう。
目的地の迷宮まで、大人の足でも三日はかかると言われていた。昼前にスホシ村を出発して、現時点ではまだ一日分の距離も進むことはできていないのではないかな。
その上、お荷物で足手まといの子どもたちを連れてとなると、ここからまだ三日はかかると考えておくべきだと思う。
「……わたくしたちは、あの子たちの命を背負っていますのね」
「ええ。とても、重いですね……」
ドワーフの里に着くまでアッシュさんたち行商人トリオの護衛をやった事があったけれど、彼らはボクたちよりも年上で、ほぼ形だけではあったけれども戦う術も身に着けていた。
何よりも行商という行動に伴う危険などをしっかりと認識していたため、命を預かるという認識はなかった。
対して今回は、年下で戦闘関連の技術はなし、詳しい事情こそ聞いてはいないが、精々が一般常識程度にしか旅の危険性を認識していない様子だった。
はっきり言って、今ボクたちが見捨ててしまえば、あの子たちが無事に目的地へと到着できる確率は、いや、それ以前に生き残れる可能性すら限りなく低くなることだろう。
「正直な話、かなりきっついよね」
せめてアッシュさんたちの持っていた荷馬車くらいがあれば、移動の負担を大きく軽減することができるのだけれど。
もっとも、馬車があったところで動力がないので無用の長物と化してしまうだけかもしれない。
え?ケンタウロスのトレアならば小さな荷馬車くらいはひけるだろうって?
……まあ、頼めばやってくれるだろうけれど、彼女には近付いてくる魔物に先制して攻撃を仕掛けるという大切な役割があるからね。
それに何より、うちの可愛い娘さんにそんな重労働をさせたくはありませんから!




