23.宮殿に戻って
翌日は朝食後にラファエルお兄様とミカとわたくしで森を散策した。
森林独特の爽やかな香りがして、空気が澄んでいるのを感じる。踏みしめる下草も心地よく、わたくしたちは森林浴をした。
休暇を取っているとはいえお父様はこの国の皇帝で、お母様は皇后である。
帝都から届く執務の書類を片付けなければいけなかった。
それでも昼食は一緒に食べられた。
昨日釣った香魚がパイになって出てきていた。香魚の雌は卵を持っている時期のようで、ぷちぷちとした食感が癖になる。香魚のパイはとても美味しかった。
昼食を終えると、帰る時間になってしまった。
荷物を纏めて馬車に乗り込むと、ミカが悲しそうな顔をしている。
「わたち、もっとあとびたかった」
「楽しかったのですね、ミカエル。また来ましょうね」
「あい」
お母様に宥められて、ミカは別荘の使用人たちに手を振って馬車に乗り込んでいった。
帰りはわたくしはお母様に抱っこされた。
一人で座るにはまだ体が小さいので心もとないが、お母様のお膝に乗るにはわたくしは少し大きくなりすぎているような気がする。それでも、お母様はしっかりとわたくしを抱っこしていてくれた。
宮殿に戻ったのは夕食の時間に近く、帰ったらすぐに食堂で全員で夕食を食べて、ばたばたと眠る準備をして、ミカは子ども部屋に、わたくしとラファエルお兄様は自分たちの部屋に、お父様とお母様はまだ執務が残っていたのでそちらに向かった。
お風呂に入って濡れた髪を乾かしてベッドに入ると、わたくしはすぐに眠ってしまった。
わたくしたちが山の別荘に行ったことは、アルベルト様にも伝わっていた。
お茶の時間にわたくしに会いに来てくださったアルベルト様が、山の別荘のことを話してくださった。
「あの別荘は皇族は誰でも使えるので、わたしも行ったことがあるよ。セラフィナくらいの年齢のときだったでだろうか。別荘の近くに川が流れているのだよね。麓の村の子どもたちは川に入って遊んでいたが、わたしは危ないので入ってはいけないと言われたよ」
「川遊びができたんですか?」
「セラフィナもラファエルもミカエルも、危ないので入ってはいけないと言われただろうね」
川遊びができたのならばしたかったと思うわたくしに、アルベルト様は危ないのでできなかっただろうと言っている。
夏場に冷たい水に触れるのは気持ちいいし、楽しいので、わたくしは今度行くことがあれば、少しだけでも足をつけさせてもらおうと思っていた。
前世でクラリッサだったころには、屋根裏部屋は夏場は蒸し暑くてとても眠れなかった。わたくしは井戸で水を被って、何とかしのいでいた。井戸の冷たい水がわたくしの命を繋いでくれた気がする。
宮殿も暑くないわけではないのだが、風通しがいいようになっているし、夏場は庭に水が撒かれて温度を少しでも下げてくれるので、前世の屋根裏部屋よりはずっと過ごしやすかった。
リヴィア嬢が着ていたのでお揃いにさせてもらった背中に大きなリボンがついているサマードレスを着ているのに、アルベルト様は気付いてくださったようだ。
「セラフィナのサマードレス、とてもかわいいね」
「お母様にお願いして、リヴィア嬢とお揃いのものを仕立ててもらったのです」
「リヴィア嬢はピンクで、セラフィナは空色だ。すごくよく似合っているよ」
褒められてわたくしは幸せな気分になる。
アルベルト様と話していると、ラファエルお兄様がミカを抱っこしてティールームに現れた。
「アルベルト、この詩集についてどう思う?」
「見せて」
「これなんだが」
「すばらち!」
「ミカエルは完璧に心酔している様子なんだが、わたしは……」
苦々しい表情になるラファエルお兄様に、アルベルト様は詩集を読んですぐに気付いたようだった。
「これは、ストラレイン王国で大流行している詩集じゃないか」
「これが、大流行しているのか!? 大丈夫か、ストラレイン王国!?」
「わたしも、ストラレイン王国でなぜこれが大流行しているかよく分からないんだが、ストラレイン王国ではこの詩が素晴らしいと評価されているらしいよ」
