第08話 魔王は聖剣を手に入れたい
俺たちが歩みを進めると、そこには広い空洞が広がっていた。
はるか高い頭上は地上に繋がっているのか、わずかな光が漏れ出ている。
地下から水脈の水が川を作り、足下を流れていた。
「……待て」
俺は手を出して、アリーゼとモニの動きを制止する。
部屋の中央にある奇妙な存在を見つけ、それに注意を向けた。
モニとアリーゼが口を開く。
「お宝ッスか?」
「モ、モンスターかも……」
「……両方だな」
俺はゆっくりとそれに近付いた。
それは一人の人間の少女に似た外見をしていた。
しかし異常なのは、その少女の背中から胸に剣が貫通していることだ。
剣は宝石をあしらった装飾と共に魔力を帯びており、一目で名のある魔剣だというのが見てとれる。
「……生きているのか?」
俺は一人近付きつつ、その少女を見据える。
外見は若く小さい女で、その肌の色は死んでいるようには見えない。
銀色の髪の毛に、この辺りではあまり見ない薄着の貫頭衣。東洋の物だろうか。
しかし両側頭部から後ろにかけて生える角に、小さな銀色の翼と尾が彼女が人間では無いことを示している。
「竜人……銀翼の血族か」
我々魔族の中でもドラゴンの血を引くとされる種、竜人。
そこかしこの肌に鱗も見えることから、彼女はシルバードラゴンの血を引く竜人だろう。
貫通した剣からは血の一滴も出ていない姿は異様だった。
俺は少女の間近に近付くと、その肩に手を置く。
「……僅かに体温があるな。仮死状態か……?」
俺は彼女の頬をぺしぺしと叩いてみる。
「おい、生きてるか」
何度か叩くと、少女は口を開いた。
「……なんじゃ、騒々しい。もう少し寝かせろ」
「……奇抜な昼寝の仕方だな」
俺が剣に貫かれた少女から離れようとすると、彼女は慌てて声を上げた。
「……む!? 待て、貴様何奴!」
背中に声をかけられ、俺は振り向く。
――せっかくだから名乗ってやろうじゃないか。
「――余は歴代最強の魔王、リンド・リバルザイン三世! 何人も余の前にひれ伏し、恐れ戦くがいい!」」
右手を前に出し、竜人に向けてポーズを取る。
――決まった。
しかし少女は剣に貫かれた姿勢のまま、俺の名乗りに眉をひそめた。
「リバルザイン……? お主もしや……ううん、しかし……。おい、もっと近うよれ。顔を見せろ」
不遜な態度を見せる竜人の言葉をいぶかしげに思いつつも、俺は彼女へと近付く。
竜人の少女はまじまじとこちらを見た。
「……言われてみればたしかに面影はある、か。しかし魔王とな? お主が?」
「……そう、魔王――だった」
城での出来事を思い返す俺の言葉に、竜人は目を細めた。
「――ふむ、何やら事情があるようじゃ。どれ、これも一つの縁、わらわが力を貸してやろうか」
「……いやべつにいらんが」
「なんじゃと」
勝手に話を進めようとする竜人に、俺は首を横に振った。
たしかに今の俺は同胞であったはずの魔族に追われている身。
しかし素性もわからない相手に力を貸すと言われ、はいそうですかと答えるほど不用心でもなかった。
竜人は驚きの表情を浮かべつつ、口を開く。
「こ、この戦場を翔る銀翼竜、ローインが助力してやろうと言うのだぞ!?」
「……知らん。聞いたことがない。有名なのか?」
「……かー、これだから最近の若者は! わらわの伝説知らんの? マジ?」
俺は助けを求めるようにモニとアリーゼに視線を送ったが、二人とも首を横に振る。
俺と同じく、全く知らないらしい。
ローインと名乗った竜人は大きなため息を吐く。
……俺は少し魔王城を追い出された自分の現状と境遇を重ね、ローインに声をかけた。
「その……まあ、名声だけが全てじゃないぞ。元気だせ」
「やめんか! 生温かい気遣いを見せるな! 中途半端に傷つく!」
彼女はそう言ってじたばたと手足を動かした。
どうやら気難しい奴らしかった。
「はー、いったいどのぐらい寝てたんじゃろ。勇者に封印されてから、かなり経ってるっぽいが……」
「今はグロウ歴318年だ。……というかやはり、それは封印されてたのか」
