446. - evil star - 銀星乱舞
黒煙のヴェールに切り取られた場に満ちる、純白の光。
刹那に瞬くそれが、こちらを締め上げ宙づりにしていた不可視の力を、一瞬にして吹き散らす。
「ぬぅ……!」
「ハッハァーッ!」
ヴォルツクロウの呻き声を上塗りするのは、ご機嫌そのものといった男の声。
それを耳にしながら、俺は両の足で地を踏みしめていた。
「い、いまの声は……!」
強烈な発光をもろに受けてチカつく視界に戸惑いながらも、なんとか目を開く。
見ればそこにあったのは、宙に浮かぶ無数の白い金属片。
どこかで目にしたことのあるその物体の向こう側に、ヴォルツクロウの姿があった。
そしてこの世界では初めて目にする、特徴的なシルエットがもう一つ。
「貴様……よもやそんなガラクタを引っ張りだしてくるとはな」
「ケッ! 相変わらず厭味ったらしい野郎だぜ。この陰険鴉がよぉ」
不機嫌そうに顔を歪めた魔人を、これまた不機嫌そうに笑い飛ばしたそいつの見た目には、今度はハッキリと覚えがあった。
白い金属の欠片、剣に鎧、そして盾。
砕け散りながらも光輝纏い漂う武具の中にあり、唯一つ、奇異な様相をもつ灰色の兜。
耳当ての部分に大きな二振りの飾り羽根があしらわれた、傷だらけのそいつの姿をみて、俺は思わす叫んでしまっていた。
「ジング!? おま、ジングなのか!? お前……無事だったのかよ!」
「ハッ! ぅあったりめぇよ! この無敵にして最強、無双にして最高の俺様が、たかがメインヤドカリを砕かれたぐれぇのことで、そう簡単にくたばってたまるかってんだ!」
うん。
多分、コイツの言うことなんで翔玉石の腕輪を「ヤドカリ」だなんて言ってるんでしょうけれども。
「それを言うんなら、仮の宿だろ。アホジング」
「てなわけでぇ!」
「いや何がてなわけでなんだろ。人の話聞けよ。何がどうなったのか説明しろよ」
「ゴゥルァ! こんの、クソガラスが! ここであったが12年目ってヤツよ! よくもこのジング様を騙くらかしてくれやがったな!」
「そこは100年目じゃないんだな……って、マジで話聞けよ! このタコ! てーかなんでその兜つけてんだよ!」
「そぅれでわぁっ!」
物の見事に一切合切まったく100%これっぽっちもこちらの言葉に耳を貸すことなく、ジングが一際高く浮かび上がる。
どうやらこれまで以上に、ハイテンションなご様子だ。
しかし、一体なにをどうして『生み出した』のか、もしくは『呼び出した』のか……
空飛ぶ鷲兜の周囲には、白い金属片の群れが付き従うようにして浮遊している。
その物体が何であるか。
遅蒔きながらに俺は思い出す。
それはフラム・アルバレットの精神領域にて存在したモノ。
事ある毎にジングが護り抜こうとしていた、砕けた武具の群れだった。
「それではあらためて、紳士淑女の人間どもはご注目! 俺様直々の、お仕置きタイムの開幕だ! 罪状、俺様を騙したこと! 判決、俺様権限により極刑! 執行、俺様自らによる死刑! 覚悟しやがれ、この……糞鴉がッ!」
「ほぉ。来るか、身の程知らずめが」
「あったりめいよぉ!」
言うが早いか、鷲兜と白い武具の名残りたちが一斉に宙を舞い、泰然と佇むヴォルツクロウへと向けて光の洪水と化して押し寄せた。
「うぉらうぉらおらッ! ハッハー! いいぜいいぜ、思っていた以上に悪くねぇ……あソード♪ あメイル♪ あシールド♪ あ、ヨイヨイヨイヨイ♪ うぉら、どっ、どっ、どっせーい!」
剣が、盾が、砕けた鎧の一部が――
跳ね叫ぶジングの闘気だか、意味不明のリズムだかを受けてなのか、それらすべてが縦横無尽に飛び回り、鴉の魔人へと殺到してゆく。
それが一体、どんな理屈と力で成り立っているのかまではわからないが……
