洞窟の先
バランスを崩して落ちたため、思い切り背中を打ってしまったが、少し痛む程度だし大したことはなさそうだ。
今の問題は私を助けようとして一緒に落ちた渡が、私の上に乗っているということである。
更に問題なことは、渡の手が私の胸を鷲掴みにしているということ。さすがである。
「柚子葉、大丈夫でござるか?」
「あ、あの大丈夫なんだけど、その……手が……」
「ん?」
渡は自分の手がどこに置かれていたのか気が付くと、急いで起き上がり私から離れた。
「すまぬ! こ、これはわざとではなく」
「だ、大丈夫知ってるから。体質なんだよね」
「あ、ああ」
渡はバツが悪そうに頭を掻いた。
私は空気を変える話題を探すために、辺りを見回した。
上を見上げるとどうやら5メートル程の高さから落ちたようだ。
周りは岩に囲まれており前後に横穴が続いている。
「渡、ここ例の洞窟じゃない?」
どうやら私たちは縦穴から、運良く目的の洞窟に入ることが出来たらしい。
ここを進めば鬼の国へと最短で行くことができるであろう。
「上手く出入口に入れたということでございるか」
ここは、渡と出会った洞窟だ。彼とは本当に最悪な出会い方をしたと思う。
あの頃はここまでべた惚れすると、まったく思っていなかったな。
「柚子葉、何を見ているでございるか?」
「ううん、何でもない! 行こう」
私たちは鬼の国へと向かって歩みを進めた。
ここは前に一度攻略したことがある洞窟だ。一番安全に鬼の国へと行くことができるだろう。
この洞窟を通って行くことに私が拘った理由はもう一つある。
ここにいた龍と白い猿型の魔物について知りたかったのだ。
白い猿型の魔物は相当な強さだと想像できた。私の力を使えば即片付けることができるが、まともに戦ったら勝ち目があるかどうか微妙なところだ。
取り敢えず龍のいる場に着いたら、渡には小さくなって、懐にでも入っていてもらえば危険な目に合わせることはないはず。
渡が持っていた地図を確認しながら、私は前と同じように洞窟を進んでいった。
前とは違ってレベルも高いし、サクサクと進むことができる、あっさりと龍がいた空間の手前に辿り着いてしまった。
「渡、ここからは小さくなって貰ってもいい?」
「何故でござるか?」
「白い猿みたいな魔物がいて危険だから」
「白い猿……? 白猿でござるな」
「はくえん? って言うんだ」
「それなら、拙者も倒せる実力は持っているでござる」
渡は、胸を張ってみせた。私も渡が弱いと思っているわけではないのだけど……。
場合によっては、私の能力で瞬間殺すかもしれないから視界に渡がいない方がいいと思ったけど、渡の様子からして引くとは思えない。
私は渡の手を取って、笑みを作った。
「わかった。このまま二人で一緒に行こう」
「そ、そうでござるな」
渡は戸惑ったように私に背を向けた。
「渡、どうしたの?」
「別に、何でもないでござる」
そこで、渡の身体が眩い光に包まれた。どうやら光の発生源は渡の足元のようだ。
「これは!?」
「渡!」
私が手を伸ばすもその手は宙を切った。光とともに渡の身体は突然消えてしまった。
渡がいたはずの空間には何もなく、私はただそこを呆然と見つめることしかできないでいた。
原因を探ろうとしゃがんで地面を探るも、何の痕跡も見つけられなかった。
その時、背後に誰かが現れた気配がした。渡なのではと、私は急いで振り返るもそこには、意外な存在が立っていた。
そこにいたのは、洞窟には似つかわしくない可憐な少女だった。
その少女は、銀の髪に金の瞳を持ち、真っ赤な着物を見に纏っている。姿形はまるで作り物のように美しく、夢を見ているのかと疑う程だった。
「どうしたの? 迷子?」
運悪くこの洞窟に落ちてしまったのかと私は疑ったが、少女は余裕の笑みを浮かべていたので、それは間違いなのだと悟った。
「私はその扉の先にいる子たちの飼い主よ」
「えっ、どういうこと?」
「そのままの意味」
少女は得意気な様子で、指を振った。
「私、妖を使役する力を持っているの、その扉の先にいる龍と白猿の飼い主なのよ」
この可憐な少女が、あんな伝説級の魔物の飼い慣らしてるなんて……。
チートとかいうレベルではない気がする。
「あなたも一緒に行きましょう」
少女が私の手を取り、扉の方を指差した。
「行くつもりではいるけど、たった今連れが行方不明になってしまって、探さないといけないの」
どこかへ消えてしまった渡の身が心配だ。私自身が死んでいないから、生きてはいるとは思うけど放ってはおけない。
「さっきの人は大丈夫よ。どこか別の場所に飛ばされただけだから」
「渡の居場所がわかるの!?」
「ある程度は、さっきの魔法陣はこの中の子たちを見られないための私が仕掛けた罠なのよ」
「そんなこともできるのね……」
見た目は12〜3歳なのに、色々な高度な術が使えるようだ。もしかしたらロリババアというやつの可能性もあるかもしれない。
そう思ったら、言葉遣いや所作が子供っぽくない気がしてきた。
「ねぇ、私の連れがどこにいるかはわかる?」
「さあ? 魔法陣の出口は色々あってどこに飛ばされたかまではわからないわ。でも、危険な場所には飛ばされてないし、その内会えると思う」
少女は花が咲いたように笑った。
「そんなことより早く、私の飼ってる妖に会いに行きましょう」
「う、うん。そうね」
龍にはもう一度会いたかったし、渡も簡単にやられるような人ではないし、私は少女の提案に従うことにした。
少女は、私の手をグイグイと引きながら、扉へと手を掛けた。そこで、くるりと振り返り私を見上げた。
「ねぇ、私の名前は神子というの。あなたの名前は?」
「神子ちゃんね、私は柚子葉」
「よろしくね、柚子葉ちゃん」
少女が軽く扉に触れると、いとも簡単に扉が開いた――。




