溢れる音
「おぉい! こっちだ」
「誰か手の空いてる奴はいるか!」
金閣と銀閣を倒した後の訓練場は、怪我人の手当てや建物の修繕で、忙しなく人が行き来している。
リンとミネルヴァは、怪我人の手当てをすると言って現場に残った。
そしてネイベル達は、事情説明のために、冒険者組合の二階にある、大きな部屋へと案内されている。
「やっぱり、あれはアルプーリ様だよな?」
「王女様がイッカクを退治したって話、本当なの?」
「俺はしっかりと見たぜ、聞きたいか?」
「なんか骨の怪物が暴れてたらしいよ」
「ボン様の悪口を言ったのは誰よ」
歩く先々で、ネイベルの耳にもたくさんの声が届いている。
アルは、顔を真っ赤にしながら下に向けている。
「もっと上を向けや。おめぇは立派だったぞ」
「アルの努力が凝縮されていたよね。感動したよ」
ネイベル達のほうを向いた彼女は、声にならない声をあげると、再び下を向いてしまった。
普段の勝気な性格は、すっかり鳴りを潜めている。
「はっはっは。なかなか珍しいですな。昔の姿を思い出します」
ロンメルはとても嬉しそうだ。
先導してくれた職員が、こちらへ振り返る。
「こちらでお待ち下さい」
そういって通された部屋は、普段使用している宿の一階と同じ位には広くて、大事な会議とかに使いそうな雰囲気だ。
調度品も見るからに上品で、心地よい空間をそっと演出している。
ネイベル達は、長椅子へとばらばらに腰を落とした。
「お待たせ致しました」
そういって部屋へと入ってきたのは、随分と顔色が良くなったウィングだ。カミラもそばに付いている。
ネイベル達が一応の礼儀だろうと、席を立とうとすると、ウィングはそれを制した。
「ああいや、どうぞそのままおかけ下さい」
そしてウィングは、適当に空いている椅子に座った。
「さて、今回の事件ですが――」
そういって話し始めたウィングは、ひたすら感謝の意を述べ続けた。
特に、アルに対しては平身低頭といった感じだ。
時折、おでこに浮いた汗を拭っている。
「まぁそこまで感謝される覚えもねぇけどな。当たり前の事をしたまでだ」
「アルの言う通りです。俺達は全員が当然の事をしただけですので、そこまで言って頂く必要はないですよ」
ネイベルもそう言って、やんわりと落ち着いてもらえるように促す。
「ですが、本日は冒険者達の昇級試験日でして、多数の職員がその場におりました。彼ら全員に代わって、お礼を申し上げます」
そう言って深く頭を下げるウィングの後ろで、カミラは表情を変えずに、小さく頭をさげていた。
「私達の他にも、冒険者が奮闘してくれていました。彼らの頑張りも忘れないでください」
「えぇ、それはもちろんです。特に希望の灯火と、英雄の一撃、それと……」
「緋色の戦士です」
「そう、緋色の戦士というパーティが活躍したと聞いています。彼らにも、後ほど話を聞いてから、感謝の気持ちを伝えるつもりです」
ネイベル達は顔を見合わせる。そして恐る恐る訪ねた。
「緋色の戦士は、女性だけのパーティですね?」
「ええ、そう聞いております」
ウィングはそう答えた。
「はっはっは、なるほど。あの時の! 彼が救い出したパーティが改名したのですね」
「ボンさん、すごい人気だったからなあ」
「確かにあの辺り一帯は、少し変わった空気でしたね」
カドがそうやって肯定する。
当のボンは、未だに冒険者達に囲まれていたので、リンとミネルヴァに見てもらっている。
「まぁそれは良いがよ、おれらの冒険者証はどうなるんだ?」
カルーダが単刀直入に聞いた。
「えぇ、後ほど発表になりますが、試験自体はほとんど終了していましたので、結果は変わりません」
事件の影響による再試験などは実施しないらしい。
「金級への昇級試験は、大半の冒険者が不合格となっております。ただ、ここにいらっしゃる皆様は、全員が合格していたはずです」
「へぇ、そうかよ。ミネルヴァなんかは、戦闘技能が足りねぇんじゃねぇか?」
ウィングは何やらカミラに訪ねている。彼女の手元には、試験の結果が残されているのだろう。
「まだこの結果は未発表なのですが……ああ、ありました。ミネルヴァさんは筆記試験を――」
どうしたのだろう、ウィングは口篭っている。
