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懐かしい景色

「じゃ、ここで待つかぁ」


「そうね。それにしても、ロンメルって相当強いのね」


 ミネルヴァの言葉を受けてロンメルは、少し照れているようだった。なんだか珍しい。


 あのまま彼らが目覚めるのを待ち続けて、対人訓練を続けていたネイベル達であったが、先にこの凍土の探索を終わらせてしまうことにした。


 そしてあっという間に小屋を見つけてしまった所だ。


「いえいえ、とんでもないですよ。カルーダ殿の冴える剣技、ネイベル殿の魔法を駆使した戦闘術、とても勉強になっております」


 ネイベルも、ロンメルに褒められると少し面映い。


「でも俺の場合は、ちょっと自分でも卑怯だと思うというか――」


「そんな事は決してありません。戦闘において絶対的な強さをもつ妨害魔法を、あそこまで熟練させる為に乗り越えた苦痛を思えば、卑怯だなんて言うやつが卑怯なのです」


 全員が知っている事、分かっている事です、とカドが熱を込めて言った。


「そ、そうかな……もう昔の事だし、必死だったから覚えていないよ。ほら、ついに1196年になってしまっただろう。もうダンジョンでの生活は、十年を軽く越えてしまったよ」


 なぜか少し、しんみりとした空気になってしまった。


「い、いや! 大丈夫! 本当に気にしていないんだ。リンとずっと一緒だったし、カルーダとも、それにみんなとも会えたからね」


 ネイベルが慌ててそう言うと、リンはネイベルの手を取って、しかし何も言わずにまぶたを下げる。


 その場にいた全員が、彼女のそんな仕草を見ながら、二人の重ねられた年月に思いを馳せているようだった。


「だから俺は言ってんだろ。さっさと結婚しちまえってな」


 そんな甘ったるい空気を切り裂くように、カルーダはぶっきらぼうにそう言った。


「おぉ、カルーダ殿、それは名案ですな」


 ロンメルも笑顔で話に乗っかっている。


「ふふ、形はどうでもいいじゃない。大事なのは二人の心の有り様だけよ」


 ミネルヴァがそう言うと、カドは大きく首を振りながら頷いた。


「ミネルヴァ様のおっしゃる通りです。ネイベル様とリン様の間には、はっきりと目に見える絆がございますので、心配は無用でしょう。既に夫婦であると言っても過言ではございません」


