第八話 怠惰
女性をギルドの休憩所へ預け、急いで宿屋に向かう。
「な、なんで……!?」
しかしベッドの上に投げ捨ててあった八聖剣の内二本、『白昼』『黒夜』がどこにも無かったのだ。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
戦った男は恐らく体の鈍ったアリスでは分が悪い、恐らくあの男は吸血鬼だろうし、対抗武器も持ってないアリスでは勝てるはずもなかった。
「私のせいでアリスを殺しちゃう……っ」
目の前がぐるぐるぐるぐると焦りで回る。
涙を目に溢れ、零れ落ちそうな時であった、ギィと背後の扉が開く。
「アドルフ、さん」
扉を開けたのは、燕尾服を着た老紳士。
私が剣聖となる前の剣聖を齢76となるまで続けた人物、アドルフ・ミュラー。
その目は冷ややかに私を見つめ、アドルフの手には2本の短刀が握られていた。
「全く、あなたという人は……剣聖の称号を与えたのはまだ早かったでしょうか」
「あ……そ、の。これは」
「黙りなさい」
「っ……」
剣聖という称号は国からではなく、神から賜るものだった。しかし最近では剣聖が受け継ぐべき人物へ称号を渡すというのが一般的であった。
私の歳は今年13。まだまだアドルフさんには実力が届かないというのに、アドルフさんから剣聖という称号を頂いた身なのだ。
「剣とは、私達にとって神も殺す刃となることもあれば、森羅万象全てを守りぬく力ともなりえる。それを教えたはずです」
――しかし……。アドルフは言葉を厳かに紡ぐ。
「剣聖として名乗る者、結局は人でしかない。絶対に守ってみせると決めたものを守るだけの強さがある者に、私は剣を託しました。
だが、あなたの今の姿はどうだ。力を我がものとして振るい、挙句守ると誓った者を守れずに剣を取りに逃げる始末!」
言い返すこともできず、俯き悔しさから拳を握る。
私は数年後アリスにある出来事が起きる事を知っているからこそ、忌避していた力を手に入れることを決めた。
だが、今の心はどうだろうか。アリスを助けるためにはただ力があるだけでは駄目なのに、自分の力のあり方を忘れて。
「かえ、して」
……私は、ただアリスと一緒にいたいだけなのに。
「かえしてよ」
「それはできない」
……お姉ちゃんの、傍にいたいだけなのに。
「かえしてよ!!」
……周りが、歪む。
「あなたは、最初に私に言ったことを忘れたのですか!」
……うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい
「アドルフ、そこをどいて!!」
……なんで、まだこどもなのに、つよくならなきゃいけないの
……剣さえもっていれば だれにも まけないんだから
……べつ に ツヨクなラなくタって イイデショ ?
「先程、重症を追ったアリス嬢が屋敷へ運ばれた」
一瞬アドルフに言われたことが理解できずに呆然としてしまう。
「今フェレットが必死に治癒魔術を施している。あの子も中々の努力家だ。すぐアリス嬢の様態も良くなるだろう」
「ぁ……ぁぁ……!」
わたしの せい?
「暫くアリス嬢とあなたを面会させるつもりはない。反省しなさい」
そう告げるとアドルフは踵を返し部屋から出て行った。
暫くして、泣き叫ぶような悲痛な声が街に響き渡った。