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芸術的な模様

新しい章になります。

 ネイベル達は現在、大森林の中を練り歩いていた。


「大体地図は埋まったわね」


「結構歩いた……んむ……から……あむ」


「ちょっと、食べながらしゃべらないで! 汚いわ」


「……フン、お高く……んぐっ……とまってんじゃねぇよ……」


 怪物の肉を食らいながら、カルーダはふてぶてしくミネルヴァと口論している。もはや日常茶飯事だ。


 最近はずっとこんな感じだ。


 するとリンが隣に来て話しかけてきた。ちょっと距離が近い気がする。彼女の美しい横顔がネイベルの胸に刺さる。ほんのり頬が色付き、大きな目の上に伸びた長いまつげは気だるげに、やっぱり少しまぶたが落ちている。


 最近はリンを見るといつも以上にドキドキしている気がする。


「自分達の歩いた道が表示されるのって、とても便利ね」


「そうだね。それに、目印に色を付けられるのも分かりやすい」


 ちらりと横目でミネルヴァを見ると、高い鼻が一層伸びた様に、殊更ご満悦だった。


「一度人間に印を付けたら、ずっと追いかけてくれるのよ? 迷子になりそうなあのバカには、目立つ色で印をつけておきなさい」


 そういってカルーダを見る。


「とりあえずこの空間には上層への通路はなかったね」


「そうね。基本的に広域型のダンジョンは、探索が大変な事で冒険者からも敬遠されていた様だったから、簡単には見つからないかもしれないわ」


「壁際を歩き続けるだけで良いんでしょ?」


「ええ、基本的に階層の移動は、階段を上り下りする形で行うけど、上り階段は壁際にしかないと聞いているわ。鍵を使った転移は、最後の手段なのかもしれないわね」


 だけど『壁際を歩き続けるだけで良い』なんて簡単に言えるのは、多分あんた達くらいよ、とミネルヴァは少し呆れたように言った。


 彼女が言うには、広域型ダンジョンというのは多少の上下はあるものの、階層ごとに空間がいくつか横に繋がっているらしい。


 それらが層になって第一層、二層、……と、続いていくようだ。階層同士を繋ぐ階段のうち、上り階段は壁際にあり、数が少ないという話だった。


 それに一つ一つの空間がとても広く、環境が厳しかったり怪物が強かったりで、探索が捗らないらしい。


「とりあえず、さっき見つけた通路を進もうか。隣の空間に続いている気がするしね」


「ええ、そうしましょう。ここで集めた食料があれば、何とでもなるわ」


「カルーダ、出発するみたいよ!」


「おぉ、ちょっと待てや。すぐ食っちまうからよ」


 カルーダの準備が済むと、ネイベル達は大森林をあとにした。






 通路の先は、古代遺跡のような空間だった。


 ダンジョンの壁から少し歩くと、崩れた城壁が延々と続いている様子がうかがえる。内部には居住空間が広がっているようだ。


 中央の高台には、一部が崩れてはいるものの、立派な城のような物も見える。周囲は窪んでいる。


 どことなくガルガッドに似ている気もするとネイベルは思った。中央の大きなくぼみは、水源か何かだったのではないだろうか。基本的には石造のようだ。


「それにしてもよ、魔力がこれほど便利だとはな。分かってはいたけどよ」


 カルーダは、剣に纏った魔力の属性を、自在に変えることが出来るようになっていた。さらには、そのまま相手に向かって飛ばすことすら出来る。


「おらよっ……と」


 目の前に現れる蝙蝠や蜘蛛などの見た目をした怪物達を、一振りで消し炭にしていく。一番得意なのは火の魔法のようだ。


 ネイベルは周囲を視界へと収めながら地図を埋めていく。


「基本的には壁際を歩こうと思ってたんだけど、やっぱりこういう浪漫を感じる所は内部を調査したくなるよね」


「あぁ、そうだな。俺もそう思うぜ」


「さっさと地上に戻りたいって言ったと思えば、今度は内部を調査したいって言い出すし、あいつらの頭の中はどうなってるのかしらね」


 ミネルヴァはリンへと愚痴をこぼす。


「あら、とてもワクワクするじゃない! 何があるのか楽しみね、ミネルヴァ!」


 リンは瞳をキラキラと輝かせている。


「そ、そうね。確かにここはちょっと面白そうだな、とは私も思うわよ。地上へ抜けるのは遅れるかもしれないけど、詳しく調べてみたいわね」


 興奮したネイベル達はさっさと奥へと進んでしまっている。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」


 リンとミネルヴァも、慌てて彼らを追って内部へと進んでいった。


 そして後を追うべき影は、別の方向へと走っていった。






「ここは意外と文明が進んでいたんじゃないかな。それに何か――」


 遺跡の内部である居住空間を探索しながら、ネイベルは自分の考えを伝えてみた。


 居住区はある程度の規則性を持って並んでおり、所々には何かをする為の広場だろうか、結構な広さの空き地もある。道は広めに整備されていたような跡が残っている。大きな建物の跡も残っていた。