なるほど、コイツが矢鱈と強気な態度だったのかは納得がいく。
舞い飛ぶ武具の欠片たちの動きは乱雑ながらも力強く、さながら白銀の流星群の如し。
再び濛々と立ち込め始めた黒煙の渦に四方八方から襲いかかっては、その支配域を着実に削り始めている。
だが、その黒煙の大元である黒の魔人は眉一つ動かさずにいた。
「愚かしく、なにより騒々しいな」
短く声を発したヴォルツクロウが、その身に纏った黒煙を操り、白刃と化した金属片を呑み込みに回る。
「カカカ――その程度じゃあ、今の俺様はとまらんぜぃ。あの時はテメェだけまんまと逃げ果せていやがったようだが……今度こそ大人しく、その首取られてな!」
しかしジングの勢いも止まらない。
黒煙に取り込まれた欠片が出たと見るや否や、今度はその部分に集中攻撃をかけて、欠片を取り戻してゆく。
一進一退。
突如として始まった、人外同士の戦い。
ゼフトとアトマの両方を損耗した俺には、とても手出しが出来ない攻防だ。
見たところ優勢なのは、攻め側であるジングのように思えるが……
「久しぶりに出てきてそうそうわりぃがよぉ! どちらがが小僧の体を支配するに相応しいのか、この場で白黒つけて……って、んぉ?」
イケイケで攻めかかる中、その気配を感じたのか。
浮遊する鷲兜が、己の足元、黒い砂利土へと視線を落とした。
そこにあったのは、一辺1mのほどの正方形にて形成された黒煙。
それがあっという間に下から上に伸びあがり――
「え、ま、ちょ――あひん!?」
一本の柱と化した黒煙と、慌てる鷲兜とが衝突を果たしたその結果、物の見事に「ゴィン!」という音を立てて、打ち上げ兜と化したジングが宙高くを舞っていた。
それに紛れて、こちらの耳に微かな靴音がやってくる。
「いやいや……簡単にやられすぎだろ!」
そこで俺は敢えてツッコミを入れつつも、疾く、戦闘態勢へと移行する構えをみせた。
黒の魔人が、その動きを視線だけで追ってくる。
可能な限り素早くステップを踏み、円を描いてヴォルツクロウの背後を取る動きを見せてゆく。
相変わらず体は悲鳴をあげているが、この際四の五のと言ってはいられない。
こちらと相対する魔人は、間合いが変わらぬことを見て取ってか、ゆっくりと口を開いてきた。
「余興にしては、つまらぬ芸だったな」
「く……!」
おそらくは、主の指令が途絶えた所為だろうか。
それまで激しく鴉の魔人打ちかかっていた金属片の群れは、ザリと音立て地を削り進んでくる魔人を阻んではくれなかった。
「余計な邪魔が入ったが、ここまでだ」
次の標的は、お前だと。
言外にそう言い放ち、ヴォルツクロウがこちらに向けて一歩足を踏み出す。
タイミング・距離、共に悪くない。
黒の魔人が次なる一歩が踏み出す、
「シィ――ッ!」
そこへと目掛けて鋭い呼気を吐き散らしながら、俺は蒼鉄の短剣を投げ放っていた。
がら空きの喉首目掛けて、飛刃が迫る。
闇が蠢く。
まるで身を挺して主を守らんとする従僕の如く、黒煙が、超高密度の瘴気が短剣を阻む。
短剣が、光一つ通さぬ闇に呑み込まれて消失する。
「それで? まさか今のが、最後の足掻きという奴だったのか?」
「まさか。俺の体が欲しいって言うんならさ。余裕かましてないで、来いよ」
言葉を返しつつも、俺は後退する。
如何にも負け惜しみという感を滲ませたその言葉に釣られてか、はたまたそれは、奴の意志に関わらず、仕組まれた式を忠実に果たすためだけの代物として生み出されていたのか……
ヴォルツクロウの身を包んでいた黒煙がこちらに向けて追い縋り、そのバランスを著しく崩した、その直後。
「聖伐の浄撃よ!」
こちらの攻撃と音に合わせて跳躍を果たしていた白羽根の乙女が、眩い光そのものと化した戦鎚を、魔を滅する渾身の『浄撃』を、見事、黒の魔人のへと叩き込んでいた。