「うむ。見たらわかるじゃろ? この聖剣ブロトゲイザーでズバーッて封印された。……ところで暦変わった? 300年以上寝てたみたいじゃのう……」
竜人はぐでーんと手足を放り出して、気怠げに喋る。
外見はアリーゼより年下に見えるが、魔族の年齢なんて当てにならないものだ。
……まあ少なくとも、現在の魔族とのしがらみはなさそうだな。
それはつまり魔王城を追い出された俺と、敵対関係にはないということ。
――ならば。
「……まあ封印されていると言うなら助けてやるか。その剣抜けばいいんだろ?」
「ん、ああそうじゃ。だがお前さんでは無理じゃよ。生粋の人間である勇者の血を持つ者の中でも、強い魔力を持つ者にしかこの剣は――」
「――抜けたぞ」
「……は?」
ひょい、と俺が掴むと、するりと剣は抜けた。
刺さっている地面からも、彼女の胸からも抜けて、竜人の胸には切り裂かれた傷が残った。
すぐに彼女の胸元の傷が蠢き、自己修復を始める。
「……え?」
未だ困惑した表情を浮かべつつ自分の胸を抑えるローイン。
俺は彼女に構わず、抜いた細身の剣を振るった。
「これが聖剣か。なかなか扱いやすそうだ。どんな効果があるんだ?」
「ええと、竜の鱗も切り裂く力を持ち、再生能力を抑える、が……いやいやいやいや」
ローインは困惑の表情を浮かべ、俺を見つめる。
「ええ……? お前勇者の血でも引いてるのか?」
「ユニコーンの血は引いてるはずだが」
そう言いながら剣を振るっていると、剣の刀身が次第に重くなっていくのを感じた。
「む、重くなってきたぞ。なんだこの剣は……」
俺は地面に剣を突き刺す。
今度は引っ張ってみても聖剣は抜けなかった。
「いや、それが本来の……ええ? 何それ、バグ?」
ローインは今や自由に動けるようで、ひょこひょこと動きつつ剣と俺を交互に見つめる。
その間にモニとアリーゼも近付いてきて、聖剣に触れた。
「あたしじゃ抜けないッス」
「……あ、抜けた……」
モニは俺と同じくびくともしなかったが、アリーゼが持ち上げると剣はするりと抜ける。
……となると。
「どうやらアリーゼなら聖剣を扱えるらしい。……俺もアリーゼの血を取り込んでいる間は使えるのかもしれないな」
思えばそろそろ『血の盟約』の効果が徐々に消えかけてきたころだ。
アリーゼは困ったような顔を浮かべながら、苦笑する。
「わ、わたし勇者の血筋なんですか……?」
「勇者なんて近代では聞いたことがないが、もしかしたら古代の英雄の血でも引いているのかもな」
とりあえず剣はアリーゼに持ってもらい、他に宝の類いもなさそうなので俺たちは洞窟から引き上げることにした。
この洞窟には魔鉱石の鉱脈は豊富にありそうなので、採取したくなったらまた来るとしよう。
そうして俺たち三人は、元来た道を戻って洞窟を後にした――。
「――ま、待て! ちょっと待って! わらわ! わらわを残していくな! 伝説の封じられし銀翼竜! 戦場を翔る死神にして大賢者! 魔族の英雄じゃぞ!?」
「べつに恩を売ったつもりはない。好きにしたらいいぞ」
帰り道で俺たちの後ろを追いかけてきた竜人に、俺はそう言った。
べつに彼女を侮っているわけではない。
数世代前の魔族の英雄というのが真実なら、その内に秘めたる力は強大なものだろう。
だからこそ、変に恩着せがましい行動を取って恨みを買うこともない。
そう思って彼女を放っておいたのだが、しかしローインは涙目になって俺たちに追いすがってきた。
「いやいや、封印を解いてくれた対価はわらわが支払わねばなるまい!」
「いや本当大丈夫なんで……そういうの間に合ってるんで……」
「待て! 本当待ってくれ頼む! 知り合いもおらんし魔族間の戦争も終わってるみたいだし、わらわどうしたらいいかわかんない! っていうかここどこ!? わらわどこに封じられてたの!?」
――子供か!
びーびー泣く彼女の声が、帰りの山道に響いた。
「わらわを一人にしないでくれー!」
……そうしてアリーゼの家に、居候がまた一人増えたのだった。