「確かにそうかもしれないわね。それにこれは……へぇ、こんなすごい技術があるのね」


 ミネルヴァは、上下水道がある程度整備されていたであろう居住区を見ながら、ウンウンと唸っては考えている。


「なんだあいつ、ぶつぶつと」


「彼女にとっては久しぶりの事なのよ」


「そうかよ。さっきは愚痴っていた様に聞こえたけどなぁ」


「好奇心が抑えられないから、あえて反対のことを口にしただけじゃないかな」


 ほら、彼女は子供っぽく見られるのが大嫌いだし、と言ってネイベルはミネルヴァを見ていた。






 その後もネイベル達は、地図を埋めながら居住区を探索していた。


 結局ミネルヴァは、好奇心に勝つ事が出来ず、今や四人の中で一番興奮している。


「ネイベル! 見てみなさいよ! これはすごいわよ」


 ミネルヴァが興奮して指差す先には、崩れかけた大きな建物の跡があり、内部には壊れかけた様々な土器や石像が並んでいた。神か何かを祭っていたのかもしれない。


「へぇ。良く出来てんな」


 珍しくカルーダが反応した。


「あんたにもこの価値が分かるなんて驚きよ」


 ミネルヴァは皮肉をたっぷりと込めて言う。


「フン、おれはピスソ陛下のそばに長くいたからな。芸術に理解のある男だ」


「爺のくせに、何をいばってるのよ」


「そう馬鹿にしたもんじゃねぇぞ。おめぇはこれを知ってるか? これはな、火焔土器っていうんだ」


 カルーダは一つを指差していった。少し飾り付けがゴテゴテした感じもするが、本当に激しい炎が燃え盛っている様に見える。


「当然知っているわ。とても美しいわよね。それじゃあ……これは何か分かるかしら」


 ミネルヴァは別の土器を指差して尋ねる。


 その土器には、いくつもの渦が合わさりながら、どこか自然の凄みや力強さなどを感じさせるような、不思議な模様がついている。


「それは水煙土器だな。こいつらは両方とも、大昔の人間が使っていたものだ。ガルガッドでは有難がって飾ってるやつが多かったぜ。おれも悪くねぇと思ってる」


「へぇ、意外ね。少し見直したわ」


 ミネルヴァとカルーダの意見が合うなんて珍しい。


 しかしネイベルは、それがとても恐ろしかった。


「でも不思議ね。なぜダンジョンの中に、あなた達の知っている大昔の土器があるのかしら」


 リンは少し首を傾けながらそう呟いた。


 そうなのだ。この遺跡は明らかに、実在していたであろう人間の手が入っているようにしか見えない。そして二人は、この土器について『知っていて当然』とばかりに会話を弾ませているのだ。


「…………」


「…………」


 ミネルヴァとカルーダは二人とも完全に固まってしまった。口をパクパクと魚のように開閉している。


 ダンジョンが作り出した物には到底思えないネイベルは、やがて一つの結論に至った。


「ここはもしかして……ガルガッドの人間達が、現在の地へ移住する前に使っていた場所だったりするんじゃないかな」


 城壁もそう高くなかったし、作りも甘かった様に見えた。


「もしくは、どこかで集団が別れて、ここに住みついた可能性もあるわね」


 そう言ったリンも、真面目な顔をして考えている。


 我に返ったミネルヴァは、右手を頬に添えながら何か考えている。


 やがて考えがまとまったのか、彼女は自分の考えを語り出した。


「確かに両方とも可能性があるわね。私が知る限りでは、地上から移住してきた集団の人数は、相当多かったはずなのよ。その集団が何らかの原因で二つに別れた可能性は十分にあるし、ここを捨てて現在の地へ移住した可能性もあるわね」


 それにこの土器よ、と言ってミネルヴァは続ける。


「水煙土器の、この模様――これって湯気が噴き出しているようにも見えるわ。そっちの燃え盛る炎もそうだけど、火にかけた薬缶に関連している……っていうのは考え過ぎかしら」


 例の魔方陣の模様にも繋がる可能性まであるわ、と彼女は言った。


 ネイベルは背筋が冷えるような感覚がした。


「このやかんは、大昔の神事やそれに類する事に使われていた可能性があるっていうことか」


「ええ、そうね。もしくはそれらの象徴そのもの、とでも言うべきかしら」


 リンは、ミネルヴァの言葉を聞き漏らさないように集中している。一方、カルーダはあくびをしていた。


「一体どれだけ昔の物かも分からないけど、一部が壊れるだけで済んでいるのを見る限り、相当魔力も込められていたんじゃないかしら。随分とえらく――パァン――長持ちしていると思うわよ」


「いってぇぇな!」


「あくびしてんじゃないわよ! 人が真面目に説明してるってのに!」


「おめぇの話はなげぇんだよ」


「芸術っていうのはね、見た目だけじゃないのよ! そこに紡がれた歴史、込められた想い、そういったものこそが美しいのよ」


「フン、偉そうに言うんじゃねぇよ。要するに、ここにはガルガッドの人間が過去に住んでいて、例の魔方陣の正体は、神事か何かで使われていた土器の装飾が深く関係している可能性がある。これで終わりだろうが」


「はぁ、本当に馬鹿ね。そんな事は全員分かってるのよ。そこに込められた想いに――」


 リンは笑いながら二人の掛け合いを見ている。黒い髪に映える蝶の飾りが、妖艶な雰囲気を美しく際立たせている。


「結局、また言い合いになっちゃったわね」


「いつもの事だよ」


 ネイベルは呆れながらも、リンと一緒に二人の様子を見ていた。




やかんは大昔の人々の暮らしと密接に関わっていたのかもしれません。

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