 ネイベルは、体中の熱が顔に集まって来るように感じた。血液が沸騰しそうだ。


 右手から伝わる彼女の熱も、それを益々加速させている。


 リンの顔を恐る恐る見てみると、俯いたまま、耳と頬を紅に染めている。心なしか、重ねられた手を握る力が、強くなっている気がした。


 口をぎゅっと閉じながら、何かに必死に耐えている様子は、今にも溶けて壊れてしまいそうな雪の結晶の様で、ネイベルにはとても儚く感じられた。



 束の間の静寂があたりを包み込む。



 ――カカカカッ



 ボンが嬉しそうに頭蓋骨をネイベルの背中にぶつけてくると、張り詰めた空気は一気に霧散して、朗らかな笑い声が響いていった。


 あの毛むくじゃらの怪物を殴り続けていたボンには、また少し変化があった。


 なんと頭蓋骨から茶色い毛が生えてきたのだ。もじゃもじゃ、ごわごわとしている。毛皮をそのまま貼り付けたようだが、確かにボンから生えてきている。


 この数ヶ月で少しずつ伸びているようで、ちょっと面白い。


「今、何月くらいだっていったか」


 カルーダがそう尋ねてきた。


「ちょっとまってね」


 ネイベルは鞄から魔時計を取り出す。少し頭が痛い。


「えっと、2月の上旬だね」


「ほぉ、そうかよ。あとどれくらいで起きるんだろうなぁ」


「もう二ヶ月経つけど、まだ少し掛かりそうよ。先に進むという手もあると思うわ」


 リンが真面目な顔でそう言った。興奮は収まった様だ。ちょっと凛々しい顔している。


 全員がネイベルに視線を向ける。


 誰が決めたわけでもないが、この集団の意思決定は、最終的にネイベルが行う事になってしまっている。


「先を急ぐ必要もあるだろうし、彼らにはやかんの中でしっかりと成長してもらって、俺達で先に進もうか」


「まぁそうだな。正直そっちの方がはえぇってのもあるしな」


「彼らはまだまだ発展途上ですからね」


「じゃあ出発しましょうか」


 ミネルヴァの声を聞いて立ち上がった一行は、小屋を下りて次の空間の探索を始めるのだった。






「わぁ、ネイベル。なんだか懐かしいわね」


 凍土の先は、墓地であった。


 ジメジメとした、どこかカビ臭い空気が鼻をつく。薄暗い空間は、肌にまとわり付く不気味さで満たされていた。


「なんでリンはそんなに楽しそうなのよ。気が滅入りそうな空気よ、ここ」


「私が顕現した空間が、墓地の一室だったのよ」


「あれからあっという間だったような気がするけど、もう随分経つんだね」


「半分くらい寝ていたのだから、体感時間とはズレがあるでしょうね」


「それを聞いただけで、どっと疲れが――」


 小さい笑いが巻き起こる。ここ数ヶ月はネイベルの苦労話をする事も多かった。カドが話してくれとせがむのだ。


 その結果、自虐をしながら笑いが取れるようになってしまった。


「じゃあよ、さっさと探索を進めちまおう。特に気候は問題ねぇみたいだしな」


 一行は例によって、壁際を歩いて探索を始めた。






「それにしても、ネイベルの魔法ってとんでもないわね」


 時折ふらふらと近寄ってくる白骨の戦士達は、ボンの生まれた頃に似ている。


 ネイベルは、それを遠距離から一撃で仕留めていた。


「普通は距離によって威力が減衰するのよ。どんどん弱くなるのが当たり前なの」


「これでも加減してるくらいだよ」


 ミネルヴァは心底呆れている。


「まぁ探索が捗って良いじゃねぇか。それにしたって、手ごたえが無さ過ぎてつまらねぇがな」


 カルーダは愚痴をこぼしている。確かに敵が襲ってくる頻度が少なくて、楽しみは休憩中の手合わせ位しかない。


「凍土や墓地の様子を見る感じだと、やっぱりちょっと楽になっている気がする。もしかしたら、もう上層が近かったりするんじゃないかな」


「ありえますな。すでに第二階層あたりにいるのやも知れません。凍土の怪物も、固体ごとの強さを考えれば、まったく歯ごたえがありませんでしたからな」


「第一階層は、出入り口がたくさんあるっていう話だったよね?」


「えぇ、そうです。各国がいくつか出入り口を持っていて、内部でそれらが合流しています。どの入り口からも、初めは草原につながります。その後はマチマチですな」


「なんだかおかしな話よね。ダンジョンって不思議ね」


 ミネルヴァは、そのままロンメルに色々と話を聞いている。地上へと出る前に、なるべく感覚の差を埋めておきたいらしい。距離や重さの単位、それに流通している貨幣も変わっている。


 大陸全体で共通したものを使い出してからは、随分と商人も楽になったんだろうなあ、なんていう妄想を、ネイベルは良くしていた。






 やや遠くには、見覚えのある建物が見えている。



 ――そうだ、良い事を思いついた!



「ねえ、リン。アレを見てよ」


 ネイベルはリンに近寄ると、小声でそっと話しかけた。


 すごく良い香りがして、頭がくらくらする。


「ああ、屋敷の罠があるわね。懐かしいわ」


 ネイベルはいたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「あ、まさかあなた――」



 ――しっ!



 リンの口を慌ててふさぐ。


「ほら、カルーダ達も暇をしてるみたいじゃない。どうかな?」


「ふふ、怒られても知らないんだから」


 リンはまぶたを少し落としながら、麗しい瞳をやや伏せて、艶っぽい笑顔をネイベルに向けた。






「おーい、カルーダ」


 屋敷のそばまできたネイベルは、カルーダを呼び寄せる。


「少しリンと一緒に相談したい事があるんだ。二人だけでしたいんだけど、だめかな」


 そう理由を付けて、リンの体を自分の方へと引き寄せる。


 きゃっと少し声をあげた彼女だったが、雰囲気を察すると、ネイベルに少しだけしなだれかかる。


「おぅ! なんだよ、随分とここの所は積極的じゃねぇか。いいぞ、ちょうど屋敷があるからな。使ってくれ」


「私達は外で待ちましょうか」


「ええ、そうね」


「いや、それは悪いよ。それにね、一応色々と思い出のある所でね。あえて外で話そうって事になったんだよ」


「へぇ、そうかよ。まぁおめぇらが良いならそれでも構わねぇが――」


 カルーダが残りの面々を見渡すと、全員が頷いた。


「よし、それじゃあ何か悪いな。俺らは屋敷で休むからよ、おめぇらは外でよろしくやっといてくれや」


 あんまり大きな声だすんじゃねぇぞ! っとカルーダが下品な冗談を飛ばすと、女性陣の目からは温度が消えていった。


「ネイベルはね! あんたみたいなね! 馬鹿とはね! 違うのよ! 大体ね――」


 そういってカルーダは、ミネルヴァに背中をバンバンと叩かれている。


 やがて全員で屋敷の中へと入って行った。


 ネイベルは、脇に抱いたリンを見下ろす。


 少しお茶目な表情をして彼らを見つめる彼女の瞳は、ネイベルの心を深く深く引きずり込む様で、言い知れぬ妖しさをたたえていた。


「ふふ、うまくいったわね」


「ああ、きっと明日の朝には喜んで大暴れしてるよ」


 彼らを見送ったネイベルは、やかんから適当な材料を取り出して、粗末な寝床を用意した。


 そして焚き火を見つめながら、二人並んでポツポツと会話を始めるのであった。




それでは、ここから先はR指定のある場所に――(大嘘)

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