今度の仕事は猫探し
シリーズ化しました。
不死者の男2人のお話第2章です。
「暇だろう?」
そう“坊ちゃん”から連絡があったのは、ある平日の昼下がりのことだった。
訳あって仕事はあったり無かったりで1週間のうち暇を持て余している時間の方が多い、毎日に平日も休日もない俺たちーーー俺と、同居人兼仕事のパートナーである志々尾ーーーは、もちろん暇だった。
だから“坊ちゃん”の突然の呼び出し、つまり「仕事の依頼」は大変ありがたかった。
……その内容が何にせよ。
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本当に唐突だが、俺たちは「不死者」だ。
理由とか経緯とか、諸々の説明は面倒だから省くけど、つまるところ「死なない」。
そこそこ長い年月を生きていて(でも見た目は普通の人間でいう20代後半くらいで止まっている。実年齢は忘れた)、これからも生き続ける。多分。
そして不死者でも現代社会を生きていくには衣食住が必要で、衣食住を維持するには金が要る。
しかし、不死という体質(?)ゆえに、戸籍もなければ、保険証も、パスポートも、持ち家も何も無い、「どこにも所属していない」俺たちが、普通の人間のようにまっとうな職業に就くことは難しい。
だから俺たちは普段、堅気でない奴らに、限りなく黒に近いグレーな仕事や、危険度の高い仕事を紹介してもらって日々小金を稼いでいるのだ。
そしてその俺たちに仕事を斡旋してくれている人こそ、先の連絡をしてきた“坊ちゃん”であった。
彼は「堅気でない奴ら」の筆頭であり、この街を牛耳る「御厨組」の若頭ーーーつまりヤクザの次期組長ーーーなのだ。
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呼び出しに一も二もなく応じた俺たちが打ち合わせの場所に指定されたのは、ヤの付く職業の方が集う事務所ではなく、駅からすぐの場所にある喫茶店だった。
駅近といっても大通りを一本中に入ったさびれた裏通りにあるため、店の中はいつも空いている。
いるのは大体仕事をリタイアしたお年寄りばかりだ。
まあ、俺と志々尾はこの中で誰よりも「年寄り」だが。
坊ちゃんは待ち合わせ時間よりも前に来ており、奥のボックス席にすました表情で座っていた。
黒い詰襟姿なのは、彼が約200人の部下を持つ若頭であると同時に、17歳の高校生であるからだった。
古い喫茶店に高校生が一人でいるのはやはり少し違和感があって、そこに俺たちが加わったらさらにおかしな勘違いをされそうだ。
例えば、高校生相手に怪しい薬を売るやつら、のような。
立場的には本当は逆なのだが、誰もそんなことは思うまい。
志々尾と並んで席に着き、頼んだホットコーヒーが運ばれてきたタイミングで、坊ちゃんはさっそく「お前たちに仕事があるんだ」と告げた。
柔らかな声と口調の中にも、多くの人間を束ねる統率者としての風格がある。
「仕事って、臓器?」
一方で誰を前にしても己のペースを崩さない、「緊張感」という言葉を昔戦場のどこかに置いてきてしまった志々尾が、備え付けのシュガーポットから角砂糖をいくつもつまみ出してコーヒーに放り込みながら、顔も上げずにそう問うた。
以前俺たちが(正確には俺が)、金を稼ぐためにやった臓器売買のことを言っているのだろう。
坊ちゃんは少年らしくあははと笑って「違うよ」と言うと、テーブルの上に肘をついて両手の指を組んだ。
「あるものを探してほしいんだ」
俺と志々尾は顔を上げると、にこにこと微笑む坊ちゃんを見た。
「あるもの?」
「正確にはものではないけどね。これだよ」
坊ちゃんは詰襟のポケットから一枚の写真を取り出すと、俺たちに見せた。
「これって……」
それは、真っ白い猫だった。
写真からでもわかる、シルクのように艶やかな毛並み、ピンと伸びた髭、ビー玉のように透き通ったアイスブルーの瞳。
一目見れば誰もが認めるであろう美しい猫だった。
「探し物って、この、猫?」
「そう」
何か問題でも?といった表情の坊ちゃん。
前回は臓器売買という不死ならでは(?)の仕事だったが、猫探しとは、今回に至ってはもはや単なる便利屋だ。
だがしかし、俺たちは仕事を選り好みするなどといった贅沢はできない。生きていくには金を稼がなければならないからだ。坊ちゃんもそれを分かっての依頼なのだろう、仕事を振ってもらってありがたく思えよ、と顔に書いてある。
「この子はお祖父様が飼っていた猫なんだ。一週間前から行方不明になってる。名前はーーー」
「これ、ユキちゃんじゃん」
突然、それまで黙って大人しく写真を眺めていた志々尾が、坊ちゃんの言葉を遮ってそう言った。
……ユキちゃん???
「なんだって、志々尾?」
「いやだから、これユキちゃんだよ。おれ知ってるもん。見たことある。触ったことも」
「どこで見たんだ?その名前も」
「三丁目の山田さん家の早希ちゃんが飼ってるって」
「……は?」
坊ちゃんの頭にもはてなマークが浮かんでいる。
いまいち要領を得ない説明をする志々尾から聞き出した話を要約すると、五日前、志々尾が散歩中に出会った「山田さん家の早希ちゃん」が、前日から飼い始めた猫を誇らしげに見せてくれたことがあり、早希ちゃんはその猫を「ユキ」と名付けて可愛がっていたそうだ。この写真のとおり、真っ白で毛並みが良く、美しい猫だった、と志々尾。
その「ユキちゃん」とやらが坊ちゃんのいう猫と同一人物ーーー否、同一猫であるならば、おそらく、なんらかの理由で外に出てしまったお祖父様の猫を、早希ちゃんとやらが拾って飼い始めたといったところだろうか。
時系列で並べると、一週間前にお祖父様の所から失踪、その翌日に早希ちゃん家に迎え入れられ、その翌日、つまり五日前に志々尾がユキちゃんと名付けられたその猫を見かけている。
時期からしてもおおよそ一致している。
……早希ちゃん、偶然とは言えなんて命知らずな。
志々尾の話を聞いた坊ちゃんは困ったな、と呟くと、「お前たちに頼むまでもなかったね。やっぱり山田さん家には僕から挨拶に行こうかな」などと恐ろしいことを言い出した。
坊ちゃんが言うとすべての言葉が物騒に聞こえる。
「挨拶?どっちの意味の?」
志々尾がへらりと聞いた。思ったことを口に出さないと死んでしまうのかこいつは?
「志々尾……お前は黙ってろ。坊ちゃん、俺たちが行くから」
「そう?」
「行かせていただきます!」
坊ちゃんにやらせたら、山田家が血の海になりかねない。それだけは絶対に回避だ。
しかし、実際の持ち主は違うとはいえ、一度家族として迎え入れたペットを返してもらうというのはなかなか難しいことだろう。早希ちゃんも可愛がっているようだし、そう簡単にいくとは思えない。
にわかに不安になってきて、俺は恐る恐る坊ちゃんに尋ねた。
「ちなみに……もし連れて帰れなかったら?」
「ん?そうだなあ」
坊ちゃんは一瞬ふむ、と考える素振りをすると、パッと花が咲くような笑顔で言った。
「微塵切りにしてコンクリートと混ぜて海の底、かな」
朗らかな微笑みのままで飛び出た物騒すぎる台詞に、俺たちの口からは乾いた笑いしか出なかった。
読んで下さりありがとうございました。
章タイトルは諺「猫に九生有り」から。