「え、ええとですね。100点満点中、205点と……カミラ君、これは?」
「はい。まず全問正解した上で、模範解答を超える答え、そしてそれを補足する説明、さらには未知の領域にまで踏み込んだ斬新な発想、そういった諸々の加点が100点分と少しあったという事です」
「は、はは。すばらしい秀才のようですな。うちに欲しいくらいです」
ウィングはそう言って、再びおでこに浮いた汗を布で拭っている。
「フウロに残されていた記録と照らし合わせてみましたが、歴代最高得点となっております」
「はっはっは、あいつらしいな」
「まあ、そうなるかなとは思ったけどさ」
ネイベルとカルーダも、呆れて笑っている。
「戦闘技能もそれほど悪い結果ではないですよ。金級試験を200点満点で70点となっておりますな」
「ほぉ、そうかよ」
カルーダは、少し厳しい表情になった。
「筆記試験で50点、戦闘技能試験で100点を取った上で、合わせて210点を超えると合格です。ミネルヴァさんは今回、金級は不合格、銀級に合格という結果になっていますね」
「少し足らなかったか」
カルーダの表情に影が差す。ネイベルも残念な気持ちになった。
「ええ、そうですね。この基準は、冒険者の命を守るために絶対なのです。その、非常に申し訳ないのですが」
そう言ってウィングも残念そうな表情を浮かべた。
「鉄の掟というやつですね。理由も十分理解出来ます」
ネイベルはそう答えたが、心が痛い。部屋の中が、しんと静かになった。
カルーダは、まるで楽しみを全て奪われた子供の様な、思いつめた顔をしている。
そのまま全員分の結果を紙に写してもらい、話も済んだので部屋を後にした。
結局、ミネルヴァとボン以外は、全員が金級に合格をしていた。
宿に全員で集まって、改めて試験の結果を確認した。
カルーダは、ずっとミネルヴァの顔を見つめている。
リンとミネルヴァとボン以外は、既に合格という結果だけは聞いていたので、特に驚いたり喜んだりといった事はない。
誰も言葉を発しない空間は、寂しさや切なさの香りがする。
「何よ、気を使わないでちょうだい」
ミネルヴァはいつもの様に、淡々とそう言った。
「それに見て御覧なさいよ。筆記試験は、歴代最高得点だと書いてあるじゃない。私の有能さが証明されたと言えるわね」
そう言って豪奢な金髪をかき上げながら、笑顔を振りまいた。
「ええ、そうね。本当にすごいと思うわ!」
「オレは結構危なかったぜ」
リンは80点でアルは60点くらいだったはずだ。
ちなみに、ネイベルとカルーダの二人は、共に90点近い結果となっている。ショウも70点で余裕があった。
そして、カルーダの結果を見たミネルヴァは、目を大きく見開いて固まっていた。
ややあって、口を開く。
「あんたも中々頑張ったみたいね」
「あぁ、そうだな」
ミネルヴァがそうやって話しかけたが、カルーダは表情を一切変えずに、ミネルヴァを見つめ続けている。
「何よ、褒めているんだから喜びなさいよ」
「魂を削る想いで、頭に詰め込んだからな。当然の結果だ」
「そ、そうね。確かに鬼気迫るものがあったわ」
ミネルヴァはチラチラとカルーダを見ている。
「集中力も確かにすごかったし、今回は満足のいく結果が出て良かったじゃない」
カルーダはミネルヴァを見つめたまま、全く動かない。
全員が固唾を飲んで見守っている。
「何よ、何か言ったらどうなのよ」
カルーダは、瞳を閉じた。
そしてゆっくり開くと、ミネルヴァを見つめて言った。
「悔しい時はな、涙を流すんだ。人間ってのはよ」
部屋の中の音が、一瞬、完全に消えたような気がする。
ミネルヴァの澄ました顔が、一気に崩れた。
それでも必死に、声を上げまいと堪えている。
それを見たカルーダは、彼女を強引に胸の中に抱きこんだ。
頭をポンポンと叩いている。
「おめぇはよ、良く頑張ってると思うぜ」
ネイベルは、ミネルヴァの心から、色々な想いが溢れる音を聞いた。
それはとても気高くて、上品で、無邪気で、時々傲慢だった。
カルーダの胸から漏れ出る、くぐもった慟哭は、そのまま部屋の中へ響き続けた。
掛けて欲しい時に、掛けて欲しい言葉を、素直に掛けられる。そういう人間に私もなりたい。