「すばらち!」
「ミカエルが毒されてしまうー!」
胸を張って「素晴らしい」と主張するミカに、ラファエルお兄様は苦悩している様子だった。アルベルト様も詩のよさはよく分からない様子である。わたくしもよく分からなかった。
「芸術とは難しいものなのでしょうか、お兄様、アルベルトお兄様」
「これが芸術だと認めたくない」
「わたしにはよく分からないな」
「すばらち!」
ため息をつくわたくしたちに対して、ミカはアルベルト様の手から詩集を取って、大事に抱き締めてオレリアさんに預けていた。
お茶の時間のお茶菓子は火であぶったマシュマロを挟んだビスケットで、噛むとマシュマロがとろりと蕩けて美味しかった。レーズンとバターのビスケットサンドもある。
お茶と共に美味しくいただいていると、ラファエルお兄様がアルベルト様に話していた。
「川で香魚を釣ったよ。パイにして食べたけれど、卵を持っている時期だったようで、ぷちぷちとして美味しかった」
「そういえば香魚の時期だね。わたしも食べたかったな」
「アルベルトなら取り寄せさせればいいじゃないか」
「自分が釣ったのを食べるのがいいんだよ」
アルベルト様も年相応に釣りに興味がある様子だった。
ビスケットサンドを食べながら、わたくしたちは話をする。
「今度の誕生日でセラフィナは六歳じゃないか。お茶会デビューする年齢だ」
「そういえばそうだったね」
「セラフィナの初めてのお茶会の準備は進んでいるの?」
ラファエルお兄様よりもアルベルト様の方がわたくしの六歳の誕生日に意欲的なようだ。わたくしは六歳になれば色んなお茶会に出席できる年齢になるし、バロワン先生の授業も増やせるようになるので楽しみにしていたが、アルベルト様はそれだけではなかったようだ。
「セラフィナが正式にお茶会に出席するようになれば、カラステア王国もストラレイン王国もまた動き出すんじゃないか」
「セラフィナにはアルベルトという婚約者がいるのに、まだ諦めていないのか」
「この年齢の婚約は大きくなって気持ちが変わることもあるし、カラステア王国もストラレイン王国も自分たちの方が先に申し込んでいたのを横から攫われた形になったと思っているから、納得できないのだろうね」
ストラレイン王国の二十歳以上年上の王族を婚約者にするだなんて考えたくなかったし、カラステア王国の生まれたばかりで性格も何も分からない王族を婚約者にするのも嫌だ。なにより、お父様とお母様、ラファエルお兄様とミカ、それにアルベルト様と離れて違う国に嫁いでいくなど、わたくしは想像もできなかった。
「お茶会ではわたしがセラフィナの一番近くにいて、婚約者として守ってあげないと」
「わたしもいるんだけど? わたしはセラフィナの兄なんだけど?」
「わたち、ねぇねのおとと」
いつものラファエルお兄様の嫉妬に、ミカが誇らしげな顔で言ったので、アルベルト様もラファエルお兄様も思わず笑ってしまう。
「ミカエルもセラフィナを守りたいんだね」
「ねぇね、だいすち! わたち、まもる」
「ミカ、ありがとうございます」
わたくしを守りたいというミカのかわいい気持ちが嬉しくて、わたくしは微笑んでお礼を言っていた。
お茶の時間が終わって、アルベルト様が帰るのを、わたくしは皇帝一家の生活する棟の入り口まで見送った。アルベルト様はわたくしを抱き上げて、抱き締めてくれた。
「セラフィナ、誕生日のお茶会が成功しますように」
「ありがとうございます」
わたくしがアルベルト様に抱き締められているのを見て、ミカが両手を広げて真似をしていたので、アルベルト様はミカも抱き上げて抱き締めてくれた。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、リアクション、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。




